
地下格、どインディからブレイキングダウンまで……リアル・アンダーグラウンドエンペラーの田馬場貴裕インタビューです!(聞き手/ジャン斉藤)
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・谷津嘉章「昭和・新日本の練習はガチばっかだけど、誘われなかった」
――田馬場選手のことは前から取材をしたかったんですが、周りのプロレスラーに比べると特殊なことをやってる自覚はあるんですか?
田馬場 控室ではいろんなレスラーから「オマエ、大丈夫か?」ってよく言われますね(笑)。
――それはどういう「大丈夫」なんですか?
田馬場 そこはプロレス以外に格闘技の試合をやったり、まあ、なんでもやるからですよね。
――プロレスでも“昭和・新日本”的な試合があったりとか。
田馬場 最近だとデスマッチもやったり。自分としては、いただいた仕事を受けさせていただいています。
――ルールや日程は問わず。
田馬場 日にちが被らなければ、いつ何時、誰とでも戦いますね。
―― 田馬場選手には90年代のプロレス格闘技の匂いがするんですけど、いま33歳ですから90年代直撃世代ではないですよね。
田馬場 ボクが初めてプロレスを見たのは5歳くらいですね。ウチの父親がプロレス好きだったんで、うっすら猪木さんの引退試合を見た記憶があります。家業が消防設備の仕事で、ホテルの点検に行ったらデイビーボーイ・スミスがいたとか、タイガー・ジェット・シンは部屋に入れさせてくれなかったという話を聞きました(笑)。
田馬場 2000年代に入ると、K-1が人気で。ボブ・サップ、魔裟斗、山本“KID”の試合を見るようになりましたね。PRIDEも見てたんで、「これに出たい」と。高校で空手と柔道をやってて、総合格闘技は大学からですね。
―― どこのジムに通ったんですか?
田馬場 とくに所属せず、大学の帰り道にあった体育館でやっていたサークルですね。 IMNグラップリングというところです。大学は東海大学だったんですけど、IMNグラップリングは相武台前でやってたので経路的に都合がよかったです。
――大学のときにデビューされたんですか?
田馬場 大学のときにZSTのアマチュアに出てました。もう何も練習せずに出て負けました(苦笑)。2回出て、2回とも負けて「これは練習しないとダメだ」と。
――よく練習せずに出ようと思いましたね。
田馬場 当時は「いけるだろう!」くらいの感じで。ケンカをしょっしゅうやっていたわけじゃないですけど、誰かにぶっ飛ばされたこともなかったので。でも、ケンカと格闘技は違いますよね(笑)。
田馬場 正式なデビューはキングダム・エルガイツですね。
――入江秀忠さんの!
田馬場 新宿FACEの大会に急遽出ることになって。大会1週間前に「人がいないから出ないか?」みたいな話だったと思うんですけど。もう二つ返事で「あ、出ます!」みたいな感じで。
―― ZSTのアマチュアもそうですけど、ラフに出ますね!(笑)。その試合は勝ったんですか?
田馬場 勝ちました。下からの腕十字、三角絞めだけ練習して、実際に下からの腕十字で勝ちました。そこからキングダムにちらほら出させてもらって。
――キングダムって飛び道具で特殊な企画が多いじゃないですか。
田馬場 いろんなことをやりましたねぇ。一番特殊だったのは「お笑い芸人vs格闘家」という大会があったんですけど。格闘技で対戦する形式と、お笑いで対戦する形式が分かれてたんですけど、ボクはお笑いだったんですよ。
――えーっと、よくわかりません(笑)。
田馬場 3分1ラウンドでお互いネタを出し合って、どっちが面白いかを拍手で決める。ボクはその当時はまだ売れてないというか無名だったアキラ100%さんとお笑い対決して。もちろん負けました。大敗北でした(笑)。
――そんなマッチアップが!(笑)。アキラ100%は面白かったですか?
田馬場 メッチャ面白かったです。初めて見たんですけど、ボクもやっぱ笑っちゃいました。その翌年にアキラ100%さんはR-1で優勝したんですよ。だからいい経験させてもらったなって(笑)。あと1日に3試合やったり、地下格闘技にも出るようになって。
――どこの地下格に出てたんですか?
田馬場 IKIZAMA(いきざま)や粋喧(すいけん)とか。
――地下格って感じのネーミングですね(笑)。アウトサイダー以外で有名だったのはどこでしたっけ?
田馬場 KRUNCHとか益荒男(ますらお)、強者(つわもの)、「武将(ぶしょう)」ですかね。
――続々と出てくる(笑)。オーナーが捕まったのは野蛮一族だったかな……。 地下格はどんなルールだったんですか?
田馬場 当時の地下格ってたしかに3分1ラウンドでグラウンドは10秒。それ以外は普通のMMAと同じルールでしたね。会場はだいたい新木場です。もしくは新宿FACEでも、お客さんがパンパンに入るんですよ。
―― 新木場の会場使用がまだいろいろ緩かった時期ですか?
田馬場 そうです。いろいろと厳しくなって、またちょっと緩くなりましたね。
――●●くんが担当だったときは緩かったんですか?●●くんとは以前編集部が一緒だったんですけど。
田馬場 ●●さんはいろいろ理解があったんですよね。●●さんには、いろいろとご迷惑おかけしました(笑)。
――あといまはなくなったディファ有明でも頻繁に開催されましたし、毎週試合するぐらいだったんですかね。
田馬場 たくさん試合はしました。 どれだけやったか覚えてないし、記録も付けてないですけど。SherdogだとMMAで20戦なんですけど、絶対こんなもんじゃない。たぶん地下格だけで50~60戦やってると思いますね。
田馬場 トーナメントにも出たりしてますからね。ボク的に一番キツかったのは、散打の試合ですね。「フリースタイル散打」というのがあったんですね。
――もう名前からして面白い(笑)。
田馬場 どういう試合形式なんだろうと、面白そうだから申し込みしたんですね。散打って春と秋に大会があるんですけど、散打選手権の中にフリースタイルがあって。本当にMMAに近いような試合。いまMMAで禁止されている垂直に落としたりもOKなんですよ。
田馬場 だからすごかったですね。路上の格闘技って感じでした。
―― 相手は誰だったんですか?
田馬場 いや、覚えてないです。プロ選手ではなかったですけど、空手やキックボクシングをやってて、こういうルールに慣れてるんだろうなって。ボクはトーナメントで1回優勝しました(笑)。
――「フリースタイル散打」王者(笑)。地下格ってホント物騒なイメージしかないんですけど
田馬場 ときどきブレイキングダウンのレフェリーやセキュリティーをやるんですけど、ブレイキングダウンは昔の地下格に比べて元気な若者が多いと思いますね。ブレイキングダウンは若い人たちが伸び伸びとやってるイメージです。
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