1979年4月22日、池田高校は徳島県営鳴門球場で行われた四国大会への代表決定戦において、春季大会優勝校の日和佐高校と対戦した。

この試合、初回に幸先良く一点を先制するが、その後は打線が相手の栗田投手に翻弄され、点を挙げるどころかヒットさえもほとんど出なかった。一方先発の橋川正人は、粘り強く投げていたものの三回に同点に追いつかれ、七回には集中打を浴びて三失点する。

そうして結局1-4で敗退する。池田はとにかく栗田投手の前に手も足も出ないという感じなので完敗といってよかった。エース橋川も持ち前の粘り強いピッチングは展開したが、打ち込まれたときに連続失点をするという悪い癖が出てしまった。

この年の池田には一つの弱点があった。それは心が脆いということだ。基本的にはノリノリなのだが、一つ歯車が狂うと元気がなくなる。そうして苦境を打開するようなガッツのあるリーダーがいなかった。

キャプテン岡