日本における1943年後半の世相は暗い、暗いものとなった。1943年の前半まで、日本国民は戦争の趨勢を知らされていなかった。勝っている、と思っていた。悪いニュースはほとんどなかった。

唯一の悪いニュースは、山本五十六が1943年の4月8日に死んだことだった、1943年4月18日、前線視察のため移動中に搭乗していた一式陸上攻撃機が、米軍戦闘機に待ち伏せされ、ソロモン諸島ブーゲンビル島上空で撃墜された。この単純な撃墜で、山本はあっさりと死んでしまったのだ。

山本の死は、日本の暗号がアメリカに筒抜けだったから、そこを狙われて起きたということだった。しかしこの死は謎が多かった。そもそもなぜ山本は前線を視察したのか。またそれを暗号で打電したのか。

そもそも山本は前線を視察する必要がなかったし、暗号を打つ必要もなかった。解読されていないと思っていたのかもしれないが、警戒心の薄さというものが際立つ