1979年、56歳の蔦文也は脂が乗っていた。おそらくこの時期が最も雑音なしに野球に取り組めた時期ではなかったか。

彼は練習をボイコットする橋川正人を無視した。しかしそれはけっして見捨てたわけではなかった。橋川のような一匹狼は、ガミガミ言うよりむしろ何も言わず、するに任せた方がいいと考えたからだ。

しかし当の橋川は焦った。自分が文也から見捨てられたと思ったのだ。しかし彼にも意地がある。三週間は練習を休んだが、そこでとうとう折れて練習に戻ってきたのだ。

しかし、戻ってきても文也は何かを言うわけではなかった。まるで昨日まで毎日練習に来ていたかのように普通に接した。それで橋川も普通に練習に戻らないわけにはいかなかった。

しかし、そこからの橋川はもう普通にはできなかった。なぜなら戻って以降の練習は、全てやらされているのではなく、自分が選んでしているということになったからだ。

そこからはどこ