WSJ:習近平氏は石油をいかにして「弱点」から「地政学的武器」へと変えたのか
イラン危機は、中国の石油輸入依存に対する習氏の解決策が、対西側諸国における重要な防衛手段を北京にもたらしたことを浮き彫りにした。
要約
・中国は膨大な石油備蓄を活用してイラン危機下での輸入を大幅に削減、世界の原油価格の高騰を抑制した。
10億〜14億バレルと推定される同国の戦略備蓄は、将来起こりうる紛争において北京に強力な武器をもたらしている。
・危機対応の一環として、中国は石油製品の輸出も制限したが、この措置は国内の石油精製業者に経済的打撃を与えた。
 米国によるイラン攻撃に先立ち、中国は長年にわたり数百億ドルを投じて世界最大の石油備蓄を築き上げてきた。紛争が長期化する様相を呈する今、その備蓄は中国に世界の石油市場に対する強大な影響力を与えるとともに、対西側諸国における極めて重要な新たな防衛手段ともなっている。
 一部の試算によれば、昨年の中国の石油備蓄量は米国のそれを6億バレル近く上回っていたこの備蓄のおかげで、中国は紛争勃発時に石油輸入を劇的に削減し、世界の原油価格を抑制しつつ自国経済を守ることができた。
 これは、米国主導の西側諸国を敵対的と見なし、それに対抗するための体制強化を図ってきた中国の指導者、習近平氏にとって大きな「正当性の証明」となった。中国の指導者たちは何十年もの間、輸入原油への過度な依存を懸念してきた。輸入原油の大部分は、紛争時に米国やその他の軍隊によって封鎖される恐れのある海峡を経由して運ばれてくるからだ。
 そして今、イラン危機は、中国の強力なエネルギー政策が北京に重要な武器をもたらしたことを示した。この武器は、例えば台湾をめぐる紛争などにおいても活用され得るものである。
イランをめぐる情勢は、「世界が新たな激動と変革の時代に突入する中、局地的な地域紛争はもはや特定の地域にとどまるものではない」ことを示していると、中国の国有企業である中国石油天然気集団(CNPC)傘下のシンクタンクの研究者らがこの春に指摘した。彼らは、「中国のエネルギー部門は、最悪の事態を想定した『ボトムライン(最低限守るべき一線)』の思考を維持しなければならない」と説いている。
 危機管理
中国は備蓄に加え、予想を上回るペースで化石燃料からの脱却を進めていることから、世界のエネルギー市場において最も強力な「スイングバイヤー(需給調整役となる買い手)」の地位を確立しつつある。同国が輸入を大幅に削減したことが、原油価格の急騰を抑える要因となった。実際、中国の原油輸入量は3月から7月にかけて、前年同期比で23%減少した。
 イラン情勢が緊迫化する中、中国国内では「事態の初期段階から、『我々はこれを管理できる。パニックになる必要はない』という認識が共有されていた」と、コロンビア大学グローバル・エネルギー・ポリシー・センターの研究員エリカ・ダウンズ氏は指摘する。
 将来、こうした力は米国との衝突の際に発揮される可能性がある。例えば台湾をめぐる有事の際、中国が数ヶ月にわたって石油輸入を大幅に削減できる能力があれば、米国やその同盟国による対中エネルギー輸送の遮断の試みに対抗する助けとなり得る。
 特に、近年の中国の石油輸入の大部分は、シンガポール近郊のマラッカ海峡を経由している。中東のホルムズ海峡と同様、この狭い水路は、米国やその他の軍隊がエネルギー貿易を遮断しようとする際に標的となり得る「チョークポイント(海上交通の要衝)」の一つである。
 オックスフォード・エネルギー研究所で中国エネルギー調査部門を統括するミハル・メイダン氏は、中国にとって「石油は、かつて考えられていたような『アキレス腱(弱点)』ではない」と指摘する。「多くの人は、中国が石油供給の途絶に対して極めて脆弱だと考えていたと思うが、実際はそうではない」
 中国外務省は質問に対し、現在の優先事項は湾岸地域および中東の平和と安定を回復することであり、すべての国が世界のエネルギー安全保障の確保に向けて取り組むべきだと回答した。
 秘密の備蓄
中国は戦略石油備蓄の規模を公表しておらず、石油消費量も明らかにしていない。そのため、アナリストは公式の製油所処理量と石油製品の純輸入量を合算し、「見かけ上の需要」を算出せざるを得ない状況にある。
 中国国家統計局によると、2026年第2四半期の中国の製油所稼働量は、前年同期比で日量160万バレルの減少にとどまった。これは、輸入量が日量350万バレル減少したことと比べると、小幅な減少である。
 多くの経済学者は、その理由は中国の膨大な原油備蓄にあると見ている。
備蓄の正確な規模は誰にも分からない。アナリストらは総備蓄量を10億~14億バレルと推定しており、これは輸入量の約120日分に相当する
中国は2024年に入ると備蓄の積み増しを加速させ、一部の試算によれば、1日あたり約100万〜120万バレルのペースで備蓄を増やした。ロシアやイランからの原油輸入は、それより前の2023年にすでに増加していた。当時、両国は制裁を回避して原油を大幅な値引き価格で販売するため、「シャドウ・フリート(影の船団)」の利用を拡大させていた。
 Vortexa(ボルテクサ)のデータによると、2022年から2025年にかけて、中国のロシア産原油の輸入量は26%急増し、イラン産原油の輸入量は2倍以上に拡大した。
Vortexaのデータによれば、中国が商業在庫の取り崩しを開始したのは、米国によるイラン攻撃から2ヶ月後の5月初旬。5月から8月中旬にかけて、中国は1日あたり約70万バレルのペースで備蓄を取り崩した。一方、地上にある戦略備蓄については、大部分が手つかずのまま維持されているVortexaは指摘。
輸出規制
エネルギーアナリストらは、中国の最近の輸入減少の約半分は、備蓄の取り崩しによるものだと見ている。その他の措置としては、石油製品の輸出制限など。中国税関のデータによると、第2四半期のガソリン輸出は前年同期比で93%急減し、軽油輸出は4分の1減、ジェット燃料輸出は半減しました。
 石油製品を輸出できず、国内での価格上限設定によって利益率が圧迫される中、中国の製油所は稼働率の引き下げに踏み切り。オックスフォード・エネルギー研究所(OIES)によると、6月と7月の中国における製油所の稼働量は、紛争前の1日あたり1500万バレル超から、同約1250万バレルへと低下。
 標準的な42ガロンの原油からは、約4ガロンのジェット燃料、20ガロンのガソリン、12ガロンの軽油が精製。つまり、ガソリン、軽油、ジェット燃料の生産量が減少すれば、それ以上に原油需要が減少することになる。
長年にわたる備え
中国はこの瞬間に向けて長年準備を重ねてきた。早くも2014年には、エネルギー安全保障を国家の優先課題に掲げていた。再生可能エネルギー分野に対する政府の強力な支援により、発電における石油への依存度は低下した。
 公式データによると、今年上半期の総発電量のうち約5分の2は再生可能エネルギーによるもの。また、今年中国で販売された新車の半数は「新エネルギー車(NEV)」が占めている。
 安価な電気自動車充実した充電インフラ、そして数万マイル(数万キロ)に及ぶ高速鉄道網が整備されていたため、燃料価格が高騰した際、中国の消費者は容易に別の移動手段へと切り替えることができた。そして実際に、多くの消費者がそうした選択。 今年1月から7月にかけて、中国の道路交通量は前年同期比で約2%減少した一方、鉄道の旅客数は4%増加。
 中国は石炭の活用も進めてきた。石油や天然ガスを利用する場合に比べ、この旧来型のエネルギー源を化学製品に転換するプロセスには高いコストがかかりるが、中国は国内に膨大な石炭埋蔵量。バンク・オブ・アメリカの大中華圏担当エコノミスト、ヘレン・チャオ氏は、長年にわたる技術の完成によって「石炭から化学製品を製造するプロセス」が確立されたことが、石油供給の混乱に対する同国のさらなる備えになったと指摘。
経済的コスト
確かに、アナリストやエコノミストは、開戦前に原油供給の70%を輸入に依存していた中国が、いつまでも輸入量をこれほど低く抑え続けることはできないと指摘。ホルムズ海峡を経由する供給の流れが制限される期間が長引くほど、当局は経済成長の維持と、石油備蓄を過度に減少させないこととの間で、難しい舵取りを迫られることになる。しかし、中国がいつ、どの程度の規模で原油の追加購入に踏み切るかについては、専門家の間でも意見が分かれている。
 また、開戦以来、中国経済は概ね底堅さを維持してきたが、一部には痛みの兆候も見られる。
 価格調査会社アーガス・メディア(Argus Media)で石油市場分析部門の責任者を務めるトム・リード氏は、「輸出制限は確かに中国がいつでも行使できる手段ですが、それには経済的なコストも伴います」と述べている。
 例えば、ディーゼル油やガソリンの輸出といった利益率の高い事業が急減していることは、中国の石油精製業者だけでなく、より広範な製造業や輸出産業にも打撃を与えている。
 マッコーリー(Macquarie)の中国担当チーフエコノミスト、ラリー・フー氏は、第2四半期における鉱工業生産の減速の90%は、石油・石油化学産業のサプライチェーンに関連するものだったと試算。フー氏によれば、原油価格の上昇とそれに伴う中国国内での需要の落ち込みこそが、第2四半期の経済成長率が2022年後半以来の低水準に減速した主要因。