大西瀧治郎は、空襲で焼き出された近所の人々を見て非常に申し訳ない気持ちになった。大西自身、強い責任を感じたが、同時に軍人全体の責任も強く感じた。

というのも、この時点で大西は、実質的に全軍人を代表するような立場にいたからだ。それは、日本の最も重要な戦力である特攻の指揮官だからだ。

従ってその重圧と申し訳なさには計り知れないものがあっただろう。そこから大西の中には全ての軍人を代表するような心持ちが芽生えてくる。

東京に戻ってからの大西は、家が焼かれてなくなったため、あえて独身の兵卒が寄宿する海軍の官舎に寝泊まりした。それは渋谷の南平台にあったが、ここが結局大西の終の棲家となった。

大西の部下は、一人では不便だろうと大西に夫婦用の官舎に移り住むよう提案したが、大西は「特攻の隊員たちは自分以上に不便している上に命まで投げ出そうとしているのに、自分だけ甘えるわけにはいかない」とこれを断った