マウリッツ・エッシャーは、1898年にオランダで生まれる。父親は土木工学者で、息子が建築家になることを望んだので、それに従って大学の建築学科に進む。しかし数学が苦手だったため、なかなか勉強がはかどらなかった。

そんなとき、大学の教授からグラフィック・アート学科への転籍を勧められる。エッシャーは、建築は苦手でも絵を描くのは得意だったからだ。特にそのグラフィカルな筆致は、当時からキラリと光るものがあった。それで父親も、最後にはこれを渋々認め、エッシャーは画家への道を歩み始めることとなる。

しかしこの若い頃、ほんの短い期間ではあったが建築の勉強をしたことが、エッシャーの人生を決定づける。というのも、エッシャーはそこで建築パースと透視図法を学ぶのだが、そこで透視図法にはバグがあり、見る者に錯覚を引き起こすということを知ったり、あるいは自ら発見したりしたからだ。

例えば、精緻な一点透視図法を画