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「料理店の寝椅子 彼女たちとの普通の会話」4_1 SIMI LABのMariaさんと
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「料理店の寝椅子 彼女たちとの普通の会話」4_1 SIMI LABのMariaさんと

2014-07-24 12:00

    昨年の3月にOMSB、大谷能生と一緒にパリに行ったときのこと、どこか行きたいところはないか?と聞くと、レコ屋しかないと言う。ひとつぐらい教会でも見せておいても罰は当たるまい、ということになって、OMSBとサンジェルマンデプレ教会に行った。

     彼の様に若く才能に恵まれた人間にとって、生まれて初めてのパリがどの程度驚きと啓示に満ち、重要で刺激的な経験になるのか、自分の生まれて初めてのパリを思い出しながら、そのとき(1980年)とまったく変わらない(唯一懺悔の箱だけが変わった。懺悔の箱は00年代のいつか、ガラス張りのカウンセリングルームになった)サン=ジェルマン==プレ教会の中を2人で歩いた。厳密には、目を輝かせながら動画や静止画を撮りまくるOMSBの後ろについて歩いていたのだが。

     私はこれがはっきりと父親の気分であること、そして、気がつけばすっかりその気分が、何の問題もなく、何か素晴らしいことででもあるかの如く認知しかけていたことに軽い動揺を覚え、頭を振って振り払った。本当に尊敬に値する音楽家が、自分の子供に当たる年齢に達しはじめる時、それは間違いなくひとつの通過儀礼になる。実に厄介な話である。

     それ以前にもOMSBは、メトロ名物の、さまざまなパフォーマーたちの演奏や、いまだに60年代のSF映画のロボットのような声で駅名を告げる構内アナウンス、通りすがりのパリジャンやアフリカ系移民たちの会話を、目を輝かせて録音していた。そしたたまにこちらを振り返り「これ、次のアルバムに使うんだ」と言った。私は「そうか」と言って、軽く頭を振り払った。

     サン=ジェルマン==プレ教会のマリア像の位置と大きさを知っている人は想起していただきたい。あの、奇妙な大きさの、奇妙な位置にあるマリア像を私は指差し「オムス、あれがここのマリア様だ」と言った。OMSBは、口を半開きにして、返事をするでも無視するでもないような状態で数十秒熱中し、幾葉かの静止画を撮影した後、こちらを振り向き「これ、帰ったらマリアに見せてやる」と言った(当時彼は、私に敬語を使うのかどうかも決められていない状態だった。それほど我々は、異物同士だったのである)。私は「うん」と言って軽く笑った。

     日本のマリア乃至マリアンヌを、我々は何人知っているだろうか。いやあ、そんなのいっぱいいるでしょ。と思う御仁は信仰心が足りぬと誹りを受けるだろう。あらためて胸前で十字を切り、熟考しなおすなら、実のところ、「マリ」「マリコ」「マリヤ」は山ほど知っている我々の前に「マリア」は意外と少ないことに彼等は気づくだろう。

     私の世代だと(3か月前に亡くなったばかりの)安西マリア、森マリア(これは偶然だが、対談中に登場する「妹」は、森マリアの若い頃に酷似している。ちなみにブラッドミックスの形はまったく同じである)といった、ハーフのアイドルたちが思い出される。次は山本KIDを子供を儲けた後に離婚したモデルのMARIA、彼女もハーフだ。彼女たちの人生は皆、苛烈であると言っても過言ではない。

     一方、純血種でまりあの名を持つ者たちは、最近の似たり寄ったりのモデルか、かなりインチキ臭い自己啓発のセラピスト以外、私は知らない。そして、彼女たちの人生が苛烈だと考えることが、無知や偏見と自覚しつつも、私はどうしてもできない。

     対談中にも出てくる、日本の若手ラッパーたちのインタビュー集『街のものがたり――新世代ラッパーたちの証言』(ele-king book)は、ele-king調の無駄なパンク・スピリットと、クラブ世代特有の、興奮するものの、詰めの甘い脱力感によって閉じてしまうというクリシェによって、私は実のところあまり好きではないが、誠実であり、古典的であることを認めるに吝かではない。そこにあるのは、苛烈な人生が音楽を生むという古典性と、自らの出生から幼少時代から現在に至るまでを赤裸々に語るラッパーたちの、これまた古典的ですらある叫びが詰まっている。この対談のサブテキストとしてお読みいただくことをお勧めしたい。

     SIMI LABの聖母である彼女について私が知っていることは、サン=ジェルマン==プレ教会の中ではまだほとんどなかった。日本を代表する強烈にスキルフルでオリジナリティ溢れるフィメール・ラッパー、いつも痩せたいと思っている、典型的なハーフの女の子、メールは花文字や顔文字でいっぱい、妹と母親が宝物、そしてやはり、苛烈な人生。そしてそれは、現代ならば、ラッパーの素質のひとつなのだ。いつの日かHIP HOPは、金持ちで家族構成に何不自由なく育った音楽マニアによる歴史的傑作を生み出すのだろうか? 苦境の果てに愛を摑みかけている、現在のところ我が国で最も若い、混血のMARIA様をご紹介したい。

     

    * この連載では統一のテープ起こし担当者がおり、今回も等しく同様にテープ起こしされたのだが、対談相手であるMariaさんの「独特の口調」を生かす必要性を強く感じ、今回のみ菊地がテープ起こしをさらに「Mariaさん口調」にリライトしています。

     

     
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