弱いなら弱いままで。
犬神明! その少年は狂気と騒乱と頽廃とを運んできた。そしてなおかつその少年本人は少しも狂的ではなく、純粋で高貴な魂のもち主なのであった。
犬神明、この少年こそは人類を上回る超存在であるところの人狼の末裔なのだ。その瞳は黒い炎、その手足は凶器、どれほど殴られ、叩かれ、暴力の洗礼を受けても毛ほども傷つかないその肉体は宝石。この犬神明が転校生としてある学園にやって来るところから血色の物語は始まる。
そしてそれはほとんどの登場人物が死に絶えるその時まで続いてゆく。犬神明。かれこそは世界に終焉を運んでくるもの、人類の栄華に果てを感じさせるもの、神話の世界の住人である。
ここに平井和正の伝説的な原作を田畑由秋、余湖裕輝、 泉谷あゆみの三人が漫画化した『ウルフガイ』全12巻を紹介させていただこう。『ウルフガイ』というこのタイトルに対し、ある種の感傷を憶えるひとは、いまでは一定年齢より上に限られるだろう。平井の原作が発表されたのは70年代のことであり、いまとなってはあまりに時代から離れている。
しかし、いまなお、ある人々にとっては、このタイトルはきわめて鮮烈な意味を持つ。『ウルフガイ』、犬神明、それはかれらにとっての青春の最大のヒーローなのだ。そしてその強烈な暴力に彩られた物語は、今日なお色あせてはいない。
それでは平井からこの物語を託された田畑らは、どのようにしてこの作品を原題に蘇らせたのか。狂気をもって。黒々と光る純粋な狂気をもって、かれらは紙面に物語を刻印した。
犬神明本人は、ごく穏やかな、平和を愛する少年であるにもかかわらず、かれが往くところ、必ず暴力の嵐が吹き荒れる。それは「いじめ」などという生易しい言葉で表せるものではない。ひとりの人間の人格と尊厳を徹底的に破壊しようという人間の本能に根ざす邪悪な欲求が、この少年に喚起されるのだ。
70年代という、日本がひたすらに暗かった時代が生んだ物語には、今日ではほとんど見られないような純色の狂気が根付いている。そこにあるものは、あまりに烈しいバイオレンスの展開であり、人間がいかに狡猾で残忍な生きものであるのか知らしめようとするかのような酷烈な展開である。
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