前述のハリス・ランチの脇を通過すると、悪臭もさることながらその異様な光景に目を奪われます。何万頭という牛たちが数キロにもわたる茶色い大地にくるぶしまで浸かったままびっしりと立っているのです。牛たちがくるぶしまで浸かっている茶色いものは実は大地ではなく、牛の糞尿です。この周辺に漂う強烈な悪臭のもとはこの牛たちの排泄物なのです。
弱いなら弱いままで。
帝国とは何か。それは従来の企業の常識から大きく逸脱し、もはや国家に縛られることもなく営々と利益をあげつづけるグローバル巨大企業のことである。それはたとえばアップルであり、グーグルであり、アマゾンであり、メットライフ、あるいはマクドナルドである。
もともとはアップルに勤務していた著者は、内側からアップルが「帝国化」してゆくさまを観察しつづけた。それはひとつの企業がまさに世界の覇権を握るまでのプロセスであった。いまのアップルはありとあらゆる手段を模索しつつ、徹底的に合理化を進めて利益を追求しつづける資本主義のモンスターだ。
本書は全体の半分以上を費やして帝国企業の負の側面を描写していく。たとえば「食をつかさどる帝国」マクドナルドのことを見てみよう。
その商業規模を限界まで拡大していった結果、マクドナルドは膨大な量の食材を必要とするようになった。たとえばアメリカでの牛肉の購入量は実に4億キロ(!)を超え、チキンの購入量も2億7000万キロに及ぶ。これは1週間あたり550万羽のブロイラーに相当するという。
こういった需要はどのようにして満たされているのか。食肉生産の「工業化」によってである。鶏を品種改良しつづけ、餌に抗生物質を混ぜ、生き物として不自然な、自力では歩くことすらできない状態に仕上げて、食肉を「大量生産」する。それが「食の帝国」たちがやっている仕事である。
本書のなかでも最もショッキングな記述は食肉用の牛を生産する「農場」の話だろう。
牛たちが排泄した糞尿はかれらが出荷されるまでの数ヶ月の間、その足もとに溜まりつづけているというのだ。牛たちは自分たちの流す糞尿に浸かったまま生活しているのである。
このような異常な「産業」に問題がないはずがない。たとえば牛の腸内に生息するO-157が流出したりする事件がじっさいに起こっている。しかし、よりショッキングなのは、ファーストフードや加工食品が子供の発育への影響を与えているらしいということだろう。
それらの食品を食べて育った子供たちは、発育に甚大な影響を受けているようなのである。たとえばアメリカでは女子の思春期の低年齢化が劇的に進んでいるのだという。
ある調査によると、わずか7歳で乳房が膨らんでしまう子が15パーセント、8歳ではなんと27パーセントに及ぶという。また陰毛が生えてしまうケースも7歳で10パーセント、8歳で19パーセントにも及ぶ。
さらに一般に所得が低い黒人家庭では8歳で42パーセントの子供に乳房の発達が見受けられるとのことだ。日本の常識では考えられない話だが、TPPを控えたいま、これは対岸の火事とばかりもいっていられない問題である。「帝国」たちはここまで世界を変えているのだ。
それでは、我々はこのような帝国企業に対し、どのように対応するべきなのだろうか。毅然としてそのすべてを拒絶し、森の奥にでもひそむべきなのか。それとも、従順に帝国の支配を受け入れ、その官吏となって生きることを目ざすべきなのか。
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