余命1年のスタリオン


 石田衣良『余命1年のスタリオン』を読んでいる。このところ、どうにも小説を読む気になれず、ノンフィクションの本ばかり読んでいたのだが、この本は久々に読む気にさせられた。

 「余命1年」と「スタリオン(種馬)」。タナトスとエロスが絡み合い、ふしぎな印象をのこすタイトルだ。そしてその物語を石田衣良が書く。これは読まなければならないと思ったのだ。

 いま、第一章を読み終わったばかりだが、その直感は間違えていなかったらしい。現段階までは、素晴らしい展開を予感させながら物語は続いている。どうやら、作家石田衣良の最良の部分を切り取った一作に巡り会えたようだ。

 傍目から見て、石田ほど順調な作家人生を歩んでいる人物は日本でも数少ない。デビュー以来、その作品は次々と映像化され、あたりまえのようにベストセラーを記録している。

 本人はその洒脱なキャラクターを活かして時々、テレビに出たりもしながら作家活動を続け、当然のように直木賞を取ったりもしている。

 およそ作家という職業で考えられる限りのサクセスはすべて手にしているのではないか、と思われるほどの成功者ぶりだ。

 特にもここ数年の活躍はめざましく、「ある殺人者の回心」と副題を付けた格調高くも残酷な長編『北斗』は、石田の最高傑作のひとつとして歴史にのこることだろう。

 かれの作品の特徴をひとことで表わすなら、澄明ということになるだろうか。よく「透明感ある文章」という表現が用いられるが、石田の文章からはまさにそんな印象を受ける。

 ひとつひとつの選び抜かれた言葉の、その底知れず透きとおった印象。これはもう才能以外の何物でもない。石田の文章は、たとえ他の作家の文章に混ぜてあってもはっきりそれとわかるだろう。だれの目にも見紛いようもなく「石田衣良」と刻印されているのだ。

 しかし、反面、その「軽さ」が石田作品の弱点といえないこともない。石田の言葉は物事の本質を捉え、えぐり出す力を持ってはいるが、あまり重々しい印象を与えない。

 これは作家の個性としかいいようがないことだが、どうにも軽々としているのである。それはたとえば『池袋ウエストゲートパーク』のようなスタイリッシュな物語では長所となるが、時としてあまりにライトに過ぎるという印象を与えることもある。

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石田 衣良

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 ここらへんは好き嫌いが分かれるところだろう。『北斗』のようなきわめて深刻なテーマ、あるいは『余命1年のスタリオン』のように直接に「死」を描いた作品でも、やはりどこか「軽い」ことは否めない。

 本質的にどろどろしたものを心のなかに抱えていない作家なのだと思う。ここまで来ると、技量よりも人格の問題であり、軽々しく良し悪しを語れるレベルの話ではない。