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そしてその物語はありふれた青春の屈折と絶望と呼ぶにはあまりに暗く、鈍い痛みに充ちている。ほとんど正視しかねるほどに「痛い」展開ばかりが続いてゆく。
ひとり激しい苦しみのなかに叩きこまれた少年に残されたたったひとつの希望は、天才歌手「リリイ・シュシュ」。世界にただようエーテルを感じ取り歌にするというこの呪術的シンガーの歌声のみが、少年に生命を感じさせる。しかし、それすらもやがてかれから奪い去られてゆく運命なのだ――。
岩井俊二監督による映画『リリイ・シュシュのすべて』を見たとき、ぼくはそのあまりの美しさと残酷さに、思わず息を飲む思いがした。
なかば擬似ドキュメンタリー的な手法で撮られたその映像世界の透明感と迫真性は、岩井の天才を示して余りあるのだが、そのまたとなく佳麗な世界でくりひろげられる物語はひどく凄惨だ。
おそらく極端に好みが分かれる映画だろう。ひとことでいえばもの寂しい地方都市で暮らす少年少女たちの過激な暴走の物語なのだが、その描写はひたすらに凄愴で、残酷で、痛々しいばかり。ひとによっては単なる悪趣味と受け止めることもあるに違いない。
しかし、それでもなお、あるいはそうだからこそ、この映画にはひとを強烈に惹きつける昏い魅力がある。いまから十数年前の映画だけあって、当時の不安な空気をみごとに映像に収めているといえる。
いやあ、いい映画だった。居候先の家主であるてれびんとふたりで見たのだけれど、ひとりだったら途中で見るのをやめていたかもしれない。それくらい救いがないプロットで、正直、見ていていやになる。
いじめがひとつのテーマになっているのだが、その執拗かつ克明な描写は辛い。いったい何を考えてこんな映画を撮ったのかと想うくらいだ。
しかし、それでいて、やはりこれは傑作だとしかいいようがない。ある種のひとたちは強く惹かれるに違いない。それこそ、人生をねじ曲げられるほどに。
どこまでも暗黒な現実と、彼岸にいる神秘の存在リリイ・シュシュが対比される世界は、ある種の強烈な魅力を感じさせる。ひとはなぜかひどく痛かったり辛いものに惹かれる一面を持っているようだ。おそらく、それが世界の現実を強く思い知らせるからだろう。
ハッピーエンドが約束されたハリウッド的なお伽話は、あるいはそれはそれで綺麗かもしれないが、やはりどこかリアリティに欠ける。
ダークでソリッドな物語にこそ、この世の真理があると考えるひとは少なくないだろう。しょせん世界はそういうふうにできているのだから、と。
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学生時代、恩師が監督と知り合いだったらしく、打ち上げ花火、ドラゴンフィッシュなどいくつか作品を見せてもらったことがあります。
話や映像もさることながら、音へのこだわりについて力説されましたので、そちらも注意してみてはいかがでしょうか。
「リリイ・シュシュのすべて」はあらすじが暗かったのでまだ見たことはありませんが、見てみたいと思いました。