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堕落する準備はOK?(6948文字)

2013-09-10 20:32
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    妹。↑

    ■あらすじ■

    堕落する準備はOK?

     ある日突然運命と出逢う。

     イケメンじゃなくて天才じゃない、ごくごく普通の凡人にも、時々そういうことがある。

     良い運命とは限らない。むしろ悪運の方かもしれない。のこのこ付いていけばそのまま地獄にまっ逆さま、そんなろくでもない代物かも。

     しかしそれでもどうしようもなく出逢ってしまう、そういうことが本当にある。

     受験した大学を片端から落ち、仕方なく上京して予備校通いを始めた「ぼく」を待っていた運命、それは身長130cmの口が悪い女だった。わけもわからず戸惑うぼくを前に、やけに確信に満ちた口ぶりで彼女はいう。

     この場所はアンタが思っているよりずっと暗い。それでも、アンタにはこっちに来る資格がある。アンタがその気なら、一緒に見に行く準備がある。最低の場所の最高の景色を。そして。

     堕落する準備はOK?

     その「いさましいちびのハムスター」美芝可憐が誘いこんだ会社は、ムーナス(moonearth)という零細弱小エロゲメーカー。

     次第に「ぼく」は、このいいかげんな業界にのめりこんで行く。仕事はきつい上に給料は少ない。それでもそこは、やけに居心地に良い「ぼく」の楽園。

     しかし楽園はいつまでも続きはしない。やがてムーナスに次々とピンチが訪れる。はたしてぼくを待つ運命は……?

    ■解説■

    「……ムーナスって、どういう意味なんです?」
    「月と地球」
    「そうじゃなくて」
    「アバロン、エデン、タネローン、パラダイス。……呼び方なんてなんでもいいんだけど。楽園って意味よ」

     いまこの記事を読んでいるあなた、この記事はひとえにあなたに『らくえん』という作品を知ってもらうために、それだけのためにある。

     もちろん可能ならプレイしてほしい。そしてぼくといっしょにこの無名に終わってしまった名作を惜しんでほしい。この記事のすべてはそういう意図で書かれている。

     とにかくぼくはこのゲームが大好きなので、いくらでも話したいことがある。読みつづける準備はOK?

     グッド。それじゃ、話を続けよう。

     この『らくえん』はエロゲ製作会社を舞台にした「メタエロゲ」である。男女を問わずほとんどの登場人物がエロゲ脳のエロゲマニアという末期的設定。

     だからネットを見ると「究極のオタクソフト」とか、「オタクにしか理解できない作品」という評価が多い。

     しかしそれは本質を外した見方だと思う。こう見えてこの作品、案外ストレートな青春群像活劇なのだ。

     たしかにパロディとかオマージュとか、2ちゃんネタとかオタクネタとか、その手の代物は山盛りで出て来る。でも、そこが本質じゃない。

     そりゃま、エロゲオタを主役にした「メタエロゲ」には違いないし、そこらへんのネタも十分におもしろい。でも、それだけならそこまで感心しなかったと思うんだよね。

     そういった自己言及ネタは、『トップをねらえ!』の昔からオタクの習い性、自己言及も同属嫌悪も一人前のオタクなら中学生までにこなしている。

     でも、『らくえん』はそれだけでは終わらない。そのレベルには留まらない。その先にこそ、真価がある。この作品がいかに愛されているかは以下のMADを見ればわかるだろう。


     現在、このゲームをプレイするには、Amazonあたりで中古を入手するか、もしくはダウンロード販売を利用する手がある。

     現時点でAmazonでこのゲームを買うと最安値7880円。それに対してDL販売なら3990円。4000円近く安い。

     だからどうしてもパッケージがないといやだ!というひと以外にはDL販売をお奨めする。

    ■登場人物■

    僕「発売延期できないのかなぁ」
    可憐「できてねーもんは売れないにゃー」
    マーキー「やあ、そんなことはありませんよ。できてないゲームを売っちゃう現場、いっぱい体験してきました」
    僕「できてないゲームを買っちゃう現場、いっぱい体験してきましたよ」
    杏「うわぁ……」

     5人のヒロインを紹介します。男性陣も良い味を出しているんだけれど、とりあえず、カット。

    ●亜季

     「ぼく」の双子の妹の片割れ、「生意気なほうの妹」。杏いわく「動いていないと止まっちゃう畑の人」。親の反対を押し切って声優を目指し上京してくるものの、その夢のために苦しみ、のたうつことになる。

     『らくえん』で最初にプレイしたのは彼女のシナリオだった。最も感動したのかもこのシナリオかもしれない。

     ちょっとした偶然からチャンスを掴み、プロを目指して修行する亜季だが、その苦労は半端なものではない。自分は素人、まわりは桁違いの連中ばかり。頑張っても頑張っても、まるで役は掴めない。

     たまに入る役は犯される役だの殺される役だの。しかし亜季はそんな端役にも全力を尽くす。遠い遠い夢を目指して。

     亜季のシナリオでは、プロフェッショナルな声優の演技力を思い知らされた。

     物語の都合上、亜季の声優さんは、技術的には未熟だがひとを惹きつける「何か」がある声と、技術的には習熟してきたもののその「何か」が失われてしまった声とを演じわける必要があった。

     そしてじっさいにそう演じてのける。しかも、それはレイプされながらだんだん感じていく場面のあえぎ声なんだぜ? すげえよ。この好演が、亜季の物語に説得力を生んだといっていいと思う。

     あと、セックスに至る流れが素晴らしかった。エロい。

    ●杏

     「ぼく」の「生意気でないほうの妹」。

     ある意味では一番「エロゲらしい」、現実離れしたキャラかもしれない。彼女はオタクでダメ人間の兄を無条件に慕う。素人なのにムーナスでは制作進行を勤め、やたらにディープな面子のなかでちょっと浮きながら、堅実に仕事を果たしていく。

     都合の良い夢物語には違いない。しかし彼女の「ぷちひきこもり」という設定に目を向けてみると、杏が非常に内向的な性格であることがわかる。

     杏は広い世界へ出て行くことを好まない。大好きな家族とともに狭い世界で堕落していければそれでいいのである。この子もある意味、ダメ人間だなあ。

     『らくえん』のおもしろさは、こういう個性を責めないところにある。この作品には「そんな狭い世界に閉じこもっていないで外の世界で成長しろ」などと説教する奴は出てこない。

     亜季はまさにそうやって成長していくわけだが、杏には別の道がある。彼女のエンディングはほどよく堕落した感じが出ていて良かったと思う。

    ●美柴可憐

     「いさましいちびのハムスター」。

     コミフェ(コミックフェスティバル)で出逢った「ぼく」を「運命の相手」と見初め、エロゲ製作の「暗い世界」に引きずりこむ。

     陵辱もの好きで、何かというとレイプレイプと口走るとんでもない性格(ただし男をいじめてもおもしろくないので、ボーイズラブものはダメらしい)。

     杏とは正反対のあまりにもエロゲらしくないキャラクターだ。ま、エロゲ業界広しといえども、「女に幻想を抱くな。このヲタ」なんて罵るヒロインはこの人くらいなのではないでしょうか。

     何でも出来るのになぜかエロゲ業界でグラフィッカーなんてやっているなぞの人物。とんでもない正体があるのだが、はっきりいってその設定はあまりにも唐突で、作品の世界観にそぐわない。

     ようするに彼女は月(moon)から地上(earth)へやって来たお姫様だったのだろう。月と地上、理想と現実、その狭間に「楽園(moonearth)」はある。それがこの作品のひとつのテーマである。

    ●千倉沙絵

     「ぼく」の中学生時代の後輩。

     服装から何からいまひとつ冴えない女の子。東京の予備校で偶然「ぼく」と再会する。中学時代、3日間だけ「ぼく」と付き合っていたのだが、「ぼく」は手を出そうとして失敗し、気まずくなってしまって自然消滅した。

     実は『ロード・オブ・ザ・リング』ネタの二次創作小説を書いている現役腐女子。兄の影響から芝居にも興味をもっている。

     『らくえん』のなかでいちばん恋愛色が濃いのが沙絵のシナリオだろう。そしていちばん印象が薄いのもこのシナリオである。

     このシナリオにはあるメキシコ人オタクが絡んでくるんだけれど、なぜかれがメキシコ人である必要があるのかさっぱりわからない(笑)。

     普通に日本人でも良かったと思うんだけれど、なんだったんだろう(前作のグラフィックの使い回しのせいらしい)。とにかくぼくとしてはいまひとつ印象が弱いままのシナリオだった。

     でも、このエンディングは受験生の夢といえるかもしれない。

    ●御守みか

     売れっ子女性原画家。「ぼく」のことを「おっちゃん」呼ばわりする。そのボケボケな性格はよく『あずまんが大王』の大阪に例えられる。

     『らくえん』には珍しく、普通にかわいい「萌えキャラ」なんだけれど、彼女のシナリオはほとんど普通のエロゲのようにストレートに話が進むので、そういう意味ではおもしろくない。

     むしろ御守シナリオの目玉は彼女が可憐と同居していた美大時代の描写にある。

     どういう経緯で同居することになったのかわからないが、女ふたりの同居生活はこれはこれで楽しそう。二人ともお嬢様育ちだから、頓珍漢なことばかりやっていたに違いない。

     本人の発言によると可憐に惚れているらしい。でも相手は筋金入りの異性愛者なので、その恋は実らなかった模様。その意味では「ぼく」はただの代用品ともいえる。ひとに頼らないと生きていけない女なのである。ああ、ダメ人間。

     クライマックス直前で何気なくタバコを吸っている場面があって驚いた。普通、エロゲヒロインは吸わないもんね。何気なくセンスが光る一場面であった。

     こういうことをするから売れないんだろうけれど(泣)。これを読んでいるあなたはぜひ買ってください。

    ■どこがおもしろいのか?■

    「後悔するかも」
    「後悔すればいい」
    「苦しむかも」
    「苦しめばいいさ」
    「堕落だよ」
    「堕落でもかまわない。堕ちるのが、オマエといっしょなら」

     究極のオタクソフトといわれる『らくえん』ですが、OPはこうで、


     EDにいたってはこんなです。


     「オタク」とか「エロゲ」という素材はたまたまいまの時代にマッチしていたから拾っただけだと思うんですよ。この作品の本質はそこにはない。

     この作品のテーマは「堕落」です。平凡な青年だった「ぼく」は、コミフェで出会った謎の女に誘われたことからその平凡な人生から転落して行きます。

     かれの周囲の人間も皆同じように人生のレールから転落してしまった者ばかり。それなら彼らは人生の敗残者なのか?

     そうかもしれない。しかし、その敗北の何と楽しそうなことでしょう。むしろ彼らはレールから外れることによって救われている。「常識」とか「世間」とか「モラル」といったものを蹴飛ばしたときから、彼らの人生は始まったのです。

     もちろんその先に待ち受けているもの、それはきびしい現実。夢のように楽しい時間はいつまでも続きはしない。「ぼく」たちのらくえん、ムーナスはすべてのシナリオで最後には空中分解してしまいます。

     しかしその先にあるもの、それはもう「あいかわらずなぼく」じゃない。このろくでもない人生を楽しむことを知っている。

     どうしようもない堕落した人生だけれど、それでもOK! ひとは堕落することで救われるって、あれは何て作家の言葉だっけ?

     そう、『らくえん』のテーマは、「人間肯定」、「人間賛歌」、これに尽きます。ヒーローでもヒロインでもなくただのオタクで、それでも必死に頑張っている人間を肯定すること。ダメだけれど光り輝いている人生を肯定すること。

     その力強さがこの作品の真の魅力です。

    ■エロ■

    「ここには、亜季ちゃんがいない。にー兄ちゃんと、わたししかいない。どんなコトしたって、誰にもバレないよ」
    「自分が見てる」
    「自分にはウソついてないもん」
    「…………神様だって見てる」
    「いいよ。神様は見てても。……見せつけてやろ」

     ないわけではないけれど、薄いです。エロ主体のゲームではないですね。ちなみにダウンロード販売を行っているDMMのサイトには天使や悪魔とのエロシーンが掲載されていますが、本編とはほとんど関係ないので無視してください(笑)。

     いや、作中作の『あいかわらずなぼく。』に登場するという設定のエロシーンなんですよね。この作中作がまた微妙な出来でおもしろいんだけれど、その説明はやめておきます。

    ■センチメンタリズム■

    「ル、ルークがねっ、命がけでロープにぶら下がる直前にねっ」
    「はぁ?」
    「レイア姫がなにしてくれたか憶えてる?」
    「何言ってるんだ、オマエ?」
    「耳、貸して」
    「いそがないと。始まっちゃうぞ」
    「5秒でいいから。……早く」
     しかたなく僕が顔を寄せる。
     と。
    「おまじない」
     僕の耳に亜季がささやく。
     ……ちがう。これはささやいてるんじゃなくて。
     キスだ。

     『らくえん』という作品を語るとき欠かせないのが、そのセンチメンタリズムです。ふだんは下品な下ネタが平然と飛び交う物語が、クライマックスに至ると変貌を始めるのです。

     といっても、突然泣かせるエピソードが混じるとか、そういうてこ入れ的展開を予想しないでください。あくまでそれまでの生活観に満ちた汚らしいエピソードはそのままに、物語は少しずつシリアスになっていくのです。

     その際、重要な役目を果たすのがヒロイン視点のモノローグ。ふだんは明るくはしゃいでいる彼女たちが心の奥で何を考えていたのか明かされるこの場面はまるで新海誠か羽海野チカの雰囲気。

     表面だけ見るとそれまでの『らくえん』と巧く接地するとは思えないんだけれど、どういうわけか全く違和感を感じさせない。この瞬間はぞくぞくするような感動がある。

     しかしこればかりはやってもらう以外に説明のしようがない。もともとひどくおもしろさを説明しづらい作品なんだけれど、この場面だけはほんとに説明のしようがないんですよね。

     センチメンタルといっても、いわゆる「泣きゲー」の感動とはやはり大きく異なっている。だってイノセントなんてどこにも見当たらないのです。

     すねに傷を抱えていない人物なんてひとりもいない。だれもが汚れながら生きている。それにもかかわらず、かれらの胸には情熱がある。

     作っているものはしょせん売れないエロゲに過ぎないのに、少しでも良いものを作ろうとするハートがある。それがぼくの胸を熱くさせる。

     あなたがぼくと同じものを感じるかどうかはぼくにはわからないけれど、少なくともぼくにとっては忘れられない場面です。ぜひ自分でプレイして味わってほしいとしかいえない。

     いや、この作品のセンチメンタリズムを理解してもらうには、結局製作されずに終わった(泣)番外編の予告を見てもらうのがいちばんかもしれない。


     雰囲気あるでしょ? この動画を見て気にいったひとは 
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