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 その年の本格ミステリの最高傑作短編を集めた『ベスト本格ミステリ2013』に、中田永一「宗像くんと万年筆事件」が収録されている。第66回日本推理作家協会賞短編部門の候補作となったという作品である。

 これが面白くて面白くて、ひさしぶりに夢中になって読み耽った。ちなみに中田永一はデビュー作「百瀬、こっちを向いて」が映画化され、『くちびるに歌を』で第61回小学館児童出版文化賞を受賞するなど活躍中の作家だが、この名前が乙一の別名義であることは周知の通りである。

 いや、しかし、「宗像くんと万年筆事件」、実に素晴らしい。何が良いって、爽やかな後味がたまらない。中田永一(乙一)のほとんど全作品がそうなのだが、読み終わったあと、実に切なくも爽涼とした印象が残る。

 中田は「少年と少女が出会って、ほんの一瞬だけ交流し、去って行く、という物語を予定していました」と書いているが、まさにその一瞬の交流の哀切さが胸に刻み込まれる。文句なしの傑作だ。

 主人公は小学校である事件に巻き込まれ、ぬれぎぬを着せられたひとりの少女。その彼女をさっそうと救い出すヒーローとなるのが同級生の宗像くんだ。

 もっとも、この宗像くん、見かけはちっともさっそうとしていない。むしろクラスの嫌われ者ですらある。

 「宗像くんは小学五年生のときにうちの学校に転入してきて、それ以来ずっと友だちがいない。彼の嫌われている理由はあきらかで、ちかくによると、ぷんとにおうのだ。何日もお風呂に入っていないらしく、彼の毛は脂でてかっており、爪の間には真っ黒な垢がたまっていた。服は黄ばんでおり、あきらかに何日も、もしかしたら何週間も洗濯されていなかった。席替えの際、彼のとなりになってしまった女子児童は泣き出してしまい、彼がおろおろと困惑していた。」というキャラクター。

 しかし、このダーティーな宗像くん、あるときに十円玉を借りた恩義を返すため、意外な知性と推理力を発揮して、主人公の無実の罪を晴らしてしまうのだ。しかも、かれは最後にはその十円を返してどこへともなく去ってゆく。格好いい!

 この種のミステリでこんなにも爽やかな後味を覚えたのはいつ以来だろう。ぼくは現代の本格ミステリの最大の弱点は読み終えたあとの後味の悪さだと思っているので、こういう小説は大歓迎である。もっと読みたい。