弱いなら弱いままで。
自然、本には思い入れがある。ぼくはあまりていねいに本を扱うほうではないが、それでも、たくさんの本が集まった書店や図書館に行くと陶然となる。
しかし、世の中にはぼくよりはるかに本が好きな人がいて、そういう人たちは文字通り本なしには生きていけない。活字中毒ないしビブリオマニアと呼ばれるその種の「本の虫」たちにとって、本はまさに生きる糧そのものなのである。
香月美夜『本好きの下剋上』の主人公マインもその「本の虫」のひとり。いや、ほんとうは彼女自身は本などという概念そのものを知らない病弱な子供に過ぎないのだが、異世界の活字中毒の女性が彼女の体に生まれ変わってしまうところから物語は始まる。
一般人には本などとても手に入らない過酷な環境で、彼女は愛する本を手に入れるべく、さまざまな試行錯誤を始めるのだが、そこには実に多種多様な困難が待ちかまえていて――と、話は続く。とても面白いので、未読の人にはオススメである。
それにしても椎名優のイラストは素晴らしいなあ。これだけで本としてのクオリティが一気にアップした印象を受ける。マイン可愛い。
話を戻そう。『本好きの下剋上』は「小説家になろう」に掲載されている諸作品のなかでも最も好きな作品のひとつだ。「なろう」にはよくある異世界転生ものなのだけれど、描写がていねいで楽しい。
異世界に転生して何をやるかといえばひたすらに本を求めるだけなのだけれど、それ自体はそこまで魅力的な物語を生み出しそうにないアイディアだ。
しかし、「本を作る」というマインのあくなき執念は、やがてひとが生きるとは何か、愛するとはどういうことなのか、ぼくたちに見せてくれるようになるのである。
物語を動かすマインの動機はきわめてシンプルだ。「本を読みたい」。それだけ。その、本来ならたやすいはずのことが、たまたま異世界に生まれ変わってしまったために叶わなくなる。そこにドラマが生まれる。
そしてその「本を読みたい」というほとんど不可能とも思える願いに対し、トライアル&エラーをくりかえしながらも真っ直ぐに進んでいくマインの姿を見ていると、強い感銘を受ける。
そうだ、ひとが目標に向かって成長していくとはこういうことなのだ、と思わせられるものがあるのだ。
人生はある種のロールプレイングゲームのようなものである。何か作業をするたびに少しずつ経験値が入ってきて、それが一定値に達するとレベルアップし、少しだけ能力が上がる。そのくり返しを「成長」と呼ぶ。
いやまあ、じっさいには全くの逆で、人間の成長の仕組みを数値化したのがRPGなのだが、いまの30代以降にはこのような説明がわかりやすいだろう。
とにかく、何かの経験を通して経験値をためることなしには成長することはできないわけだ。あたりまえといえば、あたりまえのこと。
ただここで重要なのは、ある作業のくり返しで一定レベルまで達すると、もうその作業を続けていても経験値が入りづらくなるということだ。
ハイスピードで成長するためにはひたすら同じことをくり返しているだけではダメなのである。ある作業が練達の域に達したなら、今度はべつの作業に挑まなければならない。
たとえば、ぼくなどは漫画やライトノベルを読みつづけていてもなかなか経験値がたまらないようになっていると思う。いままで膨大な量の作品を読んで来たため、漫画やライトノベルで入る経験値はもう少なくなってしまっているのだ。
だから、ここからさらに成長しようと思ったなら、ほかのジャンルの作品を読むか、あるいはいっそ「読む」という行為そのものを捨てて、まったくべつの行為にチャレンジしなければならない。常識で考えれば、そうしたほうが効率がいい。
しかし、それが「道を究める」話となると、理屈がまったく変わって来る。
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