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 いよいよ来週から『アルスラーン戦記』アニメ版がスタートします。

 原作は田中芳樹のベストセラー戦記小説。

 架空の王国パルスとその周辺の諸国家を舞台に、ひよわな王子アルスラーンの冒険と成長を描いた気宇壮大な大河ロマンです。

 86年に始まった原作はこれまで既刊14巻が発売されていて、完結を目前に控えたところまで来ています。

 原作は一度漫画化及びアニメ化されていますが、このたび、荒川弘という才能を得てふたたび漫画になりました。

 荒川さんによる漫画は基本的には原作に忠実ですが、ところどころにオリジナル要素を盛り込み、壮麗な原作をいっそう勇壮な物語に仕立てあげています。

 それがいまテレビアニメという形で展開するわけです。期待せずにはいられません。

 そこで、この記事では「10分でわかる『アルスラーン戦記』」と題して、この未曾有の物語の説明をして行きたいと思います。

■『アルスラーン戦記』ってどんなお話?■

 広大な大陸を東西に貫く「大陸公路」の覇者、パルス王国はいま、西方からやって来たルシタニア王国の侵略を受けていた。

 勇猛でしられるパルス国王アンドラゴラス三世はただちに軍勢を集結、アトロパテネの平原に布陣する。

 無敵を誇るパルス軍が敗れることなど、かれは考えてもいなかった。

 ところが、パルスの将軍として一万の兵を預かる万騎長カーラーンが味方を裏切ったことによって、パルス軍は壊滅、アンドラゴラスは敵軍に捉えられる。

 そしてその頃、パルスのただひとりの王子であるアルスラーンはただひとり平原をさまよっていた。

 かれは絶体絶命のところを「戦士のなかの戦士」ダリューンに救われ、ただふたり、戦場を抜け落ちる。

 アルスラーン、ときに十四歳。

 このひよわな少年がやがて長きにわたるパルス解放戦争を導いていくことになるのである――。

 『アルスラーン戦記』は特にとりえがないように見えるパルス国の王太子アルスラーンの成長物語であり、パルスと野心的な周辺諸国を巡る戦記ファンタジーです。

 ファンタジーとはいっても、魔法的な側面はそれほど強くありません。

 後半になってくると邪悪の蛇王ザッハークの魔軍などというものが出て来てファンタジー色が濃くなっていきますが、当面、アルスラーンが取り組まなければならないのはパルス国を占拠してしまったルシタニア軍の討伐と国土の解放です。

 したがって、あくまでメインの要素となるのは戦争や謀略。

 そしてそこに、アルスラーンの出生の秘密が関わってきます。

 そして、そもそもなぜカーラーンはパルスを裏切り、国土を灰にしたのか?

 カーラーンを意のままに操るかに見える「銀仮面卿」と呼ばれる人物は何者なのか? 

 「銀仮面卿」に力を貸す暗灰色の衣の老人の目的とは何か?

 アンドラゴラスが知っている秘密とは何なのか?

 バフマン老人は何を悩むのか?

 さまざまな謎が謎を呼ぶのですが、それらはすべてアルスラーンによるパルス解放にあたって解き明かされることになります。

 ひろげられた大風呂敷がみごとにとじていく「王都奪還」のエピソードは見事としかいいようがありません。

 まあ、そのあともさらに物語は続いてゆくのですが、この長い長い小説はいまになってようやく終わろうとしています。

 これから読むひとはあまり長い間新刊を待たなくて済むかもしれません(はっきりとはわかりませんが……)。

 田中芳樹は多くの魅力的なシリーズを生み出しては未完で放り投げていることでしられている作家なのですが、決して風呂敷をとじる能力に欠けている作家ではありません。

 この流浪の王子と邪悪の蛇王を巡るあまりにも壮大なプロットがどのようにして完結を見るのか、期待しても良いでしょう。

 「皆殺しの田中」と呼ばれるくらいの作家ですから、おそらく物語の終幕に至っては何かしらの悲劇が待ち受けているはずではあるのですが、その点も含めて続刊を楽しみに待ちたいところです。

■どこが面白いの?■

 先ほども書いたように、アトロパテネの野を命からがら脱出したアルスラーンに付き従うものは、最強の騎士ダリューンただひとりです。

 それに対し、かれが打倒しなければならないルシタニア軍は、アトロパテネの野の会戦で多数の兵を失ったとはいえ、なお、その数30万。

 いかにダリューンが無敵といっても、ひとりで30万の軍を倒すことなどできるはずがありません。

 したがって、アルスラーンはパルス全土に残っている兵たちを糾合し、ルシタニア軍に匹敵する軍を生み出して戦いを挑まなければならないのです。

 初めふたりだったアルスラーンたちが、やがて軍師ナルサスやその弟子エラム、流浪の楽師ギーヴ、女神官ファランギースといった人々の協力を得、また多数の軍勢を集め、しだいしだいに形勢を逆転していくそのカタルシスが『アルスラーン戦記』序盤の読みどころです。

 いったい凡庸な王子とも見え、周囲からもそのように扱われていたアルスラーンがいかにしてこの非凡な人々をひきいる「王」にまで育っていくのか。その点もまた見どころのひとつでしょう。

 そしてまた、きわめて劇的に演出された名場面の数々!

 ことケレン味という一点において、『アルスラーン戦記』に匹敵する小説は日本にはいくつもないのではないでしょうか。

 それくらい何もかもがドラマティックに描かれている。

 そもそもいきなり無敵だったはずの軍隊の「敗戦」から物語がスタートするあたり、凡庸ではありません。

 そしてその状態からの史上空前の逆転劇は大きなカタルシスがあります。

 ひよわと見られていたアルスラーンはやがて「十六翼将」と呼ばれる最強の騎士16人を麾下にくわえ、「解放王アルスラーン」としてしられるようになっていくのですが、そこにまで至るまではいくつもの試練を乗り越えなくてはなりません。

 物語が始まった時点では、アルスラーンはまだ何者でもないといっていいでしょう。

 そのアルスラーンが、ちょっと「個性的」という言葉だけではいい表せないくらい個性的な面々をどのようにしてコントールしてゆくのか、ひと筋縄では行かない物語が待っています。

 殊に旅の楽師にしてパルス最高の弓使いであるギーヴなどは、王家への忠誠心は皆無、美貌の女神官ファランギースに惹かれてアルスラーン陣営に入るという人物だけに、並大抵のリーダーに使いこなせるような性格ではありません。

 しかし、最終的にアルスラーンはそのギーヴからすらも忠誠を誓われるようになっていくのです。

 武術においても知略においても必ずしも秀でたものを見せないアルスラーンの才能とは何なのか?

 ぜひ本編をお楽しみください。

■『アルスラーン戦記』独自の魅力は何?■

 そうはいっても、その手の戦記ものやファンタジーはもう見飽きたよ、というひともいるでしょう。

 じっさい、『アルスラーン戦記』が開幕した頃にはライバルとなる異世界戦記作品といえば栗本薫の『グイン・サーガ』くらいしかなかったのですが、その後、雨後の筍の喩えのように膨大な数のその種の作品が生み出され、ファンタジー的想像力はすっかり陳腐化しました。

 しかし、いまなお『アルスラーン戦記』はほかの凡百のファンタジーとはものが違います。

 この小説のどこが特別なのか?