啖(くら)えだと?
 啖えだと?
 いいだろう、啖ってやろう。
 おれは、噛みついた。
 そいつの身体に牙をたててやった。
 ぞぶり、
 肉を噛みちぎってやった。
 生あたたかい血の味が、口の中に広がる。
 なつかしい味だ。
 美味(うま)い。
 呑み込む。
 食道を通って、胃の中へ。
 どこにある胃か。
 すでに、おれの身体から生えたいくつもの顎が、そいつの胸や、尻や、腕の肉を喰っている。
 それを呑み込み、消化してゆく。
 体内に、その血が溶けてゆくのがわかる。
 もう一度――
 左肩の肉を、齧(かじ)りとる。
 なんという、不思議な味か。
 おれの血が、そいつの血と混ざりあっている。
 溶けあっている。
 三度目――
 それは、できなかった。
 おれは、動きを止めていた。
 なんということだろう、おれは、思い出している。
 そいつ――こいつのことを。
 こいつのことを、おれは知っている。
 この味を、おれは知っている。
 こいつの血と自分の血が混ざりあってゆくのにつれて、何かが急速に萎(な)えてゆくのがわかった。
 天に向かって、激しく屹立(きつりつ)していたものがゆっくりと、その硬度を減じてゆく。
 なんだ!?
 どうしたのだ。
 おれの身に、何が起こっているのか。
 こいつの両手が、おれの身体から離れ、おれの両手首を握った。
 あらがおうとしたのは、一瞬だった。
 そいつの力のままに、おれは、両腕を頭の上に持ちあげられてゆく。
「掌を合わせるんだ」
 おれは、いやいやをしようとした。
 しかし、両手を開き、おれは、おれの頭の上で、掌を合わせていた。
「呼吸を――」
 そいつは言った。
 すう、
 はあ、
 と、そいつが呼吸をする。
 その呼吸に、おれの呼吸が合ってゆく。
「気をためろ。ためて、両掌の間に念玉(ねんぎよく)を作るのだ……」
 念玉?
「念玉だ」
 知っている。
 どこかで、それをやらされたはずだ。
 つい、このあいだ。
 ニョンパ?
 だれから教えられたのだったっけ。
 どこだろう。
 いつだろう。
 どこでもいい。
 いつでもいい。
 念玉を、おれは作った。
「それで、押さえるんだ。その念玉と、他の六つのチャクラを合わせて、鬼骨(きこつ)の力を押さえるんだ」
 押さえる?
 どうすればいいんだ。
「できるさ」
 おまえはできる。
 おれは、それをやった。
 肉の中であれほど猛っていたものが、ふいに、咆吼(ほうこう)するのをやめた。
 歯を軋(きし)らせるのをやめた。
 獣が、静かになっていった。

 ひゅう……

 と、久鬼(くき)が鳴いた。

 あるるるるるる…………
 あるるるるるる…………



初出 「一冊の本 2013年11月号」朝日新聞出版発行

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