――このメルマガは90年代のプロレス格闘技ネタが好評なんですよ。
新倉 90年代のプロレスというと闘魂三銃士あたり?
――あとは新倉さんも参加されていたメガネスーパーのプロレス団体SWSですね。
新倉 はいはいはい。俺の本(『プロレスラーの秘密』『プロレスラーの秘密2』)にはSWSの話がぜんぜん載ってなかったでしょ?
――あの本は本当に面白いんですけど、そこが凄く気になったんです。SWSに関しては意図的にブレーキをかけているのかな?って。
新倉 うーん、ただSWSはネタがなかっただけなんだよねぇ。あんまり楽しくなかったから。
――楽しくなかった!(笑)。SWSはプロレスファンからかなり叩かれてましたよね。
新倉 だよね。『週プロ』の(ターザン)山本さんが先頭に立って。俺も最近は取材も受けてないし、たぶん話す機会もないだろうから、SWSのこともバンバンしゃべるよ(笑)。
――よろしくお願いします! SWSの話題の前に90年代ってプロレスが格闘技に変換していくエネルギーに満ちた時代でしたけど、その原点は新倉さんも汗を流した昭和・新日本道場だと思うんです。
新倉 だよね。総合格闘技は猪木さんから始まってるから。
――新倉さんも三迫ジムに通ってボクシングを相当やられてましたよね?
新倉 たまたまなんだけど、家の近くに三迫ジムがあったんだよ。もともとボクシングが大好きでモハメッド・アリやジョージ・フォアマンを見てたし、プエルトリコのロバート・クレメンテ・スタジアムで馳(浩)とのタッグで試合をしたときには感激しちゃってね。だってフォアマンがそこで試合をしたことがあるから。「ああ、フォアマンが戦っていた場所だ!」って。
――かなりのボクシングマニアだったんですね。
新倉 ヘビー級のタイトルマッチはほとんど見てるから。新日本プロレスに入る前からボクシングの練習はしてたしね。
――それでこなだい船木(誠勝)さんに話を聞いたら新日本の道場はほんとどシュートの練習しかやってなかったとか。
新倉 そうだよ。受け身の練習はほとんどなかった。
――船木さんが全日本に参戦したときに渕(正信)さんと話をしたら「受け身の練習量が全日本とは100倍違った」と。
新倉 俺もジャパンプロレスにいたから全日本の練習を知ってるけど、「新日本とこんなに練習方法が違うか」ってビックリしたもんだよ。新日本はフィジカルが7割、セメントが3割。受け身の練習は空いてる時間に勝手にやれって感じでしたよね。
――そこまで徹底してたんですね。
新倉 練習にマスコミの取材が入るとシュートの練習はやらないんですよ。バーベルやスクワット、プッシュアップ、コシティを見せる。あれは取材用の練習でもあるんだよ。
――コシティは取材用の練習!
新倉 会場でシュートの練習をやるときは取材陣を全員、外に出してね。誰にも見せないのは猪木さんの方針なんです。あとシュートじゃない練習をやってると猪木さん機嫌が悪いから(苦笑)。シュートの練習をやってると機嫌がいいんだよねぇ、猪木さん。
――そんな新倉さんからすると、全日本の練習はビックリしますよね?
新倉 ジャパンのときの長州さん、毎日ピリピリしてた。4時半頃、試合会場に眠たそうに入ってくる天龍さんや鶴田さんの姿を見て「アイツら、死んでるよなーっ!!(怒)。そう思わねえか新倉?」って吐き捨てるように言ってたね。
――それくらい練習の取り組む姿勢が違ったんですね。
新倉 俺たちが4時くらいからリングを占領してることに焦った馬場さんが3時に会場入りするようになりましたからね。三沢(光晴)、川田(利明)、(ターザン)後藤、小川(良成)くん、ハル園田さん、渕さんとか連れて受け身の練習をしたりして。それで4時頃に俺たちが来るとリングを空けてくれてね。
――ジャパンの存在は全日本にとって大きな刺激になったんですね。
新倉 試合内容も変わっていったしね。それまで鶴田さんなんかは笑いながら試合をやっていたんでビックリしましたよね。そんなことは新日本ではありえなかったし。
――鶴田さんってそんな練習量で長州さんと60分フルタイムやっちゃうんだから素材は一流だったんですね。
新倉 そこは持って生まれたものだよね。スタミナは凄かったですから。練習をもっとやっていたら、もっと凄いことになってたんじゃないですか。身体能力は本当に高かったから。
――ところで長州さんはレスリングでオリンピックまで出たバリバリの競技者だったこともあって、セメントの練習は好まなかったという話ですけど。
新倉 あまり好まなかったほうですね。どっちかというとフィジカル中心でコンディションを充実させていくほうで。長州さんはアマレスで人を倒すことにかけては凄かったんですけど、寝技はそんなに強くはなかった。あるとき「長州さん、ひさしぶりにグラウンドをやりましょうか?」って聞いたら、辺りを見渡して「馬鹿野郎、おまえに負けたらどうするだ?」って。
――そこはイメージを大事にするんですね。
新倉 新日本の下からやってる若手は藤原(喜明)さんから寝技を教わってることを知ってるんで。
――当時の新日本のスパーというのは亀の状態から始まるんですか?
新倉 立ちからもやりましたよ。相撲みたいな感じで。荒川さんや藤原さんは相撲は強かったんで。あとボクシングのグローブをハメたまんまでスパーリングをよくやりましたよ。
――それは面白いですね。
新倉 俺は相手をロープに追い詰めたところを転がして、寝技で極めるのが得意で。グローブつけてるからスリーパーや逆十字しかないんですけどね。藤原さんから「お、やるじぇねえか」と褒められて嬉しかったもんですよ。
――いまの総合みたいな練習もされてたんですね。
新倉 だから佐山(サトル)さんや前田(日明)さんがUWFの流れに行くのは自然だったと思いますよ。
――藤原さんといえば、地方巡業中にキラー・カンさんとのシュートマッチがあったんですよね。
新倉 あれは凄かったですね。
――ふたりの仲は悪かったんですか?
新倉 というか、小澤(正志、キラー・カンの本名)さんが自慢するんですよ。「MSGで1試合いくらもらった」とか(笑)。前座からずっとやってる藤原さんからすると、それが面白くなかったんですよね。それであるとき小澤さんが入場するときリングに上がるハシゴを出す若手が誰もいなくて、仕方なく藤原さんが用意することになったんですけど、そのハシゴをわざと逆さにしたんですよ。
――嫌がらせをしたんですね(笑)。
新倉 そうしたら小澤さんが「藤原、あんなことするな!」と怒って。それに藤原さんもカチンときて。たまたまその翌日に藤原さんと小澤さんのシングルマッチで組まれちゃってねぇ。
――それで藤原さんが仕掛けたんですか?
新倉 試合前の合同練習で藤原さんの姿が見えないんですよ。「おかしいなあ」と思っていたら、体育館に大きなカーテンがよくあるじゃないですか。それを結んで人間みたいな固まりにしてね、サンドバック代わりにしてボクシングの練習をしてるんですよね。
――やる気満々だったんですね(笑)。
新倉 そんな藤原さんを見て「今日の試合はいくんだろうなあ~」と思いまして(笑)。
――ハハハハハハ! カンさんはそんな試合になるとは思ってなかったんですよね?
新倉 じゃないですか。藤原さん、いきなり小澤さんを殴りにいきましたよ。藤原さんはロープに詰めて殴りに行くんだけど、小澤さんはいなして。それに小澤さんは頑丈じゃないですか。打っても打っても倒れないし、藤原さん、どこか固いところを殴っちゃって手にヒビが入ったのかな。
――ああ、素手ですもんね……。
新倉 試合後、藤原さんに言いましたよ。「やられたほうより、やった本人のほうがダメージが大きいですね」って。「アイツ、頭が固いんだよ……」とかボヤいてましたけど(笑)。
――ハハハハハハ! しかし、不穏試合になっても続けないといけないんですね。
新倉 あのときは収拾がつかないから長州さんやマサ斎藤さん、藤波さんたちがやってきて、ふたりを場外に連れ出して両者リングアウトで終わってましたね。
――そういう試合ってたまに起きるんですか?
新倉 ありますよ、ありますよ。大阪で栗栖正伸さんが俺に仕掛けてきたりとかね。大阪は栗栖さんの地元で、嫁・子供、友達が来ていたから、いいカッコしたかったんでしょう(笑)。
――そんな理由で仕掛けるんですか!?(笑)。
新倉 やりますよ~。その当時の俺は合宿所の責任者をやっていたんだけど。栗栖さんが新弟子の牛乳やバナナ、プロテインを勝手に食べたり飲んだりしてたんですよ。それで俺はいっつも注意していたの。「栗栖さん、勝手に飲まないでください!」って。栗栖さんはそれに腹を立てていてね。
――小言の恨みですか!(笑)。
新倉 栗栖さんに過失があるから反論するわけにはいかないじゃないですか。それで試合で仕掛けてきて、おもいきり蹴ったり殴ったりしてきて危なかったですよ(笑)。
――栗栖さんと仲が悪いわけではないんですよね?
新倉 試合が終わったら何もないですよ。いまでも仲はいいですし。あのときは新弟子だった山田(恵一)や佐野(直喜)はキョトンとしながら見てましたけどね。「これは試合なのかな……」って。そんなふうにたまに先輩がやってきますからね。星野勘太郎さんとか。
――ハハハハハハ! さすが新日本の喧嘩師ですね(笑)。
新倉 星野さんはちょっと気に入らないとモロにパンチを入れてきますからね。
――普段から身体も精神も鍛えておかないと生きていけない世界なんですね。
新倉 毎日必死でしたね。猪木さんがウィリー・ウィリアムスと異種格闘技戦をやったときなんて、極真関係から毎日脅しの電話がありましたし。
・道場破りの実態
・ルスカを極めまくった藤原喜明
・猪木さんは道場で一番強かった
・金満団体SWS
・至近距離から見た北尾光司vsテンタ、鈴木みのるvsアポロ菅原の不穏試合
・田中八郎はプロレスをわかってなかった
・ブロディ刺殺事件の予感……12000字インタビューはまだまだ続く
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