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台獣物語07(2,107字)
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台獣物語07(2,107字)

2016-04-29 06:00

     そう言うと、エミ子は苦笑いのような表情になって、首を振ってからこう言った。
    「ううん、違うの」
    「え?」
    「私、お母さんのこと、何も知らなかったな――って、ちょっと反省したの」
    「そっか……」
    「でも、嬉しい。今日、お母さんのこと、いろいろ教えてもらえたから」
    「あ、うん……でね――」
     とぼくは、エミ子の態度が少し打ち解けたのを見計らって、こんなふうに切り出した。
    「実は、ぼくがこの学校に転校してきたのも、きみに会うためだったんだ」
    「えっ?」
    「ぼくは、小さな頃からずっときみのことを聞かされていたから」
    「私のことを? どうして?」
    「うん。きみのお母さんは、もの凄いヲキだったって。お父さんは、きみのお母さん以外にも何人か別のヲキとコンビを組んだことがあるらしいんだけど、きみのお母さんほどの人は一人もいなかったって」
    「そうなんだ!」
    「そう。だから、その人の子供が大きくなったら、会いに行きなさい――って」
    「えっ?」
    「おまえは、その人とコンビを組んだらどうか――って」
    「ええっ!」
    「それでぼく、きみに会うために、こうして転校してきたんだ」
    「そんな……」
    「ぼくも、お父さんの後を継いで、いずれはトモになるつもりなんだ。だから、できれば、そのもの凄かったっていうヲキの人の子供――つまり、きみとコンビが組めないかと思って、それで――」
    「……」
    「だから、ぼくは、きみに……」
     と、ぼくが言葉を続けようとしたとき、急にエミ子が立ち上がった。
    「……無理だよ」
    「え?」
    「私、無理」
    「……無理って?」
    「ヲキなんて、無理」
    「……どうして?」
    「だって……私、これまでヲキはもちろん、お母さんのことすら何も知らずに育ってきたんだよ。それに、私のおうち、そういうのじゃないし……」
    「でも、それは――」
    「とにかく無理!」
     そう言うと、エミ子は駆け出し、そのまま閲覧室から出ていってしまった。
     それでぼくは、咄嗟のことに追いかけるのはもちろん、椅子から立ち上がることすらできなかった。そうして、しばらく呆然とその場にとどまっていた。

     台獣の通り道である獣道は、米子市から東へ一〇キロほどのところを南北に走っている。
     その獣道の手前、大山の麓辺りに、関係者以外は立ち入りが厳しく制限されている、軍の秘密施設があった。
     ここは、名目上は国立の台獣研究所となっている。名前もそのまま「台獣防衛研究開発センター」だ。
     しかし、実際は日本の軍部が大きく関与している。そのため、一介の研究所には不釣り合いな飛行機の滑走路まで備えているくらいだ。
     エミ子の叔父の英二は、ここに勤めていた。彼は、軍が育成するパイロット候補生の一人なのだ。
     この日、いつものようにルーティンの訓練を終えた英二のもとに、彼の直属の上司がやってきた。そうして、英二を連れると施設の最奥にある開発工場を訪れた。
     それで、英二は一気に緊張した。この開発工場は、パイロット候補生である彼でも滅多に立ち入ることができない、秘密中の秘密の場所だ。確か、この施設に赴任してきたときに一度訪れただけだ。
     そこに呼ばれるということは、何か特別な用事に違いない。
     それで、身の引き締まる思いで工場内に足を踏み入れたのだが、呼ばれた理由はすぐに分かった。すぐ目の前に、巨大な人型ロボットが屹立していたからだ。
     これこそ、政府が極秘裏に開発を進め、そして彼がまさにこれに乗るために訓練を受けている、台獣との最終決戦兵器――「シビライザー」であった。
     以前この場所に来たときには、まだ影も形もなかったその偉容が、今は完全に露わになりつつある。そのことの衝撃と興奮とに、英二は身震いを隠せなかった。
     そんな英二の肩を、一人の人物が叩いた。シビライザーの開発責任者である、藤波秀幸教授である。
    「教授!」
     英二が敬礼すると、藤波教授は一つ頷いてから、重々しく言った。
    「大宮くん。いよいよ、完成が近づいてきました」
    「……はい!」
    「これからは、あなたに乗ってもらいながら、調整を重ねていくことになる……頼みましたよ」
     それに対し、英二は気をつけをすると、再び敬礼してみせた。
     その英二の鳴らした軍靴の音は、カツリと工場内に響き渡った。

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     その頃ちょうど、エミ子は家へ帰ってきたところだった。
     出迎えた智代に「ご飯食べる?」と聞かれると、しかしエミ子はかぶりを振って、溜息をつきながらこう言った。
    「お腹すいたけど、今日は塾の日だから、もう行かなくちゃ」
    「あ、そやったね」
     と智代は、少し気の毒そうな顔になって頷いた。

     エミ子は、米子駅近くにある古い学習塾に、月水金の週三回通っている。英二からは毎日通うように言われていたのだが、それには智代が反対したため、間を取って週三日で落ち着いたのだ。
     この日の授業では、社会科で日本史を習った。するとそこで、偶然にも日本書紀のことが出てきた。
     それでエミ子は、いつもより興味深くそれを聞いた。
     先生によると、なんでもこの米子を含めた中国地方の日本海側一帯は、日本書紀と深い関係にあるのだという。例えば、米子から西へ六〇キロほど行ったところにある出雲大社は、神々が集まってくるパワースポットとして有名だった。またそれ以外にも、この辺には「神」の字のつく地名が多いのだという。
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