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台獣物語56(最終回)(3,603字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 94ヶ月前
56 ぼくらは、冬休みを利用してもう一度クリヤビトの村を訪ねることにした。本当は、高校受験があるので他の何かをしている場合ではなかったのだが、しかしぼくはいてもたってもいられなくなり、それを確かめないと受験勉強も手につかない有様だった。 それで、エミ子を誘ってもう一度クリヤビトの村を訪れることに...
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台獣物語55(2,619字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 94ヶ月前
55 台獣は、なぜかシビライザーへの攻撃を中止した。そして再び北上を始めると、いつものように日本海沖で霧のように忽然と姿を消してしまった。 台獣が大山の向こう側に去った後、ぼくらは倒れたままのシビライザーから英二を助け出した。 助け出したとき、英二は放心したように動かず、ぼくらが呼びかけても返答...
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台獣物語54(2,498字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 94ヶ月前
54「英二、おまえはやさしい。とてもやさしい。しかし、やさしすぎるのは弱点だ。おまえは、おれと違う。おれと違って、いつも誰かのために道を譲る。しかし英二。これはおれが言うべきことではないかも知れないが、人は、生きているだけで誰かに迷惑をかけることがある。人は、生まれながらにして罪深い存在だ。だか...
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台獣物語53(2,950字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 94ヶ月前
53「怖い。大変なことが起きた。今緊急で書き留める。 今は朝の五時二〇分だ。先ほど連絡あり、台獣が北上中とのこと。姿は確認できていない。しかし、風は確実に強くなってきた。 今、パニックだ。研究隊の何人かは、逃げ出した。しかし、走って逃げられる距離ではない。車は、ない。ヘリコプターは、朝にならない...
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台獣物語52(2,558字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 94ヶ月前
52 シビライザーは、さらにもう一つの花弁に手をかけ、これも力任せに引き抜いた。台獣は再び咆哮し、それは木霊となって大山の麓一帯に響いた。 シビライザーは、さらにもう一つの花弁に手をかけようとした。ところが、そのときだった。台獣が突然、のけぞるようにして後ろ足で立ち上がった。それから、前足でぴょ...
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台獣物語51(2,645字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 95ヶ月前
51 台獣は再び変態した。これで三つ目の形態だ。ここでは仮に第三形態と呼んでおこう。 台獣の第三形態は、象のような体躯と、鷺のような大きな羽根を持っていた。蛇のような頭の他に、背中には花のような開口部を持っていて、内部が薄赤く光って見えている。 やがて第三形態は、羽を羽ばたかせると、ゆっくりと浮...
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台獣物語50(2,606字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 95ヶ月前
50「やった!」 と、ぼくは思わず叫んだ。 光線が体を貫くと、台獣は風船のように丸くなって膨らんだが、次の瞬間には一気に収縮して弾け飛んだ。直後、白い煙のようなものが立ち上がり、台獣のいた辺りを覆い尽くした。 それは、煙というよりは雲に見えた。前に早回しの映像で見たことのある、猛烈な勢いでもくも...
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台獣物語49(2,527字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 95ヶ月前
第一三章「明日に架ける橋」49 台獣は、黒雲を従えながらゆっくりと、しかし確実に森を抜け、ついに高原に姿を現した。 ぼくらは初めてその巨大な姿を間近に見た。その台獣は一見すると人のような姿をしていた。そこには確かに顔があり、切れ長の目と引き結んだ唇が特徴的であった。表情は、まるで仏像のような無表...
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台獣物語48(2,550字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 96ヶ月前
48 ぼくらは、慌てて丸太小屋の外に出た。すると、辺りはすでに仄白い朝の光に満ちていたが、しかしまだ太陽は昇っていなかった。ちょうど夜明けの時刻なのだ。 しかしそれより、周囲には強く生暖かい風が俟っていた。もちろん、立っていられないほど強いというわけではなかったが、しかしぼくらが着ていたクリヤビ...
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台獣物語47(2,894字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 96ヶ月前
47 それからタカコは、今来た道を一人、戻っていった。ぼくらは、そんな彼女の後ろ姿が曲がり道の向こうに見えなくなるまで、ずっと見送り続けていた。 それから、鏡ヶ成の高原地帯をさらに北に向かって歩いた。 ほどなくすると、草原が途切れ小さな林に入ったが、そのすぐのところに目的の丸太小屋があった。しか...
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台獣物語46(2,475字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 96ヶ月前
46 ぼくらは、会長への礼もそこそこに、クリヤビトの集落を後にした。 会長は、家の外まで出て見送ってくれたものの、その態度は最後までかたく、どこかよそよそしいところがあった。彼は、けっしてぼくらの味方というふうではなかったが、かといって敵というわけでもなく、どこまでも他人行儀で淡々としていた。 ...
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台獣物語45(2,387字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 97ヶ月前
第一二章「伝説のチャンピオン」45 エミ子が着替えるのを待ってから、ぼくらは小屋を出た。 エミ子もそうだけど、ぼくらはネイティブ・アメリカンの民族衣装のような服を着せられた。それはアイヌの服のようでもあった。とにかく、そういう古い民族衣装だ。 その服は、小屋にいた女の子も着ていた。どうやらそれが、...
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台獣物語44(2,442字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 97ヶ月前
44 それから、どれくらいの時間が経っただろうか。このとき、ぼくはエミ子よりも早く目覚めた。 起き上がって辺りを見回すと、そこは小さな丸太小屋の中だった。部屋は狭く、天井も低かった。部屋の奥に一つだけ扉があって、小さいが窓も一つあった。 部屋には、床を埋め尽くすように二つのベッドが置かれていて、...
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台獣物語43(2,561字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 97ヶ月前
43 翌朝、ぼくがまだ眠っているときにそれは起こった。 寝袋にくるまって眠っていたエミ子は、ふいに何かの物音に気づいて目を覚ました。ただ、その物音に不安や不信感を覚えたわけではなかった、なぜならその物音は、なんというかやさしく、穏やかな雰囲気をたたえていたからだ。 それでエミ子は、普段家で眠って...
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台獣物語42(2,558字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 97ヶ月前
42「これはね、お父さんが言っていたらしんだけど」「うん」「科学というものも、色々研究が進んでいくと、そのたびに、新たに『分からないもの』が生まれてくるんだって」「分からないもの?」「うん――例えば、ある謎を研究していてそれを解明すると、また新たな謎が出てくるって」「ふむ」「それはまるで、ウィルス...
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台獣物語41(2,582字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 97ヶ月前
第一一章「スタンド・バイ・ミー」41 古い水道をどれくらい歩いただろうか。実際はそれほどの時間ではないのだろうけど、ずいぶん長く歩いたような気がした。 やがて、遠くに小さな光が見えてきた。上に続く縦穴があって、地上から光が漏れているのだ。そこから、ぼくたちは地上へと出た。出口はマンホールになってい...
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台獣物語40(2,628字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 98ヶ月前
40 ぼくは、獣道に住んでいたことがあった。 ――といっても、それを覚えているわけではない。生まれてすぐのとき、台獣の初めての襲来があって、避難を余儀なくされた。それからは、もちろんずっと獣道の外で暮らしている。最初は避難所での生活だったが、やがて本格的に引っ越した。 だから、獣道に住んでいたとい...
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台獣物語39(2,144字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 98ヶ月前
39「よし、そうと決まれば支度が必要だ」 智代は、自分に言い聞かせるようにそう言った。「そうだ、お弁当を作らなくちゃ!」 それから、慌てたように部屋を出て行った。 それで、智代の部屋にはぼくとエミ子が残った。ぼくは、大変なことになったと思いながら、エミ子に何かを言おうとした。しかしその前に、エミ...
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台獣物語38(2,372字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 98ヶ月前
38「あの子は……英二は、おまえのお父さんのことが大好きですね」 智代は、遠くを見るような顔つきになって話を続けた。「いつもお兄ちゃんの背中ばかり追いかけて。歳がちょうど一回り離れていたから、喧嘩なんていうのも全くなくて。あの子は、おまえのお父さんを本当に尊敬していた」 その話に、サト子は食い入る...
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台獣物語37(2,360字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 98ヶ月前
第一〇章「アイル・ビー・ゼア」37 ぼくたちは、碧への挨拶もそこそこに劇場を後にすると、大急ぎでエミ子の家へと向かった。 家に着いて食堂に入ると、机の上に二通の封書が几帳面に並べられていることに気がついた。二通にはそれぞれに宛名が書かれており、一通は智代、もう一通はエミ子宛だった。「英二からだ!...
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台獣物語36(2,783字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 99ヶ月前
36 そんなふうに、ぼくたちが文化祭に向けて準備を進めているときだった。 一〇月終盤の土曜日、いよいよ碧の舞台が開幕することとなった。 ぼくとエミ子は、この日ばかりは文化祭の稽古を休んで、初日の舞台に駆けつけた。いや、これもいうなれば稽古の一環だった。碧が舞台に立つのを見ることで、いろいろと吸収...
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台獣物語35(2,382字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 99ヶ月前
35 演劇手法の一つに、インプルビゼーションというのがある。これは日本語だと「即興」という意味で、いわゆる「アドリブ」だ。やり方としては、役者に役柄や設定だけ与え、あとは台詞や動きなどを自由に演じてもらう。 すると、そこで役者が咄嗟にくり出した台詞や動きが、想像以上に面白いときがある。 この手法...
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台獣物語34(1,913字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 99ヶ月前
34 その日の放課後、ぼくはエミ子にこんな提案を持ちかけた。「今度さ、文化祭があるだろ?」「うん」「それでさ、二人で催し物をやってみないか?」「え? 何を?」「うん。二人で、『劇』をやらないかと思ったんだ」「ええっ!」 と、エミ子は驚いた顔でぼくを見た。まさか、ぼくの口から劇などという言葉が出て...
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台獣物語33(2,304字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 99ヶ月前
第九章「愛こそすべて」33 二学期に入ってからしばらく経って、朽木碧の舞台の稽古が皆生駅近くで始まった。 テレビ局のリハーサル室を使ったその稽古場に、ぼくとエミ子は学校が終わるとよく遊びに行った。それは、碧と会うことも一つの目的だったが、もう一つには、プロの舞台というものがどのように作られるのか...
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台獣物語32(2,556字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 100ヶ月前
32 そうして合宿は、あっという間に予定の五日間を過ぎていった。 合宿所での毎日は、見るもの聞くもの全てが新しく、それらについていちいち考えさせられたり悩まされたりしたので、いつも夕ご飯を食べ終わる頃にはへとへとに疲れ果ててしまい、おかげでよく眠ることができた。 それに、同じヲキやトモの仲間たち...
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台獣物語31(1,975字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 100ヶ月前
31 昼食と昼寝を挟んで午後三時から、再びトレッキングに行くことになった。合宿所に集まった未来のヲキやトモたちは、それぞれ山歩きの格好をして、近くの野山を歩いた。 これの引率には、藤堂先生と朝倉先生の二人がついた。藤堂先生が先行して、朝倉先生がしんがりを行く形だ。 トレッキングは、あくまでも野山...
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台獣物語30(2,535字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 100ヶ月前
30「はい!」と手を挙げたのは、なんとエミ子だった。ぼくは思わずエミ子を振り返った。人見知りの彼女が、人前で積極的に発言するなんて珍しい。少なくとも、学校では一度もなかった。 しかしエミ子は、そんなぼくの驚きなど無関係に、真剣な眼差しで手を挙げている。きっと、昨日の授業でいろいろと刺激を受けたの...
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台獣物語29(2,110字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 101ヶ月前
第八章「俺たちの旅」29 隠岐の島の朝というのは、米子とはまた違った雰囲気がある。 まず、日差しが強い。海抜は米子とそれほど変わらないのだろうけど、隠岐の島には背の高い建物がほとんどないので、その分影が少ない。この道場も、屋内とはいえ、窓から差し込む光で明るさに溢れている。 次に、やっぱり湿気が...
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台獣物語28(2,059字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 101ヶ月前
28 夜、施設の西端にある住居棟の、居室のベッドに横たわりながら、エミ子はいろいろなことを考えていた。 エミ子の居室は、ベッドこそ二段ベッドが左右に二つの合計四床あったものの、同居者はいなかったので、エミ子は一人で寝ていた。 部屋の左側にある二段ベッドの下段の一つに寝転がりながら、エミ子はあえて...
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台獣物語27(2,328字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 101ヶ月前
27 その日の夜、夕食を終えたエミ子は、一人でお風呂に入っていた。 宿泊棟にある女性用の共同浴場は、銭湯ほどの広さとまではいかないが、それでも一度に五人くらいは入れそうな大きさがあった。しかも驚いたことに、お湯は温泉なのだという。昔、この近くに旅館があって、そこで使っていたものを引いてきているら...
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台獣物語26(2,165字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 101ヶ月前
26 ぼくのノックの音で、エミ子は目を覚ました。ベッドに寝転がっているうちに、いつの間にか寝入ってしまったようだ。 エミ子が部屋から出てくると、ぼくは説明した。「みんな、トレッキングから帰ってきたみたい。これから夕方の授業が始まるらしいから、一緒に行こうよ」 それで、ぼくは寝起きでまだちょっとぼ...
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台獣物語25(2,243字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 101ヶ月前
25 ぼくたちは、午前の便の連絡船で、皆生港から隠岐の島へと向かった。 この時期は、台獣シーズン真っ只中だったから、台獣見物の観光船は混んでいるのだが、反対に、隠岐の島へと向かう観光客はほとんどいなかった。そのため、連絡船はとても空いていて、隠岐の島の住人か、仕事で行く人しか乗っていなかったので...
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台獣物語24(1,907字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 102ヶ月前
24「きみたちもご存じかと思いますが、この地方には伝統的にヲキやトモが多い。そもそも、ヲキの元祖であるアマノウズメも、この地方出身ですしね」 エミ子は、山神の話に興味深げに頷いた。すると山神は、ふと身を乗り出すと、声のトーンを少し抑えながらこう言った。「……それで、これまでも何人かヲキの方々にお話...
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台獣物語23(2,293字)
コメ0 ハックルベリーに会いに行く 102ヶ月前
23 オーナー室に入って、ぼくはびっくりした。そこは、想像以上に広い空間だったからだ。体育館……まではいかないが、その半分はあったろう。しかも、左右正面の三面がガラス張りで、右手には日本海、左手には弓ヶ浜半島の全景を見渡すことができた。「すごい!」 と、エミ子は思わず感嘆の声を上げた。ぼくもつい声...