ハックルベリーに会いに行く
石原莞爾と東條英機:その20(1,852字)
第一次世界大戦に、日本は同盟を結んでいたイギリスを助ける形で、いうならば「つき合い」で参加した。そうして、惰性で連合国側につくこととなったのだが、結果的に戦勝国となった。
ただし、おかげでそれまで親しかったドイツと敵対することとなった。陸軍の若手幹部候補生だった永田鉄山は、開戦のまさにそのときまでドイツの首都ベルリンにいた。そこで開戦の報を受け、慌てて出国した。そうして、連合国をいくつか回りながら、最終的に帰国した。
この戦争での日本は、親しかったドイツと敵対したことをはじめ、なかなか難しい立場に置かれた。まず、ドイツよりよっぽど仲が悪く、長い間の仮想敵国であったロシアと連携することとなったのだが、そのロシアがなんと、第一次世界大戦の最中に革命が起こり、転覆してしまった。ロシア革命である。これによって、ついにソ連が始まった。
日本は、その混乱に乗じてロシアの要所を侵略しようと口実を作って攻
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コメント
コメントを書くおはようございます。
本日も記事ありがとうございます。
2004年に日露戦争との記載がありますが
日露戦争は1904年かと思われます。
ご確認お願い致します。
>>1
ありがとうございます!
訂正いたします。
>>2
戦争が始まったのは1904年ですが終わったのが1905年なので「1905年」に訂正いたします。
お忙しい中、ご調整頂き
ありがとうございます。