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昨年の11月に「部屋を活かせば人生が変わる」(通称「ヘヤカツ」)が出てから、ちょうど1年になる。
その間、刷数を重ねて3万部になったのだが、それと同時に「あさイチ」「得する人損する人」「ナイナイアンサー」など、テレビにも何度か取りあげられた。
さらに、先日は某誌のインタビューも受けたのだが、そこで知ったのは、今、片付けや整理術がブームの兆しを見せているということだった。
その際、記者の方から「なぜこうしたブームが到来したと思われますか?」と尋ねられたのだが、そこで思いついたのは、「それがライフハックとして有効だと多くの人が気づき始めたからではないか」ということだった。
格差社会になって競争が激化し、知識が以前よりも必要になったということは、多くの人が認識していることだ。そのため、勉強をするということ――そこまでは、誰でも一緒にしていることである。しかしながら、そこで「勉強が身につく人」と「つかない人」とに分かれてしまい、差がつくようになったのだ。
では、どうすれば勉強が身につくようになるのか?
それは、勉強をするための環境を整えることである。そこにおいて、部屋が片付いているかどうかは重要なポイントとなるのだが、そのことが、片付け術や整理術がブームとなっている背景ではないかと考えたのだ。
そういうふうに、ヘヤカツは予想以上の好評を博したため、本日、第2弾が2冊同時に発売される運びとなった。
そこで今日は、「ヘヤカツ」が出てからの1年間に、テレビの取材で何度か「汚部屋」のヘヤカツをしたのだが、そこで知った「汚部屋の住人が勘違いしている片付けの常識」というものを3つ、ご紹介したい。
まず1つ目は、「汚部屋には背の低い家具が多い」ということだ。
汚部屋には、ほとんどのケースで座卓がある。そして座椅子や、座椅子タイプのソファーもある。さらに、寝る場所も布団やマットを床に敷くというやり方が多い。足つきのベッドでは寝ていない。
そういう背の低い家具に囲まれていると、部屋が広く見えてオシャレだ――というのは、多くのインテリア本や雑誌に書いてある。だから、それを見習ってそうしている人が多いと思うのだが、しかしそのやり方は、部屋をとても汚しやすいのだ。
なぜかというと、例えば座卓に座っていると、床が「物置」と化していくのである。それは、丁度物を置きやすい位置に床があるため、そこを物置にすることが合理的で便利だからだ。
しかしながら、そういうふうに床に物が置いてあると、そこの住人は知らず知らずのうちに「ここには物を置いてもいい」と認識するようになり、やがて床全てを埋め尽くすように物を置くようになるのである。
「割れ窓理論」というものがあって、人は、窓が割れている建物を見ると、知らず知らずのうちに「ここは汚してもいい」と思うようになり、より一層汚したりする。それと一緒で、床も、物が置いてあると「ここは汚してもいいんだ」と思うようになり、どんどんと汚すようになるのだ。
そういう悪循環を断ち切るために、座卓は足つきのテーブルにし、敷き布団やマットも足つきのベッドに変えた方がいい。そうして床から離れて生活することで、汚部屋の進行を食い止めることができるのである。
続いて2つ目は、「汚部屋の住人は収納が多い」ということである。特に、箪笥やドレッサーなど、部屋に置くタイプの収納が異様に多い。
収納が多いと部屋が片付きそうに思えるのだが、実はそれは大きな誤りだ。汚部屋の住人というのは、収納に物を入れるとなんとなく片付いた気持ちになって安心し、以降、その収納物を見直そうとしない。そのため、やがて収納が足りなくなるのだが、するとまた新しい収納を買ってきて、それに物を放り込んで安心するという悪循環をくり返すのだ。
最終的には、部屋に収まりきらないくらい箪笥やドレッサーが増える。あるいは、部屋を棚が埋め尽くすような状況となってしまう。
そういうふうに収納は、人に物を捨てさせなくさせる強烈な副作用がある。だから、一定以上は、むしろ持っていると害悪になるのだ。
そのため、汚部屋から抜け出す第一歩は、物ではなく、まずは「収納」を捨てることから始める必要がある。そうして、部屋の大きさに適した数に戻した上で、整理する。そうしないと、いつまで経っても物が捨てられず、従って汚部屋からも抜け出せなくなるのだ。
最後が、汚部屋の住人は「機能的」で「合理的」だということだ。どういうことかというと、「少ない移動距離でいろんなことができる」よう、家具を配置しているのである。
例えば、汚部屋の住人はこたつに座ったまま、テレビも見られればゲームもできる。ノートパソコンやケータイの充電器も近くにあるし、果ては湯沸かし器や冷蔵庫まであったりする。最後は、そのまま寝っ転がればそこがベッドにもなる。
そういうふうに、一つところで動かずに何でも事が済む。つまり、その家具の配置は機能的で、しかも合理的なのだ。
しかし、そういう機能的で合理的な部屋こそ、汚部屋と化す。なぜなら、部屋のその一角「以外」が活かされず、どんどんと腐っていくからだ。
それは、たとえるならレギュラー選手が固定化したスポーツチームのようなものだろう。試合に出る選手は決まっていて、そこに流動性がない。
すると、控えの選手は腐ってしまって、練習に身が入らなくなる。たまに試合に出ても、使い物にならなくなるのだ。
部屋もそれと一緒で、ある一ヶ所が快適だと、それ以外の場所がどんどんと「不快」になっていく。使いづらく、汚れていくのだ。
そういう機能的な部屋は、たいてい部屋の四隅が汚れている。なぜかというと、部屋の四隅に行かないからだ。それで、どんどんと腐ってしまうのである。
そのため、汚部屋から抜け出すためには、部屋を「非機能的」「非合理的」にさせる必要がある。例えば、必要なものを四隅に分配したりするのである。
すると、必然的に部屋の中を動き回らなければならなくなり、その分移動距離や時間がかかるのだが、しかしそれに伴って、部屋全体がきれいになる。腐った場所がなくなり、あらゆるところが活かされるようになるからだ。
そういうふうに、汚部屋の住人は間違った常識に縛られ、自分でも気づかないうちに部屋を汚してしまっているケースがほとんどだ。
この悪循環を断ち切るためには、上記の方法を実践したり、あるいは今度新しく出る2冊の本を読んでただければと思う。
こちらの動画でも紹介しております。
よろしくお願いします。
もちろん、第1弾も好評発売中!
その間、刷数を重ねて3万部になったのだが、それと同時に「あさイチ」「得する人損する人」「ナイナイアンサー」など、テレビにも何度か取りあげられた。
さらに、先日は某誌のインタビューも受けたのだが、そこで知ったのは、今、片付けや整理術がブームの兆しを見せているということだった。
その際、記者の方から「なぜこうしたブームが到来したと思われますか?」と尋ねられたのだが、そこで思いついたのは、「それがライフハックとして有効だと多くの人が気づき始めたからではないか」ということだった。
格差社会になって競争が激化し、知識が以前よりも必要になったということは、多くの人が認識していることだ。そのため、勉強をするということ――そこまでは、誰でも一緒にしていることである。しかしながら、そこで「勉強が身につく人」と「つかない人」とに分かれてしまい、差がつくようになったのだ。
では、どうすれば勉強が身につくようになるのか?
それは、勉強をするための環境を整えることである。そこにおいて、部屋が片付いているかどうかは重要なポイントとなるのだが、そのことが、片付け術や整理術がブームとなっている背景ではないかと考えたのだ。
そういうふうに、ヘヤカツは予想以上の好評を博したため、本日、第2弾が2冊同時に発売される運びとなった。
そこで今日は、「ヘヤカツ」が出てからの1年間に、テレビの取材で何度か「汚部屋」のヘヤカツをしたのだが、そこで知った「汚部屋の住人が勘違いしている片付けの常識」というものを3つ、ご紹介したい。
まず1つ目は、「汚部屋には背の低い家具が多い」ということだ。
汚部屋には、ほとんどのケースで座卓がある。そして座椅子や、座椅子タイプのソファーもある。さらに、寝る場所も布団やマットを床に敷くというやり方が多い。足つきのベッドでは寝ていない。
そういう背の低い家具に囲まれていると、部屋が広く見えてオシャレだ――というのは、多くのインテリア本や雑誌に書いてある。だから、それを見習ってそうしている人が多いと思うのだが、しかしそのやり方は、部屋をとても汚しやすいのだ。
なぜかというと、例えば座卓に座っていると、床が「物置」と化していくのである。それは、丁度物を置きやすい位置に床があるため、そこを物置にすることが合理的で便利だからだ。
しかしながら、そういうふうに床に物が置いてあると、そこの住人は知らず知らずのうちに「ここには物を置いてもいい」と認識するようになり、やがて床全てを埋め尽くすように物を置くようになるのである。
「割れ窓理論」というものがあって、人は、窓が割れている建物を見ると、知らず知らずのうちに「ここは汚してもいい」と思うようになり、より一層汚したりする。それと一緒で、床も、物が置いてあると「ここは汚してもいいんだ」と思うようになり、どんどんと汚すようになるのだ。
そういう悪循環を断ち切るために、座卓は足つきのテーブルにし、敷き布団やマットも足つきのベッドに変えた方がいい。そうして床から離れて生活することで、汚部屋の進行を食い止めることができるのである。
続いて2つ目は、「汚部屋の住人は収納が多い」ということである。特に、箪笥やドレッサーなど、部屋に置くタイプの収納が異様に多い。
収納が多いと部屋が片付きそうに思えるのだが、実はそれは大きな誤りだ。汚部屋の住人というのは、収納に物を入れるとなんとなく片付いた気持ちになって安心し、以降、その収納物を見直そうとしない。そのため、やがて収納が足りなくなるのだが、するとまた新しい収納を買ってきて、それに物を放り込んで安心するという悪循環をくり返すのだ。
最終的には、部屋に収まりきらないくらい箪笥やドレッサーが増える。あるいは、部屋を棚が埋め尽くすような状況となってしまう。
そういうふうに収納は、人に物を捨てさせなくさせる強烈な副作用がある。だから、一定以上は、むしろ持っていると害悪になるのだ。
そのため、汚部屋から抜け出す第一歩は、物ではなく、まずは「収納」を捨てることから始める必要がある。そうして、部屋の大きさに適した数に戻した上で、整理する。そうしないと、いつまで経っても物が捨てられず、従って汚部屋からも抜け出せなくなるのだ。
最後が、汚部屋の住人は「機能的」で「合理的」だということだ。どういうことかというと、「少ない移動距離でいろんなことができる」よう、家具を配置しているのである。
例えば、汚部屋の住人はこたつに座ったまま、テレビも見られればゲームもできる。ノートパソコンやケータイの充電器も近くにあるし、果ては湯沸かし器や冷蔵庫まであったりする。最後は、そのまま寝っ転がればそこがベッドにもなる。
そういうふうに、一つところで動かずに何でも事が済む。つまり、その家具の配置は機能的で、しかも合理的なのだ。
しかし、そういう機能的で合理的な部屋こそ、汚部屋と化す。なぜなら、部屋のその一角「以外」が活かされず、どんどんと腐っていくからだ。
それは、たとえるならレギュラー選手が固定化したスポーツチームのようなものだろう。試合に出る選手は決まっていて、そこに流動性がない。
すると、控えの選手は腐ってしまって、練習に身が入らなくなる。たまに試合に出ても、使い物にならなくなるのだ。
部屋もそれと一緒で、ある一ヶ所が快適だと、それ以外の場所がどんどんと「不快」になっていく。使いづらく、汚れていくのだ。
そういう機能的な部屋は、たいてい部屋の四隅が汚れている。なぜかというと、部屋の四隅に行かないからだ。それで、どんどんと腐ってしまうのである。
そのため、汚部屋から抜け出すためには、部屋を「非機能的」「非合理的」にさせる必要がある。例えば、必要なものを四隅に分配したりするのである。
すると、必然的に部屋の中を動き回らなければならなくなり、その分移動距離や時間がかかるのだが、しかしそれに伴って、部屋全体がきれいになる。腐った場所がなくなり、あらゆるところが活かされるようになるからだ。
そういうふうに、汚部屋の住人は間違った常識に縛られ、自分でも気づかないうちに部屋を汚してしまっているケースがほとんどだ。
この悪循環を断ち切るためには、上記の方法を実践したり、あるいは今度新しく出る2冊の本を読んでただければと思う。
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他51件のコメントを表示
床生活と収納の話は自分がそうだからよくわかるわ…細々した家具もやたら多い
全て当てはまったw
こんだけ長々と書いて結論は他人の本にお任せとかw
収納した後しょっちゅう覗いて要らないモノ捨てたくなる俺は
自分でもみみっちい性格してるなと思う。
ともかく基本的にすぐ捨てる、それだけで部屋は綺麗になるよ
ベッドの件は気に入らなかった。
布団が好きと言う人もいる。俺もその1人だ。
そんな人達を差し置いて、ベッドに変える事を強要してるのが気に入らなかった。
俺はベッドだしテーブルも脚付きなのに散らかってるぞ。
いったいどういうことだ(怒
床が物置化するというのは「なるほど」と思わされたわ・・・反省しよう
普通に床が物置と化しているな。引っ越すときは色々考えて家具を揃えよう
全く逆の「3つの常識」でも、書けそうなコラムだな。
肝心な最後の一文に誤字が・・・w