結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年5月30日 Vol.270
はじめに
おはようございます。結城浩です。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
ここ数日、気持ちのいい天気が続いています。
やや暑いけれど、風が気持ちよく、空も青く澄み、 何だか遠くまで飛んでいきたくなるような、 そんな天気です。
あなたはいかがお過ごしでしょうか。
* * *
新刊の話。
『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』の初校読み合わせが済みました。
初校読み合わせが終わると、 私の手元からゲラが編集部に渡ります(そのゲラには、 私がたっぷり朱入れをしているわけです)。 編集部はそれを使って組版を修正します。
再校が出てくるのはおよそ一週間後。 今週末にはおそらく再校ゲラが結城の手元にやってきます。
ではそれまで結城は暇になるかというと、 そんなことはありません。 今回の本の宣伝展開のためのメッセージカード作りや、 初校で積み残しになっていた修正点& 懸念事項を練る作業が必要になるからです。
現在のペースで行きますと、 新刊が書店に並ぶのは六月末くらいになるでしょうか。 それまでにはサイン本を作る作業も待っています。 いよいよ『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』 作成も終盤戦です。がんばりましょう!
◆『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』
https://bit.ly/girlnote09
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陳腐化させない話。
Zack Kanter氏による以下の文章を読みました。
◆Amazonが「世界を食い尽くしている」理由を考える | TechCrunch Japan
http://jp.techcrunch.com/2017/05/16/20170514why-amazon-is-eating-the-world/
この記事は、Amazonのビジネスのある側面について語っています。 要約することは難しいですが、結城はこんなふうに捉えました。
Amazonは、 自社が使っているサービスをAWSによってプラットホーム化している。
◆AWS(Amazon Web Services)
https://aws.amazon.com/
それによってAmazonは利益を得ると同時に、サービスを進化させていける。 つまりAmazonは、自社が使っているサービスをプラットホーム化することで、 世界の水準にキープし続けることができている。そこに他社は追随できない。 要するに「究極のドッグフーディング」を行なっていることになる。
なるほど、と思いました。 この記事を読みながら結城は「陳腐化」について考えていました。
会社であれ、個人であれ、 誰しも仕事でライバルに遅れを取りたくはないでしょう。
そのため多くの人が考えるのは、 自分が持っているノウハウや技術を外から「隠す」ことです。 隠せばライバルに盗まれる心配はなくなりますから、 優位性が保たれる……といえそうです。
確かにそれはそうでしょうけれど「隠す」ことには危険性もあります。 それは隠すことによって陳腐化に気づかなくなる危険性です。 「ガラパゴス化する」や「レガシー化する」ともいえるでしょうか。
技術を「隠す」ということは、 自社の持っている技術の利用者を、自社に限定するということです。 自分が作って自分が使うのですから、注意しなければ整備が遅れます。 まがりなりにも使えているので、無駄をそぎ落とす努力が後回しになり、 文書化が遅れ、情報共有が先細りする恐れがあります。 「この技術については、社内のあの人に聞けばいいよ」 という状況は危険です。 知る人ぞ知る「秘伝のタレ」状態が生まれるということですね。
自社が使っているサービスを他社に使わせるというのは、 一見、秘密を外に漏らしているように見えます。 でも実は、厳しい目を持つコンサルタントを雇っているようなものです (しかもコンサルしている側がお金を払っている!)。
先ほどの記事を読みながら「なるほど」と感じたのは、 陳腐化を防ぐための工夫がそこにあると思ったからです。
何をオープンにし、何をオープンにしないか。 その判断は自身の陳腐化を防ぐために重要です。 そしてその判断を行うためには、 自分が生み出している価値が、 いったいどこから来ているのかを見抜く力が要りそうですね。
自分が持つ「秘伝のタレ」は価値を生み出しているのか。
「隠す」ことで自分をガラパゴス化させているのではないか。
そんなことを思いました。
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探す/作るのバランスの話。
結城はプログラムが好きです。
プログラムの魅力の一つは、基本的な部品の使い方を理解したら、 それを組み合わせることでより複雑なものを作れる点にあります。 アイディア次第、というわけですね。
自分が「こういうものがほしいなあ」と思うものがあったときには、
「あっちとこっちを組み合わせれば、実現できるな!」
「ここの値を変えちゃえばできるじゃん!」
のように考えるのが大好きです。
ところで、結城が思うような工夫は、 すでに誰かによって考えられてることも多いものです。 つまり、結城が欲しいものを手に入れるとき、 プログラムを「作る」よりも「探す」方が楽なことが多いのです。
たとえば以前、バージョン管理ツールのgitを使っていて、 「このファイルをいったん脇に置いておきたいな」 と思ったことがあります。そのためのツールを自作しかけたのですが、 実は「ファイルを脇に置いておく」機能はすでにgitにあるのです (git stash)。
また、BootstrapでWebサイトを作っているとき、 「もっとページ全体を大きく使いたいな」 と思ったことがあります。widthを調整して……と思いかけたのですが、 実はcontainer-fluidというCSSのクラスが最初からありました。
あるいはまたMathJaxで数式表示するサイトを作るとき、 「数式表示がちらつかないようにしたいな」 と思ったことがあります。ダブルバッファリングを行い、 レンダリングが終わったところでvisibilityを切り換えれば…… と思ってコードを書きかけました。 でも、MathJaxの公式リポジトリには、まさにそのための例が、 test/examplesというディレクトリの下にたくさんあったのです。
つまり、こういうことです。
ある技術を使って活動をしているとき、 「こういうことをしたいな」 と思ったらまずは公式ドキュメントを読むべき。 自分が考える「改良」や「応用」というのは、 すでに誰かが考えていて、適切な対応方法が確立されていることが多い、 ということ。
安易に「作る」前に「探す」ことも大事。
だからといって、 自分が作ろうとする気持ちが無駄なわけではありません。 「こういうことをしたいな」と感じて、 「こうすれば作れる!」と気がつくということは、 その技術をよく理解している証拠といえるからです。
「作る」と「探す」の話は、また後でも出てきます。
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流動床の話。
砂をたっぷり入れた容器を用意し、そこに空気を吹き込みます。 そうすると、砂がまるで水のような状態になるのだそうです。 「流動床」(りゅうどうしょう)が以下の記事で紹介されていました。
砂の上にカヌーを置いてスイッチを入れると、 いきなりカヌーがゆらゆらと揺れ出すのです。 まるで水の上に浮かんでいるかのように!
冒頭に動画へのリンクがありますのでご覧ください。
◆砂を液状に…カヌーもこげちゃう? 流動床、応用に期待
http://www.asahi.com/articles/ASK554TWKK55UTNB003.html
この動画を見ると、なぜかウキウキしてきますね。 砂場遊びと水遊びが一体化した感じがするからでしょうか。
もう一つ、空気を入れたり止めたりすることで、 固い床と柔らかい床を自在に行き来することができる点も魅力です。 つまりそれは、コンピュータを使って床の固さを 制御できることを意味するからです。
ふだんは固い床だけど、いざというときには水のような表面になる、 防犯用の「落とし穴」も作れそうです。
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アイコンの話。
きっかけはもう忘れてしまいましたが、 最近、メールの設定を変更して「メール一覧でアイコンを表示する」 ようにしています。
あたりまえのことですが、単なる文字の羅列よりも、 アイコンを表示した方が視認性がよくなります。 メールの差出人は詐称しやすいのでアイコンだけで「本人である」 と判断するのは危険ですが、 少なくとも「いつもと違う人」からのメールの識別が簡単になりました。
Macのメール.appでの設定は「メール>環境設定>表示」にあります。
さて、この「改善」はあたりまえのことですが、 結城にはちょっと思うことがありました。 それは「小さな改善の積み重ね」についてです。
上で示したスクリーンショットには、
・Unsplash
・Instagram
・Evernote
・SparkPost
・bitly
からのメールが来ています。これからもわかるように、 これは、サービス利用専用のメールアドレスなのです。
数ヶ月前、結城は自分のメールアドレスを整理しました。 目的ごとにメールアドレスを分けて、使いやすくしました。 あのとき「メールアドレスを分ける」という改善をしていたから、 今回の「アイコンを表示する」という改善が生きたことになります。 なにしろメールアドレスを整理する前は、 spamがいっぱいでほぼすべてが知らないユーザからのメールでしたから。
ひとつひとつはちょっとした改善、あたりまえのことですが、 少しずつそれが積み重なっていくのだな、と感じた次第です。
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それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
- はじめに
- 数式混じりのメモを書く環境について - 文章を書く心がけ
- 何となく「具合が悪い」ときのチェックリスト - 仕事の心がけ
- 執筆中の忘却について - Q&A
- おわりに