Vol.152 結城浩/構造の伝達と「核になるもの」/信頼の価値/

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年2月24日 Vol.152

はじめに

おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

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新刊の話。

『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』を読み直しています。 今年は「紙に手書き」を大事にしようと思っていますので、 読み返すときもプリントアウトして手を使って校正です。 赤ペンを持って、じっくり読み込んでいきます。

レビューアさんからの指摘もメールでたくさん来ているので、 そちらもプリントアウトして読みながら、 原稿のほうに反映しています。

プリントアウトして紙に向かっていると、 何というか直接「文章に向かっている」という感覚が強くなります。 紙というモノの持つ力なんでしょうかね。 単純に「残りの分量」が直観的にわかるからかもしれませんけれど。

微分を学校で習ったのはずいぶん昔のことです。 おそらく習った直後は「いったい何を言っているのだ?」 と思ったはずです。極限の概念とあいまって、 わかったようなわからないような……。

でもやがて、何かのタイミングで、 「あ、こういうことかも」 と「悟り」のようなものが開けます。 微分の概念が飲み込めたなら、 あとは便利な道具という感じで、 高校時代の微分と楽しくおつきあいできたはずです。 大学に入るとまた別の姿が現れるのですが……

ともかく、その「悟り」のところをうまく表現できないかな、 と思って『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』を書いています。 どうぞ、ご期待くださいね!

 ◆『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797382317/hyuki-22/

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カフェの話。

結城はカフェで仕事をしています。 結城メルマガの原稿も、Web連載「数学ガールの秘密ノート」も、 カフェで書くことが多いですね。

先日は「変幻ピクセル」という記事をカフェで書いていました。 めずらしくコンピュータに関連する回で、コンピュータガールのリサちゃんが登場し、 ビット反転(0を1に、1を0に変換する操作)についての話題になりました。

ディスプレイに表示される光の点や、プリンタで印字されるインクの点は、 ビット反転が起きると、白黒が反転します。 コンピュータでは、画像の処理がビットの処理に置き換えられるのです。

と、そこで、トイレに行きたくなりました。 トイレに行こうとしたら、目の前で他のお客さんがさっと入ってしまったので、 入り口前でしばらく待つことに。

やがて、その人は外に出るためにドアを開けようとして……ガタガタしています。 ドアが開きません。実はその人、入ったときに「鍵を掛ける」のを忘れ、 出るときに開けるつもりで「鍵を掛けて」しまったのでした。

それを見たとき、私は「あ、ビット反転だ」と思わず言いそうになりました。

「鍵を開ける」操作のつもりが、 単にビット反転して「鍵を掛けて」しまったわけですね。

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なごむ動画の話。

先日Facebookで見かけた、 「鮫のかぶりものをした猫がルンバに乗っている動画」です。 教訓とか、学びとか、知見とか、 そういうものとはまったく無関係に「なごむ動画」です。 ネコが淡々とした態度でルンバに乗って等速度運動をしている様子がよい。

 ◆猫の動画
 https://www.facebook.com/video.php?v=10152600949487140

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もう一つ動画の話。

これも先日話題になった動画です。

それっぽく格好を付けたり、間合いを持たせたり、 数字を出したりするという表面的なことだけで、 いかにも賢そうなプレゼンテーションができますよ、 というジョーク動画です。たいへんおもしろい。

 ◆頭良さそうにTED風プレゼンをする方法
 http://www.aoky.net/articles/will_stephen/how_to_sound_smart_in_your_tedx.htm

しかしながら、こちらの方は猫動画とは違い、 笑いつつも考えさせられるものがありました。

今週のフロー・ライティングにも登場する「信頼」についてです。 上記の「頭良さそうなTED風プレゼン」を見て笑うのはいいけれど、 ふだん見ているTEDのプレゼンは、本来どこまで信頼できるんだろう。 自分は視聴者として単純にテクニックだけを見て判断しているのではないか。

そんなことを、ちょっと考えさせられました。

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内容の信憑性・信頼度の続きで、 決まり文句と判断の話。

TwitterやWebの記事を読んでいて、 「決まり文句」について思うときがあります。

以下の「決まり文句」をみてください。 こういうの、よく見かけますよね。

 ・絶対に認められない。
 ・満場一致が必要だろう。
 ・反対者が一人でもいてはならない。
 ・百パーセント確実なのかね。
 ・ゼロにしなくては。
 ・是々非々で。
 ・広く意見を聞いて判断しよう。
 ・ケースバイケースじゃないの?
 ・多様性を尊重。
 ・許容範囲だよ。

この決まり文句《だけ》を見て、何かを判断できるでしょうか。 「何の話」なのか、あるいは「状況がどうか」をはっきりさせないと、 何も判断できませんよね(できる人もいるのかな)。

でも、これらの「決まり文句」を多用する人がいて、 これらの「決まり文句」に敏感に反応する人もいる。

偉そうに書いていますが、私自身も実際の状況を知りもせずに、 これらの「決まり文句」に反応してしまうことがあります。

これらの言葉狩りをしたいわけではありません。

 ・自分は本当に分かって言ってるのかな?
 ・単に決まり文句に反応しているだけじゃないのかな?

そういう反省をしないとまずいな、と思っているのです。

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考えるということの話。

以前、以下の対談記事を読みました。

 ◆【石井裕vs江渡浩一郎】
 「ニコニコ学会β」にイノベーションとアーキテクトはいかにして生まれるかを語る
 https://codeiq.jp/magazine/2015/01/20915/

対談の中で石井教授がこのような発言をしていました。

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 石井:研究というのは、どこかの段階で、
 抽象化(アブストラクション)、
 原理原則化(プリンシプル)、
 一般化(ジェネライゼーション)、
 そしてグローバル化していく作業が求められます。
 そうすることで、他の人もその研究成果や方法論を
 自分の分野の問題解決に
 応用することができるようになる。
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結城は、これに「なるほど」と思うと同時に、 「研究だけではなく、人に何かを伝えたり、 教えたり学んだりするプロセスに通じる考え方だ」 とも思いました。

ベタな知識をたくさん持っていることや、 誰も知らないことを知っているだけじゃない。 そこから、抽象化、原理原則化、一般化、グローバル化していく。

そこで思い出したのが、数学ガールに登場する「僕」 というキャラクタのことです。 彼は従妹のユーリや、後輩のテトラちゃんに数学を教える。 その際には、いくつか例を挙げた後、《一般化》をすることが多い。 一般化して、抽象化して、原理・原則を述べて、 さらには、自分の知っている世界以外へ適用する… こういう思考の進め方というのは、きっと大事なことなんだろうな。

そんなふうに改めて思いました。

あなたは、何かを学んだり、教えたりするとき、 どんなふうにその考えを進めていきますか。

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不思議な立体の話。

筑波大学でCGの研究をなさっている三谷純さんがデザインした、 「見る方向によって正三角形・正四角形・正五角形が現れる立体」 だそうです。

言葉で聞いただけだと意味がわからないかもしれませんが、 以下の動画をご覧ください。 確かに、見る方向で「正三角形」「正四角形」「正五角形」が現れます。

 ◆A polyhedron which has regular triangle, square, and pentagon projection.
 https://www.youtube.com/watch?v=DMtMqBb5Z38

さらに、以下では展開図が公開されていますので、 実際に作ることもできます(!)。

 https://twitter.com/jmitani/status/562613434936619008/photo/1

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さて、それでは今週の結城メルマガを始めましょう。

今週は「フロー・ライティング」のコーナーで「信頼の価値」 という話題をお届けします。 著者と読者の間にある「信頼」について考えましょう。

また、「数学文章作法のスケッチ」のコーナーでは、 「構造の伝達」という表現を練りながら、 文章を書く上で「核になるもの」の重要性を考えます。

それではお楽しみください!

目次

  • はじめに
  • フロー・ライティング - 信頼の価値
  • 数学文章作法のスケッチ(8) - 構造の伝達と「核になるもの」
  • 考えて、書いて、公開する楽しみ
  • おわりに