その6 古流武術の身体常識は?(前半)
ここまで書いてきた古流武術の荒唐無稽で不思議な技の秘密。その多くの秘密は現代とは全く違った古流の時代の身体観にある。現代の身体観に合わせればどうやっても見えては来ない古流武術の真実を実感して使いこなすには、古流の時代の身体観、古流武術の術を構成する根幹を知ることから始めなければならない。
初めて島津(兼治)先生に出会った際にかけてもらった不思議な技の感触。体の内側から崩されてしまうような不思議な感覚。それは理屈が分かれば再現可能な術でしかなくなる。もっとも現代人の感覚は進んだ文明によって便利になった分だけ衰えているから、結構な努力と時間はかかるだろう。
講演会の休憩時間に先生から教えて頂いた古流武術の秘密は、腕の筋を引っ掛けるというもの。言葉にすれば簡単そうだけど、実際にやってみると、とてつもなく奥が深い。自分の肘の下辺りの筋肉が太くなっている部分を、反対側の指で引っ掛ける。先生にやり方を教えてもらってから僕は何度もやり続けた。最初はすっと指先が滑ってしまう。全然引っかからない。爪で引っ掛けるとかもやってみたけど、それでは先生の指の感触には程遠い。引っ掛けるではなく、あくまでも引っ掻くにしかなってないのだ。引っ掻いては、ただ痛いだけ。あの不思議な感触には程遠い。毎日やってもあの不思議な感触には遠い状態だった。
そのうちに正式に島津先生から柳生心眼流を学ぶことになった。あの日から新しい時間が始まったのだ。先生との出会いから少しの時間、ホンの少しだけヒントをもらって何だか分からないまま、ただやり続けた時間。あの時間が程よく自分で考える習性を僕にくれたと思う。
学ぶということは実は記憶ではなく、学んだことを自分の感性に当て込んで自分の物にすることなのだ。思えば、僕は格闘技をやっていた時からこの習性を日常的に練習していた。総合格闘技のセオリーが無かった頃に総合格闘技を始めた僕は試行錯誤しながら身につけてきた。全てを最初から教わるよりも、ヒントから自分で考える癖を身につけて、考える能力を高めたほうが実は後々役に立つのだ。
ひとつ一つを丁寧に自分で考えると、技や闘い方の原理原則を理解出来るようになる。表面ではなく原理原則を知れば、そこからいくらでも応用が利く。応用が利くからこそ、素早い状況の変化に対応が出来て、自らも素早い変化が出来るのだ。原理原則とは物事の中心。中心がしっかりしていればいくらでも表面は生み出せる。表面をなぞっただけでは隣の表面でさえ、すぐには生み出すことは出来ない。
古流武術の伝え方とは全てを伝えないこと。全てを伝えれば、ただ頭で分かったと勘違いしてしまい実用には程遠いものになるからだという。これは学びが進んだ頃に聞かせて頂いた話だ。先生が考えてそうしたのか? それとも偶然なのか? またまたたまたま僕はたった一つのヒントから自分で考える時間を経て、考える回路が出来た頃に先生からの学びが始まるという、またとない学びの始まりを得た。
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