暑い夏だった。梅雨明けが早く、観測史上一位の猛暑と言われていた。米は豊作となったが、空梅雨の影響で西日本は深刻な水不足になった。
八月に入ってすぐ、東京で三十九度を超えた。
学校が夏休みになった正博と綾子が東京に遊びに来た。正博は中二、綾子は小五になっていた。高二の美穂はバスケットボール部の練習が忙しいという。
二人は釧路港から船で東京に来た。釧路を十四時に出航した船は、翌日の二十時過ぎに東京に到着した。
正博は雅也君の車で東京をドライブし、喜んだ。
カーオーディオからAce of BaseとBoyz Ⅱ Menの曲が流れていた。
弟妹は相変わらずNBAに夢中で、東京で一番行きたいのは原宿のNBAグッズショップだという。
NBAは六月にヒューストン・ロケッツが初優勝し、シーズンを終えていた。マイケルジョーダンが引退したり、オールスターゲームでシカゴ・ブルズのスコッティ・ピッペンがMVPに選ばれたり、ファイナルが第七戦にも及んだとか話してくれるのだが、私はNBA賭博はあるだろうか、127対118なんて得点を出すバスケットボールだとハンデ師も大変だろうなと考えたりした。
「美穂は勉強しているの? 幼稚園の先生になりたいって言ってるでしょう。来年は受験生になるのに大丈夫かしら」
私が不安を口にすると正博が、
「美穂お姉ちゃんはへっちゃらだって言ってたよ」
と、笑って言う。
「そうだよ。美穂お姉ちゃんは、何が起きても気分はへのへのカッパって言ってた」
と、綾子も笑って言う。
「え!?」
私はびっくりした。
「頭カラッポの方が夢、詰め込めるって」
と、正博はくすくす笑いながら言った。
「CHA─LA HEAD─CHA─LA 胸がパチパチするほど騒ぐ元気玉」
綾子がメロディをつけて歌った。
「なあに、その歌」
「花菜お姉ちゃん、知らないの? ドラゴンボールの歌だよ。美穂お姉ちゃんはね、森雪之丞は天才だって言ってたよ。キン肉マンの歌も同じ人が作詞したんだって」
「ふうん。それは知らなかったわ。まさか美穂は、頭カラッポの方が夢、詰め込めるから勉強しないって言うつもりかしら」
「言ってるよ」
と、正博が真面目な顔で言った。
健ちゃんは横浜中華街に二人を案内してくれた。シャイな綾子は、
「吉野さんはおじさんだから嫌」
と言い、健ちゃんの前で口を開かなかった。
十一才の少女にとって三十才の男性はおじさんに見えるのだろうか。こんなに人見知りをする子だとは知らなかった。
「花菜お姉ちゃん、痩せたね」
と、言っていたけれど、正博と綾子の身体は標準体型より細かった。
「ファミレスというお店に行ってみたい」
と、綾子が言うので、夜遅くアパートから一番近くにある駒沢通沿いのデニーズに連れて行った。昭和通にあるキクヤベーカリーを見て
「こんな遅い時間にパン屋さんが開いている」
と、綾子は目を丸くした。
「デニーズは二十四時間営業よ」と、教えると
「え~っ一日中レストランが開いてるって本当なの」と、また驚いた。
綾子は夜遅くの店内に客がたくさんいることにもびっくりした。メニューを見ながら
「どれも美味しそうで迷っちゃう」
と喜んでいたのに、実際食べると
「ファミレスって、味はあんまり良くないんだね」
と、しょんぼりした。
その舌は正しい、と私は安心した。
「ファミレスのウェートレスさんがメニューの注文を受ける時に、『以上でよろしかったでしょうか』って言ってたでしょ。過去形で言うのはおかしいんじゃないのかなあ。レジで会計する時は『五千円からお預かりします』って言ってたでしょ。あれもおかしいよねえ?」
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