ここではないどこかへ―――。
 なんて魅惑的な響きなんだろう。三十代まではいつもその甘美な影を切実に希求していた。その影を追い掛けるように移動していた。ときにはオートバイで、そしてときには自分の足で。さすらうことに憧れていたんだと思う。「さすらう」という言葉を実感を込めて使ってみたくて。たぶん、小さな子供が「冒険」という言葉を使いたがるのと同じように。