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マクガイヤーチャンネル 第198号 【藤子不二雄Ⓐと映画と童貞 その11 『少年時代』その2】
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マクガイヤーチャンネル 第198号 【藤子不二雄Ⓐと映画と童貞 その11 『少年時代』その2】

2018-12-05 07:00
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    マクガイヤーチャンネル 第198号 2018/12/5
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    おはようございます。マクガイヤーです。

    先週、ヤンサンに出演しました。

    ワニスタが最後ということでお呼ばれしたのですが、背景がパワポのため、うちのチャンネルはスタジオの引っ越しなんて関係ないと思ってたのですが、なんだか感慨深く感じてきましたよ。



    ●おしらせ

    しばらくの間無料となっていた本ブロマガですが、勝手ながら200号より(半分ほど)有料に戻ります。

    ただし、数ヶ月の間を置いて個人ブログでの公開を考えております。

    色々と試しておりまして、ご容赦ください。

    メール配信にてお楽しみ頂いている方については、これまでと変わりありません。



    マクガイヤーチャンネルの今後の放送予定は以下のようになっております。



    ○12月15日(土)20時~「最近のマクガイヤー 2018年12月号」

    『イット・カムズ・アット・ナイト』

    『へレディタリー/継承』

    『クレイジー・リッチ』

    『スカイライン−奪還−』

    『ボヘミアン・ラプソディ』

    『ガンダムNT』

    『恐怖の報酬』

    『バッド・ジーニアス』

    『止められるか、俺たちを』

    『ザ・アウトロー』

    『ヴェノム』

    『GODZILLA 星を喰う者』

    『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』

    ・『バスターズ』

    『来る』

    その他、いつも通り最近面白かった映画や漫画について、まったりとひとり喋りでお送りします。



    ○12月29日(土)20時~「Dr.マクガイヤーのオタ忘年会2018」

    例年お楽しみ頂いている「オタ忘年会」。2018年に語り残したオタク的トピックスやアイテムについて独断と偏見で語りまくります。

    アシスタントとして御代しおりさん(https://twitter.com/watagashiori)に出演して頂く予定です。


    ちなみに過去の忘年会動画はこちらになります。

    2017年

    2016年

    2015年

    2014年 

    2013年




    ○1月前半(日時未定)「ぼくらを退屈から救いに来た『SSSS.GRIDMAN』と『電光超人グリッドマン』」

    10月からアニメ『SSSS.GRIDMAN』が放送されています。

    原作となる特撮ドラマ『電光超人グリッドマン』は1993~94年にかけて放送されていましたが、約15年間の特撮・アニメ・玩具・ネット環境・サブカルチャーなどの進化や深化を踏まえた演出・ドラマ・ネタの数々に、毎回ハァハァと興奮しながら視聴しています。これでやっと『電光超人グリッドマン』のことが好きになれそうです。

    そこで、『電光超人グリッドマン』が平成特撮に与えた影響を踏まえつつ、『SSSS.GRIDMAN』のどこがどのように素晴らしいのかを解説するニコ生をお送りします。



    さて、今回のブロマガですが、先々週に引き続き藤子不二雄Ⓐの『少年時代』について書かせて下さい。




    ●『少年時代』と当時の少年漫画誌

    当時の「マガジン」は、『釣りキチ三平』『おれは鉄兵』が人気を博していたものの、発行部数で「ジャンプ」はおろか「サンデー」や「チャンピオン」に負ける長い低迷の時期にありました。60年代後半~70年代前半にヒットし、部数を押し上げる要因となった『巨人の星』『あしたのジョー』といったスポ根マンガに代わるヒット作を見出せなかったのです。

    『少年時代』が連載されたのと同じ78年には、『翔んだカップル』『1・2の三四郎』などの連載がはじまり、これらが少年漫画誌界において「マガジン」が復権するきっかけとなります。

    一方、当時のジャンプは『東大一直線』『すすめ!!パイレーツ』『ドーベルマン刑事』『リングにかけろ』などがヒットし、公称発行部数が200万部を突破しました。少年漫画誌のトップランナーの位置を確固としたものにしていたわけです。現在も描き継がれる『キン肉マン』の連載がはじまるのは翌1979年だったりします。


    まず、Ⓐが「週刊少年マガジン」に連載するということ自体珍しい話です。

    Ⓐはこれまで、「サンデー」で『オバQ』、「キング」で『怪物くん』、「チャンピオン」で『魔太郎』を連載し、ヒットさせていましたが、「マガジン」で連載していた『きえる快速車』『サンスケ(わかとの)』はそれなりの人気でした。


    おそらく、「マガジン」編集部では現状を打破するために何か新しい種類の作品を連載していきたいという考えがあったのだと思います。


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    「少年時代」は柏原兵三さんの小説「長い道」を読んで感激し、僕の疎開体験を基にして、漫画化したいと思いました。僕はわりと小学館系で、講談社にはあまり描いていませんでしたが、ちょうどそのころ、「週間少年マガジン」編集長の三樹創作氏から「何か連載をやってくれませんか」と言われて。「描きたいのはあるけど、絶対当たりませんよ。自信持っていうけど」と。それでもいいから、と言われて、柏原さんの「長い道」を挙げて、漫画化したいと言ったら、三樹氏も、僕よりちょっと若いけど、疎開時代の子供で、体験もしているから、「いや面白い、ぜひやりましょう」と言ってくれました。で、僕は、「とにかく一年間だけやらせてくれないか」と頼みました。昭和十九年の春から始まって、終戦の夏までの一年間の物語なので、一年たったらやめるから、とにかく途中で切らないでくれと。三樹氏も約束してくれて、七八年八月から連載が始まりました。

    ところが、三ヶ月たっても、ファンレターが一通も来ない。これには参りました。

    『81歳いまだまんが道を……』より)

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    「長い道」は非常に多面的な内容を持っているが、その中でもぼくが一番惹かれたのは東京からの疎開少年とそれを迎えた村の秀才少年との愛と憎しみのドラマだ。それは“友情、熱血、正義”といった単純な図式をこえた、少年と少年のせつないまでの心の葛藤のドラマとして、深くぼくの胸を打った。ぼくは「長い道」を漫画化することによって、その感動をつたえたい、と思った。

    (中略)

    スピーディで、パワフルな作品群が氾濫する少年漫画の世界で、「少年時代」は一見すごく地味で、単純な展開といえる。ぼく自身はたして一年もの週刊連載をもつかな、と心配した位だったが、描きはじめてみると夢中になった。タケシという少年の多面性、彼の言動に左右される進一のゆれ動く心情、そして二人を囲む少年たちそれぞれの思い、ぼくは登場する少年群のすべてに同化し、それを描くことを楽しんだ。

    しかし、読者の反響はまったくといっていいほどなかった。少年漫画の世界は、読者の人気で、作品価値が決定される。少年漫画誌では、毎回、連載漫画の人気投票が行われ、作品の人気順位がだされる。しかし連載中、担当編集者は、「少年時代」の人気順位を一度もぼくにしらさなかった。おそらく「少年時代」はいつも人気順位の下位を低迷していたのにちがいない。ふつうなら、きっと途中で連載は打ち切りになっていたハズだ。だが、この物語が昭和十九年夏から、昭和二十年の終戦の夏までの一年のドラマだということをしっていた編集部は、ジッと耐えていてくれたのだ。競争激烈なこの世界では稀有なことだ。完結まで一年間、連載を続けてくれた『週刊少年マガジン』編集部には深く感謝している。しかし、作者であるぼくは、予想はしていたもののあまりの反響の無さにがっかりした。やはり、自分だけの一人相撲だったのか。「長い道」の感動を「少年時代」は読者に伝えることはできなかったのか、と思ってぼくの力不足をなげいた。

    (『「少年時代」への長い道』より)

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    ●時代を越えた物語と時代性

    もう一度描きますが、同時期に少年誌でヒットしていたこれらの作品群と比べると、『少年時代』は地味です。スポ根でもラブコメでもギャグでもバトル漫画でもありません。

    更に、これらの作品群を描いた漫画家(「満州引揚」というまた別の「大きな物語」を持っている『おれは鉄兵』のちばてつやを除く)と比べると、Ⓐは年長の部類に入ります。

    “友情、熱血、正義”は、明らかに「ジャンプ」が掲げる少年漫画の三大原則“友情、努力、勝利”を意識した言葉です。『長い道』や『少年時代』で描かれる主人公とタケシ(進)との関係性は、「友情」の一言で片付けられるものではありません。「熱血」も「努力」も描かれず、「正義」や「勝利」が意味の無いものであることは、少年同士の物語の中でも、背景である太平洋戦争でも、二重に否定されます。『少年時代』が広島(あるいは長崎)への原爆投下シーンで終戦を表すのは、圧倒的な暴力の前に「正義」や「勝利」が意味の無いものであることを意味しているかのようです。それは前述した映画版(と原作版)『蠅の王』と同じ表現手法でもあります。


    Ⓐには、いま世間で流行っている「少年漫画」とは異なるけれども、少年を題材にした漫画作品を一種のアンチテーゼとして世に問いたいという気持ちがあったのかもしれません。

    また、Ⓐはこれまでも『ひっとらぁ伯父サン』、『魔太郎がくる!!』、『黒ベエ(「しごく者 しごかれる者」)』など、権力や権威主義をテーマとした漫画を描いてきました。これを違った形で、しかも「少年漫画」というジャンルで表現したいという思いがあったのでしょう。


    これは、同時代的な流れでもありました。70年代後半は、山岳ベース事件やあさま山荘事件から数年が経過し、日本の学生運動が大衆の支持を失って決定的に終焉したことが明確になった年でした。

    藤子・F・不二雄は『少年時代』と同時期(79年)にSF版『十五少年漂流記』『蝿の王』といえる短編『宇宙船製造法』を発表しましたが、これはどう考えても『少年時代』と同時代的な発想から描かれた作品です。ジャイアン的なリーダーが出木杉的なリーダーにクーデターを起こされ、イノセントな主人公がその狭間で思い悩むという展開は、『少年時代』と同じプロットです。そういえばジャイアンの本名はタケシ(剛田武)でした。

    映画『少年時代』を監督した篠田正浩は大島渚、吉田喜重とともに松竹ヌーベルバーグを代表する監督であり、ATGで芸術的を通り越して「革命的」な作品を何本も発表した監督でもあります。監督第二作の『乾いた湖』からして既に寺山修二脚本で「60年代安保闘争と若者」をテーマにした映画だったりします。71年に篠田が監督した『沈黙 SILENCE』は、原作者の遠藤周作が脚本に参加しながらも、主人公である神父の棄教を学生運動における敗北と重ね合わせたような映画でした。



    ●なぜⒶは『少年時代』を映画化したかったのか

    ここで『少年時代』映画化までの経緯を確認しましょう。

    Ⓐが『少年時代』の映画化を決意したのは、最終回後の反響がきっかけだったといいます。


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    そして一年、連載は完結した。終戦になり、東京へ帰る進一とタケシの別れで、「少年時代」は終わった。ところが、最終回ののった号が発売された週の終り、突然たくさんの手紙が、それこそ嵐のように舞いこんできた。小学生から、若い女性、そして七十歳の老人まで。「はじめはヘンな漫画だなあとおもったけど、なぜか読まずにはいられなくて、とうとう一年間夢中になってしまいました。最終回でタケシと進一が別れる場面で、タケシが可哀想で泣いてしまいました。漫画を読んで泣いたのは、はじめてです。」その中の一通で、小学五年生の男の子からのものだ。ほとんどの手紙が、これと同じような内容だった。ぼくは、これらの手紙を読んで、自分の思いいれが読者につたわったことをしり、とても嬉しかった。そして、「少年時代」を描いてよかった、と思った。

    (『「少年時代」への長い道』より)

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    ちょうど一年が終わって、最終回は、東京へ帰る進一が乗った汽車を、タケシが追いかける。その時初めて、二人の心がつながったというラストです。すると、掲載誌が発売された週末ごろから、ドドドーッと山のように反響が来た。それもほとんどが葉書じゃなくて、長い手紙。多くは「進一とタケシが別れるラストを見て、漫画で初めて泣いた、感動したというものでした。

    僕はそれで、長年の夢を実現させる決心をしました。これを映画にしようと思った。この時の感激が、プロデューサーとして映画「少年時代」を作るきっかけでした。

    (『「少年時代」への長い道』より)

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    何故Ⓐは『少年時代』を映画化しようと「決心」したのか、きちんと書いているようで書いていませんが、Ⓐの内心はよく分かります。。

    反響が多いだけならば、他にも人気を博し、葉書や手紙が山のように来た作品がこれまでにもありました。それこそ『怪物くん』や『ハットリくん』、『魔太郎が来る!!』を実写映画化したって良かったはずです。

    おそらく、『少年時代』はⒶにとってあるべき少年漫画――少年や青年が読むべき作品――ビルドゥングスロマンであり教養小説だったのでしょう。


    教養小説(ビルドウンクス・ロマン)とは、「青年が社会の中でさまざまな経験を通じて成長していくさま」を描いた小説のことです。教養小説はヨーロッパにおける近代化と市民社会の成立に伴い19世紀に(主にドイツで)成立した小説形式ですが、どれも「何者でもなかった青年が社会にもまれることで内面的に成長し、立派な大人(市民)になる」という定型を踏まえた作品です。

    教養小説において最も重視されるのは内面的な成長――精神や魂の成長です。これは肉体や物質といった物理的実体とは別に、魂、自我、精神、意識、などと呼ばれる能動性を持った心的実体があるという、近代化までの宗教的背景を踏まえたヨーロッパ的物心二元論を引き継いでいますが、それらすべてひっくるめた上で、だからこそ「魅力的な女性と出会う」、「メンター的な年長者から影響を受ける」、「(戦争などで)人を殺したり殺されそうになったりする」……といった、現在みられる青春物語においてベタな展開や要素は、すべて教養小説にその源流があったりします。

    そもそも柏原自身が教養小説を志向して『長い道』を書こうとしていました。


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    「(『長い道』では)魂の発展を描くことになるんですが…。教養小説でしょうね。」

    (『この人と一時間(北日本新聞 一九六八年四月四日)』より)

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    そして、自分の代表作であって欲しいと考えていたようなのです。


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    こうした記憶のせいか、僕は『長い道』にはとても愛着がある。しかし、実は父にとっても一番好きなものだったようなのだ。父は入江隆則氏に「僕は本当はあれ(『長い道』)で芥川賞をもらいたかったんですよ」と語っている。

    (柏原光太郎『父柏原兵三のこと』より)

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    更に篠田正浩も、


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    柏原の数少ない作品は、作風の質実さと描写の堅牢さのために人目につかないが、「長い道」は少年を描いた傑作であるトーマス・マンの「トニオ=クレーゲル」に劣らぬ高みに達していると、私は考えてきた。

    (篠田正浩『映画「少年時代」へのメッセージ』より)

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    ……と、映画化にあたって『魔の山』にならぶトーマス・マンの教養小説にして自伝的作品を挙げたりしています。


    『少年時代』は、『怪物くん』や『ハットリくん』や『魔太郎が来る!!』とは異なり、徹底して現実に即した作品です。怪獣も忍者もオカルトも出てきません。しかし、『怪物くん』や『ハットリくん』や『魔太郎が来る!!』の読者と同じく、これからこの社会で成長を迎えるであろう少年や青年に読んで欲しい作品でもあります。表には疎開経験、裏には学生運動という時代的要素がありますが、同時に少年の中に潜む(それはこの社会のどこにでもあるということでもあります)政治性や、政治と暴力と人間的尊厳といった、時代を越えた普遍性があるからです。

    『長い道』でも『少年時代』でも、主人公は田舎での疎開体験に大きなショックを受けます。単なる友情や愛憎を越えた、「他人」の理解や人間的尊厳や、日常に偏在する政治性への気づきに繋がり、主人公は内面的な成長を遂げます。疎開体験を通じて「大人」になるのです。同時に、日本の敗戦を常識として事前に知っている読者にとっては、『少年時代』のタケシや『長い道』の主人公の潔が愛国少年であり、日本が負ける可能性を告げられると激高することに、それぞれの少年時代への郷愁と共に、世の中を知らなかった子供時代への哀切や、歴史的皮肉を感じてしまう仕掛けになっています。


    自身が大きな覚悟と自伝的要素が多いが故の思い入れを持って漫画化した教養小説が、響く層には響いたけれども、決して大きなヒット作にはならなかった。だからⒶは、漫画ではなく映画というメディアで、今一度この物語を世に問いたかったのでしょう。

    この点において、本作が(たとえ劇中で少年や青年の成長を描いていたとしても)『NIN×NIN 忍者ハットリくん THE MOVIE』『映画 怪物くん』とは全く異なる映画であることが分かって貰えるのではないかと思います。



    ●タケシ(進)とは何者か

    教養小説という観点からみると、主人公に最も大きな影響を与えるのはタケシ(進)です。『長い道』でも『少年時代』でも、同年代の異性として登場する美那子の存在感はそれほど大きくありません。美那子と母しかいない家にお呼ばれして食事をごちそうになる甘酸っぱい描写がある『長い道』はマシな方で、『少年時代』に至っては、タケシの存在感の大きさ故に、美那子のことはあまり印象に残りません。そもそも、『長い道』は少年にとっての性の目覚めはテーマの一つになっており、松の姉さんの艶事が具体的に何を意味しているのかについて、主人公は最後まで理解を拒否しており、これは主人公が精神的に未成熟であることを意味しています(つまり肉体的にも精神的にも童貞ということですが、これは教養小説の伝統的表現でもあります)。

    ここから、『少年時代』にホモセクシュアルの匂いを嗅ぎ取るという見方が生まれました。物語中、何回かタケシは美那子と仲良くしている進一に対して気分を害し、皆の前で嫌がらせのような行為を行います。この行為について、主人公は、タケシが美那子のことを好きだからこそ、自分が美那子といっしょにいるとタケシの機嫌が悪くなると考えますが、美那子の存在感の薄さ故に、むしろタケシは主人公と仲良くする美那子に嫉妬して機嫌が悪くなっているという見方もできるのです。映画版の脚本を務めた山田太一も、藤子不二雄の評論『FとⒶ』を著した米沢嘉博も、同様の点について言及しています。元々、FもⒶも女性視点の作品をあまり描きませんでしたが、特に『少年時代』は女性の存在感が無さ過ぎるのです。


    同性同士の性的嗜好は脇に置いても、タケシ(進)が主人公に対して人間的好意をはっきりと抱いていたことは、『長い道』や『少年時代』を読めば、理解できます。なにしろ、田舎の優等生は孤独です。周囲は、腕白だけど馬鹿な男ばかり。勉学に励み、田舎を捨てて都会に出て立派な大人になろうという野心のありそうな奴もいません(『少年時代』のケンスケを除く)。そんなところに読書を嗜み、勉強もでき、自分といっしょに中学受験の勉強に励んでくれそうな転校生が現れます。(これを強調するために、『少年時代』ではタケシ以外の誰も雑誌や小説を読むことに興味を示さないことになっています。読書には知性が必要なのです)。タケシ(進)が主人公を別格扱いし、好意を抱くのも自然なことです。


    しかしタケシ(進)は、学校や他の同級生がいる前では、主人公に対してまるで別人のように冷淡に接するのです。主人公にとって、タケシ(進)のこの二重性は大いなる謎に映ります。自分が始めて『少年時代』を読んだのは映画に合わせて愛蔵版が発売された中学二年生の頃でしたが、自分にとっても謎でした。

    しかし、そんな自分も今年で43歳、先輩と後輩、上司と部下の関係性を複数回経験した結果、タケシ(進)の気持ちがはっきりと分かるようになりました。というか、主人公のお子ちゃま具合に腹が立つようにさえなりました。


    タケシ(進)は小学5年生ですが、リーダーとして自らが属する少年社会の秩序を保つという地位を、自分が望むと望まざるとに関わらず、「仕事」として受け入れているのです。それは、周囲を見渡して冷静に観察した結果、他の誰でもない自分こそがこの「仕事」を受け入れなければ少年社会が荒廃し、治安が悪化するという懸念があるからです(『長い道』では実際にその顛末が描かれました)。そのためには、タケシ(進)はなんでもします。暴力を用いることもあれば、権謀術数を用いて嫉妬心を利用することまでします。

    そんなリーダーは、「部下」であり「目下の人間の一人」の前で、その一人に過ぎない主人公と対等な友達づきあいなどできません。だから、冷淡につきあうしかありませんが、これは一種フェアな付き合い方であるともいえます。一方で、主人公に対し個人的好意を抱いているし、中学受験の仲間も欲しいので、二人だけで会う時は対等につきあうことをこころがけます。

    これは、体育会系の部活動における先輩と後輩の関係、組織での上司と部下の関係を一度でも経験したことがあれば理解できるのではないでしょうか。練習や試合、仕事においてはリーダーと部下の関係性は絶対ですが、一度部活や組織を離れれば、対等な友人としてつきあう……社会人なら当たり前のことです。小学5年生にしてこの二面性を見事に使い分けるタケシ(進)が異様といえばそれまでですが、主人公は小学校という「社会」にいながらこの関係性の使い分けを理解できないほどのお子ちゃまであるともいえます(『少年時代』では担任の山本先生が「ともだちになることと子分になるということはちがうんだよ!」と、全ての状況を見据えたアドバイスを主人公に贈るのですが、主人公は理解できません)。


    なによりも唸ってしまうのは、物語の中で起こるトラブルの数々が、それまでリーダーの統治でまがりなりも安定していた少年社会に、都会育ちの主人公という異物の闖入が原因で起こることです。『少年時代』では特にそれが徹底しています。

    教科書の朗読、縄ないでの一件、ノボルの替え歌までは徹底的に進一に干渉しない態度を貫くものの、進一から冒険小説『豹の眼』を貸してもらい、ついつい登下校の時に良いポジションを与えてしまいます(これは少年社会での順列をそのまま表しています)。『少年時代』ではタケシ以外の誰も雑誌や小説を読むことに興味を示さないことも、タケシと進一の秘密の関係の特殊性をいや増します。二人(だけ)は読書という想像性が必要な精神的秘密で繋がっているのです。その後のタケシとシゲルの兄との喧嘩、タケシとフトシとの喧嘩、ノボルによるクーデターは、それぞれ進一の習字、進一のゴザボウシの着用、雪球合戦やヨモギ採集での進一とノボルとのトラブルに起因しています。つまり、タケシが喧嘩せざるを得ない状況やクーデターは、すべて主人公である進一に起因しているのです。


    主人公は、タケシの二面性を理解しないばかりか、少年社会で上手くやっていけないばかりにタケシに迷惑をかけてしまう、二つの意味でお子ちゃまなのです。

    そして、だからこそこの物語は「お子ちゃまだった主人公が社会の中でさまざまな経験を通じて成長していく」教養小説として成立しているともいえます。主人公は、タケシ(進)に庇護されつつ、タケシ(進)の統治や栄枯盛衰をみることで社会の仕組みを学ぶのです。



    ●シネフィルとしてのⒶ

    ここで『少年時代』映画化までの経緯を確認しておきましょう。


    『少年時代』映画化に向けて気持ちを固めたⒶですが、おいそれと映画化できるものではありませんでした。80年代の日本映画界は1960年をピークとして観客動員数が低迷を続けたままだったからです。映画製作はリスクが高く、出資してくれる会社をみつけるのも困難だったことでしょう。

    ならば自分で出資するかということになるのですが、ここで問題がありました。自身の所属する藤子スタジオから出資するにしても、当時の藤子スタジオはⒶとFの合同会社であり、制作費を回収できなくなった場合、Fに迷惑をかけてしまうことをⒶは恐れたのでした。

    特に、80年代は79年にアニメ化された『ドラえもん』の人気が爆発し、ⒶとFの差が開きはじめた時期でした。ちょうど80年から製作・公開がはじまった映画版『ドラえもん』は、毎年のように邦画の年間ランキング上位を飾っていました。このことも、Ⓐに二の足を踏ませたのかもしれません。


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    映画作りはずっと夢でした。でも、パートナーの藤本氏に迷惑がかかるから、映画を作りたいなんて言いだせなかった。藤本氏も映画好きだから、作ろうよと言ったら嫌だとは言わなかったと思うけど、失敗したらとんでもないことになりますから。別れて独立した時、いよいよ「少年時代」映画化を、姉で事務所の社長の松野に相談しました。そしたら「やりなさい」と。

    (『81歳いまだまんが道を……』より)

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    87年、ⒶとFは「藤子不二雄」というコンビを解消し、「藤子不二雄Ⓐ」と「藤子・F・不二雄」、に分かれます。コンビ解消の理由は諸説ありますが、Ⓐ本人があちこちで語る「ブラックユーモアや過激な作品を描いている自分の漫画が藤本君の『ドラえもん』を傷つけるといけないから」というのは、説得力がありません。Ⓐが最初のブラックユーモア作品である読切版『黒イせぇるすまん』を描いたのはコンビ解散より約20年前の68年であり、時間が経ちすぎているからです。

    86年に当時53のFは検査入院で胃癌と診断されます。当初、告知はされなかったそうですが、これ以降、体調を崩しがちになります。そう遠くない未来における自らの死をリアルなものと感じたFは、自分が死んだ後に遺族間で権利関係の揉め事が起こることを心配し、コンビ解消を決意した――そのような説が安藤健二『封印作品の謎2』や長谷邦夫『漫画に愛を叫んだ男たち』に掲載されていますが、そのように考えた方が自然です。

    幼い頃から兄弟のような親密さで漫画を共作し、想像性が必要な精神的秘密で繋がっていた二人ですが、「死とカネ」というリアルからは逃れられなかった――そう考えると切なくなりますが、ともかくⒶとFはコンビを解消し、それをきっかけとしてⒶは長年の夢であった映画製作に乗り出しました。


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    漫画を連載したのは講談社の「少年マガジン」でしたが、講談社は映画化に乗り気じゃなかった。そこで、前代未聞ですが、小学館に話を持っていったんです。当時の相賀徹夫社長は偉かった。「藤子スタジオは、出資なさいますか」と聞かれ「もちろんです」と言ったら、「じゃあ、やりましょう」と。ほかの出資者も集めてくださいました。

    (『81歳いまだまんが道を……』より)

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    プロデューサーとしてのⒶの本気を見定めようとする小学館社長の意思をそれとなく伝える名エピソードですが、この後Ⓐは監督を篠田正浩に依頼することになります。


    映画版『少年時代』を名作にするため、その道のプロに頼む、しかも自分が尊敬する監督に頼むというのは理解できますが、何故篠田正浩だったのか。

    Ⓐは二〇〇九年、「キネマ旬報」の九十周年記念誌で、邦画・洋画のオールタイムベストを選定していますが、邦画のベストは以下になります。


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    赤西蠣太(一九三六年、伊丹万作監督)

    無法松の一生(一九四三年、稲垣浩監督)

    足摺岬(一九五四年、吉村公三郎監督)

    七人の侍(一九五四年、黒澤明監督)

    血槍富士(一九五五年、内田吐夢監督)

    乾いた花(一九六四年、篠田正浩監督)

    用心棒(一九六一年、黒澤明監督)

    泥の河(一九八一年、小栗康平監督)

    生きる(一九五二年、黒澤明監督)

    幕末太陽傳(一九五七年、川島雄三監督)

    野菊の如き君なりき(一九五五年、木下恵介監督)

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    人は、多感な時期に観た映画や読んだ文学に一生を左右されます。1934年生まれのⒶが10~20代の頃に観た映画、40~60年代の作品が多くランクインしているのは自然なことであり、これらを監督した映画人をⒶが尊敬しているのも自然なことです。

    また、Ⓐの世代にとっての時代劇(洋画なら西部劇)は特別なものです。それは娯楽作品でありつつ、過去を描きつつ現在のなにかを反映せており、そのことを作り手も受けても共有しているという幸福な関係性にありました。

    そして、この中からほぼ同世代の篠田正浩を選ぶのも、ごく自然なことでしょう。いくら尊敬していても、戦時中に「大人」で、満州で戦争を体験した内田吐夢や、徴兵を免れた黒澤明では駄目なのです。「都会の少年が縁故疎開した田舎で大人になる」という物語を共有できる同世代人でなければならなかったのです、『瀬戸内少年野球団』のヒットは出資を後押ししたかもしれませんが(篠田正浩に断られた場合、おそらく次点は篠田の助監督を務め『泥の河』で「戦後世代の戦争」を描いた小栗康平に依頼したことでしょう)。これは脚本を誰に頼むかにあたりⒶと篠田の意見が完全一致したという山田太一も同じです。



    ●曲『少年時代』の歌詞

    映画『少年時代』は89年の夏に撮影開始されます。「四季を撮りたい」という理由で撮影に一年弱をかけた映画は翌90年の夏に完成し、公開されました。

    残念なことに、配給収入は3億円と、ヒットしなかったのですが、翌91年の日本アカデミー賞を作品賞・監督賞・脚本賞・新人俳優賞・音楽賞と総なめします(時代はバブル崩壊直前で、大ヒットした『天と地と』『タスマニア物語』への反発もあったのかもしれません)。もし大ヒットしていたら、もしかするとⒶは続けて第二作、三作と映画を製作し、プロデュース業に乗り出していたかもしれませんが、ともかく漫画執筆業(と『ギミア・ぶれいく』出演)に戻ることになります。


    現在、『少年時代』は名作として評価されていますが、映画よりも評価されているのは井上陽水による同名の主題歌です。


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    一九五〇年代にぼくが感激した映画には、必ずといっていいほどすてきな主題曲があった。「第三の男」「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」……、想いだすときりがない。

    ン十年前に観た映画なのに、その映画のことを思い出すと、その主題歌が聞こえてきてワンシーン、ワンシーンがよみがえってくる。『少年時代』に、そんな主題曲がほしかった。ぼくははじめて井上陽水氏に手紙を書いた。

    (『Ⓐの人生』より)

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    昔、僕らが見ていた映画には、必ず印象に残る主題曲や主題歌がありました。ところが、だんだん、音楽が単なる演奏みたいになっていた。


    「我孫子さんが詞を書くなら曲を作る」

    すごく悩んで、二ヶ月ほどかけて詞を書いて、送りました。

    (『81歳いまだまんが道を……』より)

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    ……というⒶの目論見が見事当たった形になります。

    井上陽水による製作が遅れたため、宣伝に全く使えなかったそうですが、翌91年にソニーのハンディカムのCM曲に採用され、ヒットすると共にミリオンセラーになりました。以後、複数回CMに起用されたり、他のアーチストにカバーされたりしています。「名曲」として評価されているといっていいでしょう。


    Ⓐ自身も編集者に催促されるとイライラするので、どんなに楽曲の制作が遅れても井上陽水に催促しなかった――というのは有名なエピソードですが、ここで注目したいのは、Ⓐが「すごく悩んで、二ヶ月ほどかけて書いた」という詞です。

    『81歳いまだまんが道を……』にはこれがきちんと掲載されています。


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    あの時 ぼくは きみと 出会った

    山のふもとの あの長い道の 途中で

    熱い ときめきの 季節の さなかに

       LA LA LA LA


    ぼくは 君と会い

    きみと歩き きみと話し

    きみと歌い きみと夢を見

    きみと笑い きみと泣き

    きみと傷つき……

    そして…… きみと別れた


    さよなら といった時 ぼくの少年時代が 終わった

    ああ…  人は誰にも 少年時代があり

         人は誰もが 大人になっていく


    今ひとり想いだす 幻のように 消え去った

      あの ときめきの 日々よ


     さようなら ぼくの少年… さようなら きみの少年…

       さようなら さようなら さようなら

       NALALA NALALA

         NALA LA LA LA

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    結局、Ⓐの作った詞は採用されず、曲『少年時代』は我々がよく知る陽水作詞作曲のそれになりました。

    Ⓐが陽水に聞くと「我孫子さんの心をもらった」と言われたそうです。陽水による変形した韻や自身の声の魅力を存分に理解した洗練された詞と、いかにも素人っぽいⒶの詞は全く異なります。映画も曲も他人の才能を信頼して任せることが名プロデューサーの仕事……と締めたいところです。


    が、Ⓐの作った詞を読んでいると、頭に思い浮かばざるをえないものがあります。

    いっしょに「少年時代」を過ごし、いっしょに歩き、話し、歌い、夢を見、笑い、泣き、いっしょに傷つき、そして別れた相手とは誰なのでしょうか?

    普通に考えれば、それは主人公にとってのタケシであり、進です。

    しかし、映画化に至るまでの経緯を振り返った時、全く違う人間のことが頭に浮かびます。

    勿論、「マガジン」で連載をしていた時、そんな考えはⒶの頭に無かったはずです。しかし、長年組んでいたコンビ解消を切り出され、それがきっかけとなって『少年時代』の映画化にこぎつけた時、Ⓐの心中にはとても一言では言い表せない、感慨深いものがあった筈です。「映画好きだから、作ろうよと言ったら嫌だとは言わなかったと思うけど」というⒶの言葉には、そのようなことが伺えます。


    Ⓐがいっしょに「少年時代」を過ごし、いっしょに歩き、話し、歌い、夢を見、笑い、泣き、いっしょに傷つき、そして別れた相手……この歌詞は、どことなくⒶにとってのそのような相手を反映しているように思えてしまうのです。



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