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野田稔と伊藤真の「社会人材学舎」VOL.3 NO.3
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野田稔と伊藤真の「社会人材学舎」VOL.3 NO.3

2014-04-21 06:00

    野田稔・伊藤真の「社会人材学舎」VOL.3 NO.1

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    コンテンツ

    今週のキーワード
    「不満に強くて、不安に弱い」

    対談VOL.3  岩瀬大輔氏 vs. 伊藤真
    他人のほうがうまくできることは
    他人に任せよう。そして自分は、
    自分にしかできないことを恐れずやり切ろう

    第3回 何をやるかよりも、誰とやるかが僕には大事だった

    粋に生きる
    4月の主任:「玉川奈々福」
    第3回 奈々福流の浪曲の真髄は、目線と登場人物にあり

    誌上講座
    テーマ3  パワーラーニングメソッド
    第2回: 盤石な基礎があれば、怖いものなどない

    連載コラム
    より良く生きる術
    釈 正輪
    第11回 お釈迦様が教えてくれるテクニックとリーダーシップ

    Change the Life“挑戦の軌跡”
    「あられ屋です」。その言葉にプライドあり!
    第3回 体制が整ってくるから、次のステップが見え始める

    NPOは社会を変えるか?
    第11回 営利企業と非営利組織のコラボレーションを模索
    ――公益財団法人CIESF(シーセフ)

    政治・行政にやり甲斐はあるか?
    4月のテーマ: 国政調査権と政治家の覚悟
    第3回 知られざる政府現地対策本部の活躍



    今週のキーワード
    「不満に強くて、不安に弱い」

     日本人は、「不満に強くて不安に弱い」国民だ。

     不安に弱いから、もしかしたら食べられなくなる、路頭に迷うかもしれないと思って、なかなか外に飛び出させない。

     会社に居場所がないと思えても、好きでもない仕事をさせられていても、上司に邪魔者扱いされても、給料が安くても、ハードワークを余儀なくされても、当然不満には思うものの、サラリーマン人生の中で不満に対する耐性だけは鍛えられてしまったので、耐えてしまう。

     だからこそ、日本人の多くはチャレンジができないでいる。

     しかも、日本人は集団に影響されやすい。もっとも、必ずしもこれは悪いこととは言えない。これまでにこうした傾向が、プラスに作用して日本を発展させてきたという歴史もある。

     しかし、もはやそれではすまされない時代になったと思ったほうがいい。

     まずは、自分が考えている不安は何か、どのようなものかということを、ちゃんと見える化したほうがいい。自分は一体、何に怯えているのかを明らかにする。もしかしたら何てことのない、ススキの穂に怯えているだけかもしれない。というよりも、実はそうした例が多いのだ。

     だから不安はちゃんと紙に書いてみることが必要だ。Mustの縮小という意味もある。Will、Can、MustのMustだ。しなければいけないことがたくさんあるから、新しいことができない。あれもこれもあるから、踏み出せない。そうしたMustも考えているだけでなく、しっかりと紙に書き出してみる。

     若い人ほどすぐにリスクを口にする。しかし、いざ書き出してみよとすると、それほど大したリスクはないということに気づく。自分には失うものがたくさんあると思えるものだが、実はほとんどないということに気づく。

     Mustの多くは見栄や習慣であり、リスクの多くは幻想なのだ。

     次に自分が正直に思っている不満を書き出してみる。今度は思った以上に不満が多いことに気がつくはずだ。これも嫌、あれも嫌、あいつも嫌い、こいつも嫌い……。その不満は果たして自分の手で縮小できるのか? その不満をこのまま5年放っておいたら自分にどんな悪い影響が出るか。次に行うべきことが、そこに書き出した不満を不安に変換する作業だ。

     そうやって不満と不安をしっかりと見える化したときに、自分の考え方、行動が変わるかどうかを見てみてほしい。

     きっと変わるはずだ。多くの場合、不満は思った以上に深刻であり、不安は思ったほどはないということがわかるはずだからだ。




    対談VOL.3
    岩瀬大輔氏 vs. 伊藤真

    他人のほうがうまくできることは
    他人に任せよう。そして自分は、
    自分にしかできないことを恐れずやり切ろう

    本誌の特集は、(社)社会人材学舎の代表理事である野田稔、伊藤真をホストとし、毎回多彩なゲストをお招きしてお送りする対談をベースに展開していきます。ゲストとの対談に加え、その方の生き様や、その方が率いる企業の理念などに関する記事を交え、原則として4回(すなわち一月)に分けてご紹介していきます。

    今月のゲストは、ライフネット生命保険株式会社の代表取締役社長兼COOである岩瀬大輔氏です。
    岩瀬氏は、ハーバード大学のビジネススクールで“プリンシプル”の大切さを叩き込まれます。そして、帰国後、大きな出会いがあり、自分の人生に対する慎重さを否定されます。彼は常にロールモデルや尊敬すべき人の話を真摯に聞き、素直に影響を受けてきました。それもこれも、何をするかよりも、誰とやるかを大切にしてきたからなのです。

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    第3回 何をやるかよりも、誰とやるかが僕には大事だった


    それまで“プリンシプル”などという言葉を

    日常的に使うことなどなかった

    伊藤:ハーバードのビジネススクールで学んだこととして、岩瀬君が言っていたことで、印象に残っているのが、“プリンシプル”。ハーバードの先生たちは、プリンシプルをとても大切にしているという話に、私も大いに感銘を受けた記憶があります。
    岩瀬:そうですね。1年目の夏休みに、プレ授業のようなものがあったのですが、そこですでに体験しました。これは先生に言われたことではなくて、学生同士での話なのですが。ケーススタディで、第二次世界大戦中のドイツ銀行が舞台でした。そこのある行員が自分の元同僚で友人なのですが、ナチスの占領下にあって、彼はユダヤ人なのです。その彼から「頭取がパージされた。次は自分たちだ。何とか助けてほしい」という内容の手紙が届くのです。その返事を書きなさいという説問でした。
     正直、ピンとこない話です。知識では理解できても、本当には腹に落ちない話ですよね。日本人であって、時代も違うわけですから。それこそ映画の中の世界に過ぎないわけです。リアリティがない。
     なので、それこそ頭で考えて、当たり障りのない返事を書きました。
    「家族の安全にも責任があるから、今、自分が動くことはできない。お金を送るから、とにかく逃げろ」。そんなような内容でした。
     その授業が終わって、芝生でごろごろしていると、フランス育ちのカメルーン人の友達がやってきました。彼のお父さんは外交官だったのですが、いろいろとしゃべっているうちに、先ほどのケースの話になりました。「何って書いた?」と聞かれて、「映画の世界だし、全然意味わからないよね。だからこう書いた」と説明したら、急に彼が怒り始めたのですよ。
     それで出た言葉が、「お前にはプリンシプルがない!」「僕は絶対に友達を見捨てない。何があっても、自分の命を賭けても友達は守る。それが自分のプリンシプルだ!」と言われたのです。
    伊藤:強烈なパンチだね。立場の違いなどもあるだろうけど、考えさせられるよね。
    岩瀬:その時は、プリンシプルという言葉の意味も、何となくわかるけれども、本当にはわかってないわけですよ。
     それで、「そうは言うけど、戦時中の話であるし、特殊な状況下だよね」と反論すると、「そんなことはない」と力説するのです。「当時だって、皆、それまで普通に生活を送っていたのに、いきなりそうした状況に追いやられたわけで、だから自分のプリンシプルは、日常の中でしっかりと持ち続けないといけない。常に試されるものであって、それは決して特殊な状況下の話ではない。いつだって、自分の生き様として持っていなくてはいけないものだ」と言うのです。
    伊藤:とても、真摯に生きている人だったのだね。
    岩瀬:それからさまざまな場面で“プリンシプル”という言葉は聞きました。もっと、日常的な場面にも登場します。
     たとえば、「自分はいくらお金を積まれても、たばこ会社の経営者にはならない。タバコは社会の悪だから、それが俺のプリンシプルだ」とかね。
     ある講演会では、元々はアップルの幹部で、そこからあるベンチャー企業の経営者になった人なのですが、その会社に入ったら、粉飾決算をしていることがわかった。これを公表したら会社が潰れてしまう。その時は、資金調達の書類にサインをするときだったので、とても悩んだのだが、最後は自分のプリンシプルにしたがってすべて公表した、とかね。
     当時はちょうどエンロン事件があった時代なので、そういうことにアメリカが敏感になっていたということもあるのだと思いますが、私にとっては目から鱗の連続でした。

    エンロン社はエネルギー会社から多角的大企業に成長した会社だが、2001年9月に簿外債務の隠蔽などの不正が発覚し、倒産する。それを契機にさまざまな不正が明るみに出て、それが元で、不祥事に対する厳しい罰則を盛り込んだSOX法が制定された。

    岩瀬:それで企業倫理コースの最後に、ある宿題が出されたのです。
     医者になるときには、“ヒポクラテスの誓”というものがある。そうした誓を企業経営者にもさせるべきではないかという動きがある。自主規制だ。そうした動きについてどう思うか。また、自分だったら、どのような誓を立てるか。
     というものでした。
     真面目に考えて、書きました。結構長い文章を書きました。それで、「ああ、自分はこうありたいのか」ということがわかったのです。
     当時は、株主資本主義という概念が台頭してきた時期ですが、それよりも、まずは従業員にとって、企業は自己実現の場であるべきで、その上で、顧客を、自分の家族や友人と同じようにフェアに扱うことが大切で、難しい場面に直面したら、鏡の中の自分を見て、あるいは自分の子どもたちや孫を想起して、どういうふうに自分の人生を語り継ぎたいかということを基準にして、意思決定をすることを誓うといった内容でした。
     誓願ですね。まあ、今だったら書かないかなと思う、ちょっと青臭い内容だったのですが、今も、たまに読み返しています。
    伊藤:青臭いかもしれないけど、実践してきているよね。
    岩瀬:そうですね。忙しくしていると、つい忘れてしまうのですが、それが結局、原点なのです。だからたまに読み返して初心に帰ることができます。MBAではマーケティングやファイナンスといった技術論を多く学びますが、一番の収穫は、そうしたものよりも奥が深いもので、それこそどんなふうに人生を送るべきか、送りたいかということなのです。

    ビジネススクールは
    素敵なフィットネスクラブのようなもの

    伊藤:岩瀬君の場合は、それまでに実務の経験があって、具体的なノウハウや技術論などを習得するためであれば、MBAに通うまでもなかった。周りの皆がそう言っていたように、普通の人がゼロからMBAで学ぶようなことは一通りすでに身についていたわけだ。だけど、それ以外のもっと深いもの、その先に活きるものを持って帰ってきたというわけだよね。
    岩瀬:そうですね。それで僕、思ったのですね。MBAで何を学んだとか、何がいいのかと聞かれることが多いのですが、フィットネスジムみたいなものだと言っているのです。つまり、別に行かなくても勝手に皇居の周りを走ったりすればいいのですよ。行っても(ただ会員になっても)、通わなければ意味がない。使いこなさなければ意味がない。たとえばハーバード大学のビジネススクールは、最高の機材があって、最高のインストラクターがいるジムのようなものなのです。それをどう使いこなすかは、自分次第です。
    伊藤:義務を全うするよりも、権利をうまく行使することのほうが実は難しいよね。使いこなすというのは、まさに権利をうまく行使することだろうね。
    岩瀬:社会人になってからの学びって、義務教育ではないので、人それぞれだなと思っています。たまにジムに行くと、隣で毎日来ている年配の女性が、すごく重たいウエイトを挙げていたりします。それを見て、ちょっとげんなりしてしまいます。自分より全然重たいものを挙げている。でも、それは関係がないことなわけです。その人よりも重いものを上げるのが目的ではなくて、昨日の自分よりも強くなっていることが目的なのですから。そういう意味では社会人になってからの学びって、それぞれ出発点も違うし、目指すところも違う。まさに、自分次第なのですよね。
     実際、ハーバードのビジネススクールには、一番上は35歳のお医者さんがいて、一番下は21歳の大学生がいました。当然、教育という概念で、一律で与えられるものではない。自分から気づいて学び取らないといけない。まさに、気づきだなと思いました。
    伊藤:確かに、大人になってからの学びというのは、義務教育はもちろん、大学までと違って、同じものを画一的に与えられるということではなく、自分で意識して選びとっていくというイメージだね。自分で意識して、その選び取ったものを自分のものにしていく、平たく言えば、主体性、自分の心構えや気構えがすごく重要になってくるよね。黙っていれば、シャワーのように振ってきて与えられるものではない。情報や機会は豊富に与えられても、自分でつかみに行くかどうかで大きな差ができてしまう。何をつかむかも、皆それぞれ違う。だから人と比べないというのが1つ重要なことだね。
    岩瀬:学ぶ力とでもいうものがすごく問われる気がしています。学ぶ力が強い人が一番成長する。そういう意味では、僕、本当に元を取った2年間でした。最近の日本人の中で一番元を取った人間だとすら思いますね。そこでいろいろ気づかされて、本も書いたし、会社も作ったわけですよ。さらに言えば、留学中に子どももできたのです。裏事情でも、しっかり元を取ったわけです。まあ、とにかく生産的でしたね。
    伊藤:しかも最優秀の成績で修了した。そうなると、一流の米国企業から引く手あまただったと思う。そのままアメリカで、高い報酬を得ながら活躍できたと思う。しかし、日本に帰ってきた。迷いはなかった?
    岩瀬:ベンチャースピリッツにたくさん触れて、自分のプリンシプルも見つめ直して、授業でもベンチャー企業関連のものをたくさん選択して受けました。だから当然、いつか、ベンチャー企業を作りたいと思いました。
     ただ、アイデアがなかった。

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    自分にしかできないキャリアを追い求める

    そんな生き方をすべきじゃないか

    岩瀬:しばらくは、また働こうと思ったのですね。そうなると、日本とアメリカとどちらで働くのがいいか、なのですが、最初は「アメリカで働きたい」と宣言したのです。すると皆が、「なぜアジアに戻らないのか」と言うのですよ。「だって、今はアジアが熱いじゃないか」と言うわけです。
     それで気づいたのですね。
    伊藤:ほう、何に気づいたのかな。
    岩瀬:つまり、アメリカをメジャーリーグと考えている自分です。日本はマイナーリーグなのです。でも、ビジネスの世界では決してそんなことはない。だったら、ホームグラウンドで、成功確率の高い日本で働くほうがいいだろうと思ったのですね。
     もう1つは、MBAで学級委員長もやって、成績も優秀で、インターンも少し経験していたので、気が済んでいたところもありました。それで日本に帰ろうと思いました。ご飯もおいしいし、安全だし、快適なのですよね。
     アメリカの生活は、やはりストレスフルな部分はありました。
    伊藤:確かに、向こうでの生活は、常に緊張を強いられるね。
    岩瀬:そう、常に戦ってないと負けるというか、たとえばクレジットカードの明細も毎回しっかり確認しないと、平気で知らない支出が記録されていたりするわけです。アパートで何か故障しても、修理をする人はなかなか来てくれない。その意味では日本は安心して暮らせるわけです。
    伊藤:それからまた人の出会いがある?
    岩瀬:はい。帰国する際には、いったん、リップルウッドに戻ろうと思って、元の上司に帰国の報告にまで行ったのですが、その時に、別の先輩からある人を紹介されたのです。「君に会いたいという人がいる。おもしろい人だから会ってみたら?」と言うのです。それで、会うだけ会おうと思って、出かけていったのです。
     2006年の1月のことです。溜池山王の交差点にある古いオフィスビルでその人と会いました。あすかアセットマネジメントのCEOの谷家衛さんです。ソロモン・ブラザーズ証券で天才トレーダーといわれた著名な投資家です。
     ただ、初めて会ったときの印象は違いました。正直、普通のサラリーマンの体だったのです。しかし、その人懐っこさと、好奇心旺盛な目に、一目惚れでした。
     結局、その方とライフネット生命誕生のパートナーになるのです。いろいろと印象に残ることがありますが、一番はとにかく口説かれたことですね。
     彼は、僕が書いていたブログをずっと読んでくれていて、かつ前職の同僚にもリサーチをしてくれていたのです。それで、僕はバランス感覚がいいから、ベンチャーをやれば絶対に成功する。だから、応援したいと言うのです。
     最初、僕は偉そうにもその申し出を断りました。
    「いま、複数の投資ファンドから条件のいいオファーをもらっています。前職からも戻ってきてほしいといわれています。ヴァイス・プレジデントの肩書きが約束されているのです」
     なので、一度ファンドに戻って、勉強をして、お金を貯めて、かつ人脈も作って、それからベンチャーをやろうと思うと言いました。
     すると、彼が言うのです。
    「これだから東大生はダメなんだ」って。「君はもう死ぬほど勉強しただろう。もう勉強なんかいらない。ハーバードのビジネススクールまで留学したのに、まだ投資ファンドだとか、ヴァイス・プレジデントだとかと言っているのか。もうこれ以上、どんな学歴も肩書きもいらないだろう。ブランドだとか、世間体で自分の進路や人生を決めるのはもう止めなよ」とズバッと言われました。
     それで、その後に言われた言葉が一番衝撃的でした。
    「人生は一回きりしかない。せっかく君というユニークな個性とエッジの効いた人間が生きているのだから、そんな自分にしかできない、他の誰も真似のできないキャリアを追い求める、そんな生き方をすべきじゃないか」と言われたのです。
     まさに、そうしたいと思っていたことですよね。子どもの頃には皆、得手不得手があって、好き嫌いもあるのに、だんだんと成長していくに従って、均一化してしまう。それじゃあ、人生は確かにおもしろくないわけです。どこかで安全な方向に進んでいたのですね。その言葉で、そうした邪念が払われました。
    伊藤:そして、その人に惚れた?
    岩瀬:そうですね。すごく素敵な人でした。定かな理由もなく、この人とやりたいと思いました。逆に質問したのです。あなたは将来、何をやりたいのですかと。
     そうしたら、ベンチャー投資はずっとやっていきたい。若い人に投資をして、成長していくのを観るのはすごく楽しいというのですね。
     もう1つは学校を作りたいって言っていましたね。そこにもかなり感動しました。そうか、学校かってね。
     それは、実際にこの夏オープンします。インターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢。各分野で次世代をリードしていける子どもたちの育成を目指す、少人数制の全寮制インターナショナルスクールです。アジア中から奨学金を出して将来のリーダー候補を集めて、育てるのです。代表理事は小林りんという女性で、僕が紹介しました。少し、彼の夢の実現にお役に立てたわけです。
    伊藤:素晴らしい出会いがあって、目標が定まった。
    岩瀬:ところが、その時点で何をやるかが決まっていないのです。ただ、ただ、この人とやりたいという思いでした。

    気にすべきリスクなんてないし、
    何をやるかより、誰とやるかのほうが大事

    伊藤:そういう話をすると、よくリスクについて気にする人がいるよね。
    岩瀬:そうですね。若い人にこういう話をすると、その質問はよく出ます。「リスクについて考えなかったのですか? 僕だったら考えちゃいます」と言うのですよ。
     よく聞き返すのですが、「君にそんなに貯金があるの? 他に失うものがあるの?」ってね。
     僕も少しはリスクについて考えました。でもないのですよ、リスクなんか。今であれば、レプテーション・リスクという信用問題が少しあるかもしれませんが、少なくとも当時の僕にはチャンスでこそあれ、失うものなんかなかった。
     数年頑張って、たとえうまく行かなくても、その時点でまだ就職はできるだろう。出戻りになって、ちょっと格好悪いとか、ダサいといった感覚はあるだろう。同期に3周くらい遅れを取るかもしれない。給料もベストはもらえなくて、7掛けかもしれない、とかね。そうやっていろいろ考えて、気づきました。突き詰めれば、リスクは格好が悪くなるかもしれないというだけだなと。そう思った瞬間に、すごく自由になれました。何でもできると思いました。
     確かに、住宅ローンが何十年も残っていて、子どももいて学費が掛かるとなると、それはリスクかもしれない。でも、そうでなければ、皆、若い人はすぐにリスクがあるというけど、何もないとわかったわけです。
    伊藤:まさに、そこだね。ほとんど自分の思い込みなんだよね。周りの目を気にしているだけで、後はほとんど、自分の中で勝手に作り上げたリスクなんだ。だから、リスクの中身をちゃんと考えて、分析してみて、「リスクって何なのだろう?」と、自分に問いかけ直してみる。そうやって自分を客観視してみると、実は大したリスクなんてないね。自分の考え方、気の持ちよう次第でそれはリスクではなくなるよね、ということに気づく。
     ただ、何をするかが決まっていない? そこはどうなったの?
    岩瀬:君にビジネスプランがあるならば、それを応援しよう。ないのであれば、僕の考えているアイデアがいくつかあるから、それを一緒にやろう」と言われたのです。そして、その1つが保険だったのです。
    伊藤:そうか。自分発ではなかった。うまく流されるというか、チャンスをつかみ取ってきたのだね。
    岩瀬:それは言えるかもしれないですね。自分の人生というか、キャリアを振り返ると、ここは僕にとってすごく大事なポイントなのですが、いつも、何をやるかではなく、誰とやるかで、道を選んできたのです。コンサルタントを選んだのもそうでした。何をやっているのかすらわかっていなかったのですが、この人たちと働きたいと思ったのです。
    伊藤:1つの大切な基準だね。ロールモデルであり、自分がどういう場所で楽しく働けているかというイメージを優先しているのだね。
    岩瀬:共通する要素が3つあるなと思っています。
     1つは、今言ったように、何をやるかよりも、誰とやるか。もう1つは自分にしかできない何かに挑戦したい。3つ目は社会に足跡を残したいなと思っている。自分が生きた足跡みたいなもの、証のようなものですね。本を書けて嬉しいなとも思っています。ずっと残るじゃないですか。たとえば会社を作って、上場して安定したら、それもずっと残るものを作れたということになるわけです。
     考えてみれば、その3つが僕の価値判断の基準ですね。
    伊藤:誰かに教わって、あるいは押し付けられたことではなくて、自分でいろいろその場その場で一所懸命やってきたことを後から振り返ってみると、こういうふうに整理ができますねということだよね。言ってみれば自分の中からわき上げってきたものを、あえて言葉にするとこういうことになるということだね。
    岩瀬:1つ目は、言ってみれば自分の趣味というか、性格ですね。人が好きだから、好きな人と一緒に時間を過ごしたいという気持ちです。というのも、世界観として見れば、仕事ってどれもあまり変わらないなと思っているのです。たとえば新日鉄に就職する人が皆、鉄が好きで就職しているわけではないと思います。もちろん、教師であるとか、音楽関係やアパレル関係、あるいはマスコミなどに就職する人は、その職業が好きなのだと思いますけど、多くの文系サラリーマンは仕事の中身で何をやるかはあまり変わらないと思うのです。多少の語弊はあるにしても、僕はそう思います。だから、むしろ誰とやるかのほうが大切なのです。
     2つ目の、自分にしかできないことと言うのは、先にも言ったように、イギリスでの経験がベースにあるのだと思います。最後はよくわからないけど、何か、そうありたいなという願いですね。

    偶然の中にも必然がある。
    常に点と線がつながっていることが後からわかるもの

    伊藤:保険というのも、何ではなく、誰とやるかだったわけですね。
    岩瀬:そうです。ただ、後付で考えればそこに結びつく点と線はあるのですね。1つは、プリンシプルとか、ハーバードで学んできて、目から鱗が落ちた状況の中では、たとえばソーシャルゲームの会社はイメージとして出てこない。生命保険に限るわけではありませんが、これはしっくりいくわけです。
     それに、考えてみれば保険というのは、法律と数学なのですよね。確率統計でどういう事象が発生したらいくら払う。それに、金融商品は全部そうですけれども、こうなったら払う、この場合は払わないという約束なのです。だから保険を詰めていくと、保険法、商法、民法など法律の世界ですし、僕も、先生もそうだと思いますが、高校のときには数学好きだったわけですよ。だから保険は、実は私には向いている商品であるわけです。
     加えて保険会社というのは、株式をたくさん保有して、ファンドとして機能しています。投資会社ですよね。私たちの規模ではまだまだですが、将来的には、そうした仕事もできるはずです。そうなれば、また1つ過去の経験がつながるわけです。
    伊藤:なるほど、考えてみれば、必然とすら思えてくる進路なわけだ。
    岩瀬:昔のドットコムベンチャーのような、ネットベンチャーよりも、地に足がついている感じがして、社会のためになるから、自分の趣味趣向にも向いているし、それによって社会からの信頼も得られる。たまたまだったのですけど、保険でよかったと思っています。
    伊藤:一見すれば、偶然の積み重ねのようだけど、実は必然のつながりがあるということなんだね。
    岩瀬:そう思います。皆、つながっている。決して飛び地ではないのです。だから、決断する際も迷いがない。その時はなぜかわからないのだけど、しっくりくる。その理由は後からわかるわけです。

    *次週に続く




    粋に生きる

    4月の主任:「玉川奈々福」

    このコーナーでは、芸人、職人、アーティストの世界の住人にご登場いただきます。プロとして生き、極める心構えと葛藤などにつきお聞きするとともに、それぞれが極めようとしている世界について語っていただく。そんなコーナーです。
    今月ご登場いただいているのは、玉川奈々福さん。次代を担う浪曲師です。編集者出身。そうした経歴がためか、自身の会を中心にさまざまな公演をプロデュース。それまでの常識を覆して珠玉の新作も創り披露しています。曲師、沢村豊子師との舞台上での掛け合いは、他に例を見ない圧倒的な迫力で観客に迫り、情緒とペーソス、時に笑いに包まれた物語を紡ぎだす。おもしろい浪曲、今に生きる登場人物の価値、そして客を惹きつける演出で浪曲が変わった!

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    第3回 奈々福流の浪曲の真髄は、目線と登場人物にあり

    視線はあくまでも低く
    元気で明るい浪曲が身上

     玉川奈々福の浪曲は独特だ。明るく、元気で、観客を惹きつける。いわゆる浪曲、浪花節とは大きく違う。

    「私は、おもしろい浪曲でありたいと思っています。これは、私が思う、私がやるべき浪曲の話であって、浪曲がどういう芸であるか、どうあるべきかという本質論とは別の話です」

    「どういうことかと言うと、昔から本質論で言って素晴らしい浪曲はたくさんあります。しかし、今、目の前の、あるいはまだ目の前に来ていないお客さんに楽しんでもらうという前提がなければ、芸は生き残っていかないし、自分の存在価値もないと思っています」

    「芸というのは、ある種のコミュニケーションです。独りよがりであっていいものではありません。だから私は、視線の高い浪曲ではなくて、低い浪曲でありたい。文字どおり、舞台に立って、上の方を向いてやるのではなくて、あくまでもお客さんをぐっ、ぐっ、ぐっと見る。極端に言えば、目の前のお客さんが1000人であろうと、30人であろうと、お客さん全員が私と目があったと錯覚するような芸をやっていきたいのです」

     舞台の上で立って行う芸だ。浪曲師の前にはテーブル掛けのかかった演台がある。その向こうで羽織袴や和服姿で立ち、唸る。それでも、舞台の上と下ではなく、できるだけ同じアイレベルで演じる。そうすることで、観客一人ひとりを惹きこむことができる。確かに、奈々福さんの芸はそうした芸だ。若い娘、剣客、渡世人、さまざまな人間が出てきて、悲喜こもごもの物語が進んでいく。情景が目に浮かび、それぞれの登場人物が、確かにそこにいなければ始まらない。

     
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