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外はすっかり赤くなっていた。
貧乏な画家には、きっとうってつけの風景だろう。もっとも、絵の具費用を優先して考える画家の展覧会なんて、たとえそれが初恋の相手だって行く気はしないけどさ。
『呪いのビデオ』とやらを鑑賞し終わった後、山岸はわざわざマンションの入り口まで僕を見送りに来てくれた。貴重な時間を犠牲にしてまで自分に付き合ってくれた友人への心遣いか、あるいはちょっとでも長く僕の様子を伺いたかったのか。遺憾ながらヤツの表情は、前者の可能性が限りなく少ないということを如実に示していたけどな。
「なぁ、ザキ。結局、おまえはアレを見てどう思ったんだよ?」
自分の望んでいたリアクションを引き出せなかった悔しさからか、山岸はしつこいくらいに同じ質問を繰り返した。
「だからさ、何も思わなかったって言ってるだろ」
「いや、でも、少しくらいは何か感じるものがあったはずだぜ」
あくまでも食い下がる彼に対して、
「そうだな……まぁ、しいていえば、夢があっていいんじゃないか」
しぶしぶ答える僕であった。「だって、あの映像が本物ならば、人間は肉体が滅びた後でも存在できるってことだろ。なんだか、将来に希望が持てるよ」
残念ながら、そういうことはミジンコたりとも信じていないけどね。
僕が軽く手を上げてその場を去ろうとした時、最後に山岸はこう声を掛けてきた。
「気をつけろよ、ザキ」
気をつけろ、だって? 一体何にだよ? 幽霊に、ってことかい? その場合、どうやって気をつければいいんだ? 『どうか、出てこないで下さい』って心で念じればいいのかね? そんな想い、テカテカしていてカサカサと動き回る黒い昆虫にだって通じた覚えがないんだが。
……それから約三十分後。少し離れた場所から、改めて古代エジプトのファラオの名前が付けられた建物を観察している僕がいた。そう、ついさっきまでテレビ画面を通して見ていた、例の建物である。
なるほど、確かに不気味といえば不気味だ。蔦こそ絡まっていないものの、幽霊が出たって違和感はないくらいには寂れている。約半年前、具体的に言えば今年の三月に初めて足を踏み入れた時は、大して何も感じなかったけどさ。だってほら、これから始まる大学生活、アンド初めての一人暮らしとくれば、かなりのことは目が瞑れる状況になるってもんだろ。
そういえば、いくら周囲にかなり自然味を残した土地とはいえ、大学までなかなか近い割にはやけに家賃が安すぎたような気はする。そういえば、部屋を紹介してくれた業者の人間が、やけに契約を急いでいたような気がする。そういえば、家主の髪型がやけに不自然だったような気がする。
だけど、そのような疑問点は例えるならば『一般相対性理論』みたいなものなんだろうさ。つまり、僕が説明できないだけで、どこかの誰かさんなら簡単に説明できるようなことなのだろう。世の中ってそういうものなんだ、たぶん。
部屋に戻った僕は、改めて自分が住む空間を見回しながら大きな溜息を漏らした。さっきまでお邪魔していた山岸の部屋と比べて、なんと貧相なことだろうか。かろうじて風呂とトイレは別になっているものの、居間とキッチンと寝室は合理的にも全て一つの部屋が兼任しているし、その部屋自体が十二畳くらいしかない。天は人の上に人は作らないかもしれないけど、人の下に人は作るみたいだな。思わず福沢諭吉先生を睨み付けたくなったものの、あいにく僕の財布に彼は存在していないと来たもんだ。野口先生を睨んだって病気になるのがオチだろうしね。
無意味すぎるストレス解消法を断念した僕は、まずいとは言い切れないコンビニ弁当を食べながら、面白くないとは言い切れないバラエティ番組を見て時間を過ごした。
そして、寝た。
大学生の本分は勉強することなのかもしれないが、人間の本分は寝ることなのさ。
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