マル激!メールマガジン 2017年2月8日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/
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マル激トーク・オン・ディマンド 第826回(2017年2月4日)
裁判所がおかしな判決を連発する本当の理由
ゲスト:瀬木比呂志氏(元裁判官・明治大学法科大学院教授)
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 これまでマル激では数多くの裁判を扱ってきた。以前から首を傾げたくなるような不可解な判決は少なからずあったが、ここに来て特におかしな判決が多くなっているようだ。今、裁判所に何が起きているのか。
 元エリート裁判官の瀬木比呂志氏は、裁判官の政治へのおもねりや自身の保身を優先する裁判官の基本的な習性は以前から大きくは変わっていないが、特に近年は裁判官の劣化が激しくなっているという。
 劣化が露骨に顕れるのが、日米安保や原発のような国策を巡る裁判だ。こうした裁判では裁判所はよほどのことが無い限り国側に有利な判決を出すのが常だが、最近はそれを正当化する判決文すらまともに書けなくなっている。先の辺野古の埋め立て承認を巡り国と沖縄県の間で争われた行政訴訟でも、裁判所は沖縄県側の主張には見向きもせずに一方的に国側勝訴の判決を書いているが、その論理はあまりにもお粗末だ。以前であれば国側に勝たせるために必死でその理屈を考えたものだが、今やその能力も気概も失われてしまったように見える。
 原発判決にしても、裁判官にとっては原発の稼働を止めたり、原発政策に転換を迫ることにつながる判決を書くことが禁忌とされていることは不変なので、ほとんどが最初に結論ありきの判決になるが、そこには未曾有の原発事故などなかったかのような文言が平然と並ぶ。稀に原発を止める判決を書いた勇気ある裁判官は、相変わらず左遷されたり冷遇されるなど、大勢に従わない裁判官に対する人事面での報復もいまだに健在だ。
 裁判所の劣化の根底には、現行制度の下では裁判所に対して外部からのチェックが一切入らない仕組みになっているという問題がある。そのため裁判官たちは自分たちだけで小さな村を形成し、その中の特異な掟に沿った判断しかできなくなっている。
 とは言え、裁判所は司法の中心にあり、司法は国の根幹を成す。司法の健全化なくして、国の民主主義は正常に機能しない。裁判所に何が起きているのか。裁判所を適切に機能するために何ができるのかなどを、元裁判官の瀬木氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が考えた。

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今週の論点
・“権力補完機構”になった裁判所
・異常な判決が出る理由はどこにあるのか
・辺野古埋め立て訴訟にみる、“統治と支配の担い手”としての司法
・権力と一体化する司法への処方箋
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■“権力補完機構”になった裁判所

神保: 今回は司法について、個別の話ではなく大きな話として捉えたいと思います。裁判所が一番悪い、というのが自説です。もちろん、人質手法の例を見ても、検察や警察は悪い。ただ、令状を出しているのも、拷問まがいの取り調べによって出てきた調書をそのまま認めているのも裁判所です。しかし、その責任はほとんど追及されない。それが非常に不満だったので、このテーマを選びました。

宮台: 誤解されないように、神保さんがおっしゃっているのは、こういうことだと理解しています。つまり、基本的に社会は“いいとこ取り”はできず、法実務の世界においても、裁判所の数や検察官の数、検察の行政的な営みの全体、検察官と政治、官房長官のかかわりなど、すべてが噛み合っているなかで、どこか一部分を変えることはなかなかできない。だから、裁判所がイニシアティブを取って、全体の配置を変えていく必要があると。そして、そういう全体性に目を配るような立場は、やはり裁判所だろうとおっしゃっている。

神保: 裁判所とメディアですよね。

宮台: そういう役割を果たしてくれていないというのは、何なんだと。

神保: その理由が「それならしょうがないな」というようなものではなかったりすると思うので、問題にしたいと思いました。われわれが扱ってきた判決だけでも変なものがたくさんあり、明らかに怠慢をやっている。沖縄の埋め立て取り消しもそうだし、美濃加茂の高裁判決もそうです。後者は市長が再選されたのはよかったけれど、最高裁で有罪が確定すれば、その瞬間に失職しますから、予断を許しません。そして、個別の問題の上に、もう少し構造的な問題があるのではないかと。
 ゲストは3年前にもご登場いただきました、元裁判官で明治大学法科大学院教授の瀬木比呂志さんです。『絶望の裁判所』(講談社)という本をお出しになったあと、「誰も知らない裁判所の悲しい実態」と題してお話を伺いました。そして去年の10月に『黒い巨塔 最高裁判所』(講談社)を出されましたが、これはなんと小説です。最高裁の闇が、小説としてドラマチックに書かれている。実例もたくさんお持ちなのに、あえて小説という形を取られたのはなぜでしょうか。

瀬木: 小説が好きで実際に書いたことがあった、というのがひとつ。もうひとつは、二冊の新書は客観的な事実、推論ということで、縛りがかなり強かった。そうすると、裁判所の実際の雰囲気や最高裁の権力構造というものが描けないんです。また、本書では原発訴訟が大きなテーマになっていますが、これも戦後日本の負の遺産がすべて集約して出てきたもので、日本的な権力構造の問題、戦後の歴史、政治の問題、あるいはそれを担ったエリートたちの問題まで、フィクションならリアルに書くことができると考えました。

神保: ノンフィクションではなく、小説だからこそリアルなことが書けたと。