マル激!メールマガジン 2017年11月22日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/
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マル激トーク・オン・ディマンド 第867回(2017年11月18日)
トランプのアジア歴訪に見るパクス・アメリカーナの終焉
ゲスト:渡辺靖氏(慶應義塾大学教授)
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 「パクス・アメリカーナ」が、いよいよ終焉を迎えつつあるようだ。しかし、そこに一帯一路を掲げて台頭する習近平の中国は、一体どのようなオルタナティブな価値を提示しようとしているのだろうか。
 先のトランプ大統領の初来日では、植民地と宗主国の関係を彷彿とさせるような日本の異様なまでの歓待ぶりが目立ったが、実はあの時、大統領は日本を皮切りに12日間にわたりアジア諸国を歴訪していた。トランプにとっては大統領就任以来最長の外国歴訪であり、最大の外交舞台だった。しかも、その中には今や世界の2大覇権国となりつつある米中の首脳外交も含まれており、世界はトランプ外交の行方とともに、米中関係の変化が今後の世界秩序にどのような影響を及ぼすかを固唾をのんで注目していた。
 しかし、結論から言えば、外交の舞台に出ても、はるばるアジアまでやってきても、やっぱりトランプはトランプだった。トランプ大統領は超大国アメリカの国家元首として、行く先々で盛大な歓迎を受けたが、その一方で、アメリカ側から今後国際社会の中でどのような役割を果たしていく用意があるかについての意志表明は、ほぼ皆無だった。また、トランプは安全保障やその他のデリケートな外交問題も、ほぼ例外なくビジネスディール(取引)の感覚で受け止めていることを隠そうともしなかった。
 これは選挙戦当初からアメリカ第一主義を掲げ、全てをディール(取引)と位置付けてきた不動産王のトランプとしては、至極当然のスタンスだったのかもしれない。
 しかし、アジア諸国を歴訪中に、例えば中国やフィリッピンでは人権の問題に全く触れず、行く先々でどれだけのビジネス取引を成立させたかばかりを勝ち誇るトランプの姿からは、アメリカという国がもはや自由主義陣営の盟主の座はおろか、その普遍的な価値を守っていく気概さえも失ってしまったことを感じ取らずにはいられない。
 一方の中国は、これまでアメリカを始めとする欧米の自由主義陣営の国々から、民主主義や人権の分野での遅れを常に指摘されてきた。しかし、今回、アメリカからそのような問題提起がなかったことに加え、むしろ欧米諸国の政治が軒並み機能不全に陥っている様を横目に、民主主義に対する懐疑的な考え方にむしろ自信を深めているようだ。
 ちょうど共産党大会とトランプ訪中のタイミングに1か月あまり北京大学に滞在していた慶応大学の渡辺靖教授は、中国の共産党エリートのみならず、中間層の間にも、欧米が主張するような民主主義に対する懐疑的な見方が広がっているとの印象を受けたと語る。それは現在の中国の共産党による支配体制に対する自信にもつながり、中国には中国の独自の国家モデルがあり、何も欧米のモデルを真似する必要はないじゃないかという風潮が強まっていると渡辺氏は言う。
 古くはローマ帝国から、元、オスマントルコ、大英帝国等々、これまで世界には覇権を握る超大国が一つ存在し、その国を中心に国際秩序が形成されてきた。として、少なくとも20世紀以降は、自由、人権、民主主義などの普遍的価値をベースに圧倒的な経済力と軍事力でアメリカが世界の覇権を握ってきた。
 アメリカは経済規模や軍事力では依然として世界で群を抜く超大国だが、一方で、そのモラルオーソリティ(道義的権威)はトランプ政権の発足以後、大きく傷ついている。このアジア歴訪でそれがいよいよ決定的になったとの見方もある。これは、1世紀ぶりに世界が新たな秩序の模索を始めたことを意味するが、その中で中国がどのような役割は果たすようになるのかは、依然として未知数だ。
 また、そうした新たな世界秩序の下で、日本の唯一の外交戦略は今のところ「何があってもアメリカについていく」以上のものが見えてこないが、それで本当にいいのか、そこにどんなリスクが潜んでいるのかも気になる。
 希代のアメリカウオッチャーとして知られる渡辺氏の目に、トランプを迎える中国はどう映ったのか。アメリカが覇権を失った世界の秩序は、どう推移していくのか。中国から帰国したばかりの渡辺氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・カリスマ化する習近平と、トランプ訪中に対する“勝利”
・民主主義の限界 規範性の高い指導者はどこから生まれるか
・トランプ政権で後退した、“覇権国”としてのアメリカ
・トランプ全面歓迎の日本への評価は?
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■カリスマ化する習近平と、トランプ訪中に対する“勝利”

神保: 先々週、トランプさんが来日しましたが、今回は政権誕生後、最も大型の海外歴訪でした。日本にとってどういう意味があるのか、ということは当然考えなければなりませんが、今回は何と言っても中国に行き、国賓級の扱いを受けている。世界が米中というG2の時代に入ったなかで、アメリカが中国、アジアとどう向き合うのか、ということを占う上で、世界的に重要な外交イベントだったのではないかと思います。

宮台: まず、アジアはヨーロッパと違って、中国以外の国はアメリカと国力の差から常識的に考えて、面従腹背しかないですよね。しかし日本は、面従腹背できているのかと考えると、「面従服従」じゃないのかという疑惑がある(笑)。またそれとの兼ね合いで、首脳同士の会談の時間を始めとして、トランプの日本と中国に対する扱いに、ずいぶん大きな差があるなと。中国と日本の国力の差は随分開いていて、少なくともアメリカから見ると「そういうこと」なんだな、ということですね。その2つがすごく印象づけられました。

神保: 今回は、いつもこの番組に出演していただいている慶應大学の渡辺靖さんが、実はトランプさんの訪中期間も含めて、長期で北京大学の方に行かれていたということで、そのときの中国の感じや、アメリカの専門家が現地で見た中国とは、ということをぜひ伺いたいと思い、ゲストにおいでいただきました。
最初に、特にトランプさんが来ているときの北京の偉い方々、そして街の感じは、一言でいうとどんな感じだったんですか?

渡辺: 街を歩いている分には、「本当に今日、アメリカの大統領が来ているのか?」と疑問に思うくらい、普通の日常が繰り広げられていました。中国にいて強く思ったのは、国力に対する自信というものが、この数年と比べてもずいぶん強くなってきたな、ということです。その背景にあるのは、まず、西側の民主主義が決してうまくいっていないじゃないかということです。あるコメンテーターの方が言っていましたが、民主主義社会というのはまさに資本主義と同じで、目先の短期的な利益ばかりを求めなければならないんだと。つまり、選挙に勝たなければいけない。だから迎合的なことばかりを言って、大きな決断が下せない。それと比べると、共産党というのは非常に長期的に、20年、30年というスパンで戦略を練れると。中国のようなシステムにはこれが向いているんだ、というようなロジックが、いろんなところから聞かれました。
それからもうひとつは、トランプ大統領になってから、アメリカというものが国際社会から身を引いていると。だから今後秩序を担っていくのは中国だという気概みたいなものがひしひしと伝わってきました。

神保: 外交面、ロシアゲートの細かい話などをウォッチしていると、トランプさんには相当ヤバいところがあるわけですが、日本ではあまり認識が広がっていないように思います。中国はトランプ、あるいは彼を選んだアメリカをどういう認識で見ているのでしょうか?

渡辺: 一般の人たちはあまり興味がないですね。ただ、政治のプロの世界になっていくほど、かなり細かくアメリカの動きをフォローしていて、いまのトランプ大統領の言動が中国にどういうインパクトをもたらすのか、本当に任期をまっとうできるのか、できなかった場合にはどういうシナリオを用意しておけばいいのか、というあたりを冷静に見ている感じはしました。