マル激!メールマガジン 2018年3月28日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド 第885回(2018年3月24日)
なぜ官僚はそこまでやるのか
ゲスト:中野雅至氏(元厚労省官僚・神戸学院大学教授)
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森友学園問題が、ここに来て官僚制度、ひいては日本の民主主義の根幹を揺るがす重大な事態に発展している。財務省が決裁後に改竄された嘘の文書を国会に提出していたことが明らかになったからだ。当時の責任者だった財務官僚の証人喚問が予定され、麻生財務相の辞任も時間の問題と見られるなど、大政局の様相を呈し始めている。
しかし、それにしても、当初は大阪の一学校法人に対する国有地の不透明な廉売問題だったはずのこの問題がなぜ、ここまで大きな政治問題となってしまったのか。その根本原因は、森友学園に対する明らかに特例的な国有地の払い下げについて、政府が明確な説明ができなかったところにある。
安倍首相夫人が建設予定の小学校の名誉校長を務めていることを知った官僚が、独自の判断で特例的な割引を行ったとする「忖度説」が取り沙汰されることが多いが、実際に首相サイドから何らかの打診が行われていた可能性も否定できない。官邸で首相夫人付の職にあった経産省の谷査恵子氏と森友学園の籠池泰典理事長、財務省理財局との間で土地の払い下げの条件を巡るファックスのやりとりがあったことまでは明らかになっているからだ。
誰かが勝手に忖度したのであれば、誰がどの段階で何のために忖度をしたのかを明らかにすればいいだけの話だ。また、実際に何らかの指示や口利きがあったのであれば、それを究明すればいい。しかし、安倍首相は関与がなかったと言い張るだけで、政府として調査をしようとしないため、いつまで経っても疑惑は疑惑のまま燻り続けてしまうのだ。
結局、事の真相は今後の国会の証人喚問や検察の捜査を通じて明らかになることを期待するしかない。しかし、いずれのシナリオにおいても、一つ大きな疑問が残る。それは、なぜ天下のエリート官僚たちが、不正を働いてまで不正な土地取引に手を貸し、嘘の証言を行い、挙げ句の果てにそれを糊塗するために文書の改竄まで行ってしまうのかということだ。
一般的には内閣人事局制度などで政権に人事を握られたことで、官僚、特に幹部官僚たちは官邸の意向には逆らえなくなっていると指摘されることが多い。そのような要素が多少なりともあったことは否定できないだろう。
しかし、元厚生労働省の官僚で、その後大学教授に転身して官僚制度に関する研究を続けている神戸学院大学の中野雅至教授は、内閣人事局制度が導入される以前から、「いかに政治にうまく胡麻をするか」が官僚に求められる基本的な能力だったと指摘する。もっとも、かつて官僚が政治に胡麻をするのは「省益」のためだったが、内閣人事局制度などが導入され、政治の優位性が顕著になってからは、省益を度外視してでも政治の意向に従わざるを得なくなっていると、中野氏は言う。最近の官僚の国会答弁についても中野氏は、「官僚に余裕がなくなっている。昔はもっとしたたかに処理していた。省益にこだわっている場合ではなくなっているのだろう」と見る。
古くはロッキード事件やリクルート事件に端を発する「政治とカネ」の問題や、大蔵省ノーパンしゃぶしゃぶスキャンダルなどを経る中で、われわれは「政治家個人から政党へ」そして「官僚から首相官邸へ」と、意図的に権力をシフトさせてきた。官僚機構や党や党の族議員の間に分散していた莫大な権力を、何年もかけて首相官邸に集中させてきたのが過去30年の日本の政治の歴史だった。
その流れの中で官僚の立場や行動原理も大きく変わった。森友事件で財務官僚が取った一連の行動の中には、正義感や使命感といった倫理観はもとより、国家観や省益を守ろうとする意思すら感じ取れない。名門大学を卒業し、優秀な成績で国家公務員の職に就いた官僚たちが、その能力を政治への忖度や胡麻すりのためにすり減らしているとすれば、何とも勿体ない。少なくとも現在の官僚制度のあり方が国益に資するものになっているとは、とても言えないのではないだろうか。
森友問題で露わになった官僚の不可解な行動の背景について、自身が官僚出身の中野氏に、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の西田亮介が聞いた。
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今週の論点
・政官融合の文化が生んだ、“忖度のための忖度”
・チェックアンドバランスが機能しない、メディアも含めた問題
・開き直って開示できない、官僚のサラリーマン的メンタリティ
・政治主導は本当に失敗だったのか
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■政官融合の文化が生んだ、“忖度のための忖度”
神保: 宮台さんが今ごろアジアの南方を優雅に航行中ということで、今週は西田亮介さんにお越しいただきました。マル激は政治ばかりを取り上げているわけではないのですが、ここ数年、数十年のなかでかなり異例の事態になってきました。証人喚問自体はたまにありましたが、役所がここまでゆらぎ、政権もどうなるかという状況で、今年以降の政策的な課題は憲法改正かと言われていたのに、それも危うくなっている。
西田: すべて吹っ飛んでしまった印象はありますね。憲法改正もさることながら、働き方改革もデータに疑義があると言われていますから、後ほど議論になるのではと思います。
神保: 朝日のスクープで、いよいよ弾けたという感じです。
西田: 1年間、朝日と野党は森友学園の疑惑を引っ張りましたからね。インターネットなどを見ると、「こんなことはさっさと流してしまって、国会で取り上げるべき案件はほかにあるだろう」という議論があった。しかし、フタを開けてみると、われわれの統治機構が行っている手続きはまったく信用できず、コスト換算が困難なレジティマシーの危機が眼前に広がっている、という状況が明らかになった。その意味では、朝日は読者や世の中の受け止められ方からするとかなりハンデを背負いながら、がんばったと思います。
神保: しぶとくやってきたことが、ここにきて開花したという感じですね。証拠がつかめなければ、数ある不正のひとつで、国会でそこまでやることか、という人はいたでしょう。しかし、潜在的に民主主義の根幹にかかわる問題であるという可能性を秘めていた。もちろん、情報の出どころも含めてしっかりと見ていかなければなりません。
さて、今回のゲストは、元厚生労働省の官僚で神戸学院大学の中野雅至さんです。2010年に「脱・脱官僚のすすめ」というテーマでご出演いただきました。まだ民主党政権の時期で、脱官僚という話がしきりに出ていたところで、中野さんには「それすらも卒業しなければいけない」と話をしていただいた。中野さんはずっと「政治主導は失敗する」と言われていましたが、今回の件を総論的に見るとどうでしょうか。
中野: 日本の90年代以降の行財政改革、政治改革は、イギリスがモデルでした。つまり、左右の2つの政党があり、定期的に政権交代が起きる。それが大前提になっており、また、イギリスは政官分離モデルで、日本のように官僚出身者が政治家になることは決してない。不文律の分け方があり、接触もしません。民主党が行き詰まったのは、日本には文化として、完全に政官融合モデルが根付いていて、これが抜けきれなかったためでしょう。