マル激!メールマガジン 2019年2月27日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド第933回(2019年2月23日)
生まれてくる命の線引きについて、今私たちが考えておかなければならないこと
ゲスト:松原洋子氏(立命館大学副学長)
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「不良な子孫の出生を防止する」とした旧優生保護法の下での強制不妊が、極めて非人道的なむごい政策だったことはもはや論を俟たないが、その一方で、今日、利用者が増えている新型出生前検査や今後普及してくるとみられるゲノム編集は、それとどう違うのか。
旧優生保護法による強制不妊手術で被害を受けたとして、今、全国7つの地裁で国家賠償を求める裁判が行われている。また、被害者に対する救済法案が超党派で今国会に提出される準備が進んでいる。
その一方で、6年前に日本でも始まった新型出生前検査(NIPT)は、少量の血液で染色体異常が高い確率で推定できるというもので、当初は遺伝カウンセリングを受けることを条件にするなど一定のルールのもとで行われてきたが、現在条件の緩和が検討され、今後さらに利用者の拡大が予想される状況にある。また、生命科学や生殖医療の進歩に伴い、受精卵の段階で遺伝子自体を操作するゲノム編集も現実的なものになっている。
優生思想の歴史について研究を続けてきた立命館大学の松原洋子教授は、旧優生保護法下で起きていた問題は、今日の生命科学や生殖医療の分野で起きている様々な課題と、決して無関係なものではないのではないかと問いかける。
もちろん現在の状況を、過去の優生思想と一括りにして批判するだけでは、何も解決はしないだろう。しかし、生まれてきてよい命といけない命の線引きが許されるのかという問いは、両者に共通している。それを国家が法律で規定した人権無視の旧優生保護法は論外であるとしても、現在はそれが「個人の選択」の範疇で行われている。このまま新しい技術の導入が進んでいけば、結果的に生まれてくる命の線引きが起きることは避けられないのではないか。いや、既にもうそれが起きている可能性がある。
個人の自己決定権は最大限尊重されるべきかもしれない。しかし、日進月歩の勢いで進歩する生命科学や生殖医療について、市民社会の側はどこまでその現実を理解して「個人の選択」を下しているのだろうか。
戦後の混乱期に人口抑制策の一環として成立した優生保護法は、その後、中絶の是非をめぐる激しい議論のなかで、女性の権利をまもるものとして、法律の文脈が変質していった。人口政策、障害者運動、女性の権利、そして医療技術のあり方など、捉え直さなくてはならない様々な側面がある。松原氏は、新たにわかった事実をもとにしながら、医療機関、学会なども含めて、政策の検証が必要だと指摘する。
データ医療がもてはやされるなかに命の営みも取り込まれていないか、優生保護法成立当時は問題にならなかったことが今、別の次元で起きている可能性はないかなど、命と社会をめぐる生命倫理の研究者でもある松原洋子氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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今週の論点
・優生思想/優生保護法の歴史的経緯
・新型出生前検査「NIPT」の功罪
・徹底した“リスク管理”の先にあるもの
・問題の検証と総括なき「救済法」
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■優生思想/優生保護法の歴史的経緯
迫田: 今回のテーマは「命」を巡る問題です。生まれてきていい命/いけない命があるのかどうか、それを決めるのは誰なのか。優性思想と言われるものですが、「不良な子孫の出生を防止する」と書かれた法律が昔ありました。旧優生保護法――これによる強制不妊手術において、国家賠償を求める裁判が現在進行中です。また、超党派の議員による救済法が今国会に提出されるべく用意をされており、議論が山場を迎えています。
一方で、新型出生前検査やゲノム編集など、生まれてくる命を操作するというような話も、今の医療の進歩、科学の進歩で議論されています。いわば新たな優生思想とも言える状況をどういうふうに見るのか、ということも含めて考えていきたいと思います。
宮台: この番組では、「CRISPR/Cas9」という非常に低コストで行なわれるゲノム編集、あるいはそれによって生まれてくる可能性があるデザイナーベイビーを巡る倫理的な話をしたことがありますね。