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西山太吉氏:偽りの沖縄返還を暴いた伝説の記者・西山太吉の遺言
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西山太吉氏:偽りの沖縄返還を暴いた伝説の記者・西山太吉の遺言

2022-05-18 20:00
    マル激!メールマガジン 2022年5月18日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1101回)
    偽りの沖縄返還を暴いた伝説の記者・西山太吉の遺言
    ゲスト:西山太吉氏(元毎日新聞記者)
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     この5月15日で沖縄は本土返還50周年を迎える。終戦と同時に始まった米軍の4半世紀にわたる占領が解かれ、沖縄の施政権が日本に返還された記念日は、本来であれば日本にとっても沖縄にとっても祝うべきおめでたい日なのかもしれない。
     しかし、実は50年前、沖縄は完全に日本に返されたわけではなかった。それは沖縄の施政権を返還するにあたり、当時の日米政府間では米軍が沖縄の基地を自由に使用し続けることを認めるという密約が存在していたからだ。にもかかわらず当時の佐藤政権は「核抜き、本土なみ」などというスローガンであたかも沖縄が無条件で日本に返還され、これから沖縄は日本の他の都道府県と同様の地位を得るかのような幻想をしきりと喧伝した。もちろん核兵器もないし、基地負担も他県と同等程度になるはずだった。
     ところが、これがとんでもない嘘だった。そして、沖縄はその後も基地負担に喘ぎ続けることになるが、それが沖縄返還時の両国が密かに合意した条件だったのだ。
     その偽りの日米関係、偽りの沖縄返還の尻尾を捕まえて、これをすっぱ抜いた伝説の記者がいる。元毎日新聞記者の西山太吉氏だ。今年、齢91歳となる西山氏は、日米間で沖縄返還を巡る交渉が大詰めを迎えていた1971年6月、日米間の機密電文を入手し、両国の間には国民に説明されていない密約が存在することを暴く記事を書いたのだ。
     これだけの大ニュースだ。本来であれば、この記事を発端に、偽りの日米関係の実態が次々と明らかになり、アメリカに隷属することで日本国内で安定的な権力が確保できるという現在の日本の国辱的な属国体質は、もっと早くに改善されるはずだった。
     実はアメリカでもほぼ同時期に有名な機密暴露報道があった。西山氏が密約をすっぱ抜いた2日後の1971年6月13日、機密指定されていた国防総省の内部文書「ペンタゴンペーパー」が、内部告発者ダニエル・エルズバーグ博士によって持ち出され、これを入手したニューヨークタイムズがスクープしたことをきっかけに、それまでのアメリカ政府によるベトナム戦争に関する嘘が次々と明らかになっていた。
     アメリカではペンタゴンペーパー報道の結果、アメリカ国民がベトナム戦争の実態を知ることとなり、ニクソン政権がベトナム戦争に対する国民の支持を失った結果、4年後のアメリカによるベトナムからの撤退につながっている。そして、これを報じたニューヨークタイムズのニール・シーハン記者はジャーナリズム界最高の栄誉とされるピュリッツァー賞を受賞する一方で、支持率が低迷したニクソン政権はその後、ウォーターゲート事件を引き起こし、アメリカ史上初の現職大統領の辞任へとつながっていった。ところが、同じく政府の壮大な嘘がばれた日本はどうなっただろうか。
     まず、当時、西山記者のすっぱ抜きを後追いする社は一つも無かった。記者会見で密約の存在を質したりする記者もまったくいなかったと西山氏は言う。結果的に、国家機密を暴いた毎日新聞、とりわけ当時、同社の外務省記者クラブのキャップだった西山氏だけが矢面に立つこととなった。ペンタゴンペーパーをスクープしたニューヨークタイムズも、ニクソン政権が取った法的措置によって発行が差し止められていたが、ペンタゴンペーパーはワシントン・ポストを始めとする全米の新聞が後追いで内容を報じ続けたために、政府は嘘を隠し通すことができなくなっていた。強面のニクソン政権と言えども、アメリカ中の新聞をすべて差し止めることなどできるはずもなかった。
     なぜあの時日本は西山氏を見殺しにしたのか。西山氏の取材手法を非難したとしても、なぜ同時にそこで暴かれた密約をきちんと追求できなかったのか。その結果として、その後の日米関係はどのような「隷属の道」を辿ることになったのか。これは決して過去の話ではなく、今もわれわれ一人ひとりの喉元に突きつけられた匕首なのではないか。
     沖縄が返還50周年を迎える今週、マル激はジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が福岡県の小倉に西山太吉氏を訪ね、西山氏とともに当時の日米関係と、その後、日本が歩んだ道をどう考えるかなどについて議論した。

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    今週の論点
    ・密約の暴露における、日米のあまりに大きな違い
    ・日本を事実上アメリカの属国にした密約はなぜ成立したか
    ・政治記者の矜持はどこに行ったのか
    ・日本人の沖縄差別/アメリカの“ケツ舐め”はいつまで続くのか
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    ■密約の暴露における、日米のあまりに大きな違い

    神保: 5月15日が沖縄の返還からちょうど50年目にあたり、本日は小倉に来ています。宮台さん、最初に何かありますか。

    宮台: 返還協定の日ですが、かなり風化しているなという感じがします。というのは毎年恒例、しかも今年は50年ということで、NHKや民放が沖縄の問題を扱っていますが、内容は単純で、沖縄は基地があることで困っている、辺野古の問題もまったく解決に向かっていない、と。はっきり言えば、浅すぎる。どうしていまこういう状態になっているのか、そもそもその背後にある日米関係の問題などについては、一切触れていない。本当にデタラメな報道のオンパレードです。

    神保: 第二次大戦後に占領されていたわけですから、本土復帰というのは喜ばしい日ではあるのでしょうが、同時に、今回の重要なテーマとなる「偽りの歴史」の始まりだった。当時使われていた「核抜き本土並み」という言葉はまったく空疎な絵空事であったにもかかわらず、その道をきちんと進んできたかのように伝えられています。実際に見てみれば、基地の状況、辺野古を見ても、いまの沖縄はそうなっていない。

    宮台: 皮肉ですよね。1952年のサンフランシスコ講和から考えれば70年。その後、沖縄返還協定までの20年、日本は主権国家になったかと思いきや、実は沖縄返還協定の裏にあった密約を見ると、主権を放棄したことがわかる。これは沖縄問題というより、沖縄を含んだ日本の主権問題なんです。
     
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