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マル激!メールマガジン 2024年8月14日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1218回)
現行の選挙制度のままではいつまでたっても日本は変われない
ゲスト:久江雅彦氏(共同通信社特別編集委員)
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日本が停滞したまま身動きが取れなくなっている根本原因の一つに、もしかしたら選挙制度の問題があるのではないか。
言うまでもなく選挙は民主政の根幹を成す要素だ。選挙が正常に機能しなければ、政治も正常に機能しない。民意が正しく政治に反映されなくなるからだ。そして、政治が機能しなければ、経済も社会も立ちゆかなくなる。なぜならば、結局のところ日本という国の意思決定は政治の場で行われているからだ。
日本は衆議院が小選挙区比例代表並立制、参議院は選挙区制と比例代表制という制度を採用している。特に衆議院の小選挙区比例代表並立制という選挙制度は、リクルート事件や東京佐川急便事件などの大型疑獄事件の反省の上に立ち、カネのかからない政治、政策主導の政治、政権交代が可能な政治という触れ込みで1994年の政治改革の一環として導入された。
しかし、小選挙区制を中心とする新しい選挙制度の下では、投票率は低迷を続け、政権交代も結局30年間で1度しか起こらなかった。
そもそもなぜ日本は小選挙区制を導入したのだろうか。当時の関係者への取材結果をこのほど編著『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか』にまとめた共同通信特別編集委員の久江雅彦氏は、現在の選挙制度が導入された1994年当時、小選挙区制に反対する人は守旧派のレッテルを貼られ誰も反対できないような空気が作られていたという。元々小選挙区制はアングロサクソンの国々が得意とする選挙制度で、歴史も文化も大きく異なる日本でこれがうまく機能すると考える根拠は必ずしも多くはなかった。
そのため当初、小選挙区制の導入を提唱する人は決して多くはなかったが、自民党を飛び出し細川連立政権の立役者となった小沢一郎氏と、朝日新聞を始めとする大手メディアがこぞって小選挙区制こそが政治改革の本丸であるかのような主張を展開した結果、気がついた時は世論も小選挙区制一辺倒になっていた。
久江氏は同著の中で小選挙区制が導入された際の当事者だった細川護熙首相(当時)や河野洋平自民党総裁(当時)にもインタビューしているが、現在の選挙制度制定の当事者である両氏ともに、現在の選挙制度は誰も望んでいなかったものが妥協の産物としてできあがってしまったものであることを認めているという。
議会で過半数を占めるためには同じ選挙区に同じ政党から複数の候補者を擁立しなければならない中選挙区制の下では、候補者間で政策的な違いを出しにくいため、得てしてサービス合戦に陥り、それが利権政治の温床となっているという説明から小選挙区制が導入されたが、その説明も小選挙区になれば問題が解決されるとの考えも、今となってはとても浅はかなものだったかもしれない。
現行の選挙制度には数々の欠陥があることは明らかだ。有権者の投票行動が議席配分に過大に反映され、僅かな票の移動で容易に政権交代が起きる小選挙区制と、それを相殺する比例代表制がブロック制という中途半端な形で組み合わされたことによって、実際には政権交代は起きにくいことに加え、少数政党が生かさず殺さずの生殺し状態に置かれるようになっている。現行の制度では比例区のおかげで野党は生き残れるが、決して政権を担えるような規模にはなれない。
また、小選挙区で落選した議員が比例区で復活当選することが可能になっていることで、有権者がますます白ける制度になってしまっている。これでは投票率が先進国の中でも最低水準に低迷するのも無理はない。
また小選挙区制の下では最初から強固な支持基盤を持つ世襲議員や特定の業界団体の支持を受けた族議員や組織内議員が圧倒的に有利になっている。
これでは政治にも日本にも新陳代謝など起きるわけがない。しかも、300億円を超える政党交付金が、毎年議席の多い与党により多く配分され、与党にはパーティ券を通じて企業や業界団体からふんだんに政治資金が流れ込んでくる。そのような政治状況で日本で政治にも経済にもまったく変革が起きないのはいわば当然のことだったのではないか。小選挙区制の導入と日本の失われた30年が同時期に始まっていることは決して偶然ではなかったと考えるべきだろう。
しかし、ここで拙速な選挙制度の変更には慎重を期する必要があるだろう。30年前の失敗は政治腐敗をすべて選挙制度、とりわけ中選挙区制のせいにして、選挙制度さえ変えれば問題が解決するかのような安直かつ短絡的な考え方で国全体が動いたことだ。
現行の選挙制度に問題があることは間違いないが、今回もそれを丸ごとすげ替えれば今の政治が直面する問題がすべて解決するかのような主張には注意が必要だ。むしろ現行の選挙制度の下で、明らかに問題があると思われる比例復活やブロック比例の問題などを個別に再検証し、小選挙区の特性を活かしつつ、その弊害を最小化する方法を模索する方法も考えるべきだろう。選挙制度がその国の民主政の根幹を成すことを考えれば、30年程度でその制度が根幹からコロコロ変わるのは、決して褒められたことではない。
今の選挙制度は民意を反映するものになっているのか、失われた30年の根底には選挙制度の問題があるのではないかなどについて、共同通信社特別編集委員の久江雅彦氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・与野党の妥協の産物としての小選挙区比例代表並立制
・国民の支持分布が議席に反映されにくい現行制度
・選挙制度改革の方向性
・制度を根幹から変えることのリスク
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■ 与野党の妥協の産物としての小選挙区比例代表並立制
神保: 今日は政治の話、特に選挙制度の話をしたいと思います。ゲストは共同通信社特別編集委員の久江雅彦さんです。久江さんは7月に『証言 小選挙区制は日本をどう変えたか』という、選挙制度の改革に関わった錚々たるメンバーのインタビュー集を出されました。非常に示唆に富んでいて面白かったです。今このタイミングで小選挙区制の本を出されたのはなぜですか。
久江: 共同通信は去年1年間かけて「選挙制度改革の残像」という通年企画を加盟社に配信しました。今年の1月で河野洋平さんと細川護熙さんの合意から30年経つので、それに先立って1年前にこれを取り上げようということでした。それに追加取材などをして本にしたという経緯です。
たまたまというか必然なのかもしれませんが、統一教会の問題や、自民党安倍派を中心とする派閥の裏金問題が企画の最中に起きました。さらに言えば、われわれは日常的にあの政党が良いとか悪いとか様々な政治の話をしますが、全ての根底には選挙制度の問題があるのではないのかということを何年も前から考えていました。
サラリーマンは立憲がだらしないとか自民党が酷いなどと言いますよね。民意をなるべく反映する民主政治で選ばれた政治家がこの国のまつりごとをやるという前提に立てば、下半身たる国民の支持層分布と政治家・政党の分布は思いきり不整合を起こしています。
下半身と上半身を繋ぐものが選挙制度なのですが、そこに大きなひずみがあり、そこに着眼せずにあれこれ言うことには違和感がありました。簡単には変えられませんが、問題提起して論点を多くの人の知ってもらいたいと思い本にしました。
神保: 90年代の政治改革の中で選挙制度の改革にまで至った前提に、政界を揺るがす大スキャンダルのリクルート事件と東京佐川急便事件が連続して起きたということがありました。政治とカネの問題はもっと遡ると田中金脈問題などがあり、長年の課題が最後に火を噴き、選挙制度にまで手を付けなければもたないような感じになりました。実際、一時的でしたが政権交代もありました。
選挙制度は、その制度で選ばれた人たちが制度を変えるという自己矛盾をもっています。下手に変えさせるともっと自分たちに有利になるようにする可能性もあり、実際当時も気が付いたら比例復活ができ、小選挙区と比例の議席の配分も変わりました。またブロック比例になるのか全国比例になるのかで全然違うのにもかかわらずブロック比例になりました。それもおそらく自民党と社会党の意向だったのだと思います。今回、選挙制度をいじるという機は熟しつつあると思いますか。
久江: 全然熟していませんね。当時は小渕さんや竹下さんなど、経世会の権力闘争が大きかったことは確かです。結局リクルート事件でも佐川急便事件でも、こういう疑獄事件が起きるのは、中選挙区で同じ政党同士なのにやれ香典、やれサービス合戦だということで政治にお金がかかるからでした。それならば選挙制度を変えれば良いということになりました。
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