年末恒例マル激ライブ:希望とは政府でもAIでもなく仲間とつながること
2025/12/31(水) 20:00
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マル激!メールマガジン 2025年12月31日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1290回)
年末恒例マル激ライブ 希望とは政府でもAIでもなく仲間とつながること
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今週のマル激は、12月21日に東京・大井町の「きゅりあん」で開催された「年末恒例マル激ライブ」の模様をお届けする。
2025年は、年明け早々から大きな政治の節目を迎えた。1月20日にはアメリカでトランプ政権が発足し、アメリカ国内でもまた国際舞台でも、矢継ぎ早にこれまでの秩序を破壊し始めた。特に世界中の国々に対して一方的に相互関税を課してみたり、移民国家アメリカの歴史を塗り替えるかのような勢いで移民の排斥を始めたことで、その影響は世界全体に広がった。
日本でも10月に石破政権から高市政権への交代があり、政策の方向性は事実上の政権交代と呼べるほど大きく転換した。日米ともに、リベラル勢力から保守勢力へと権力が移っていった点は共通していた。
かつて世界の多くの国では、リベラル勢力が主張する再配分政策によって、格差や貧困を含む多くの問題は解決できると考えられていた。政治が不幸を解決できると本気で信じられていた時代だった。しかし多くの先進国で人口減少が始まり、経済がほとんど成長しなくなった世界では、再配分の原資そのものが枯渇し、リベラルは力を失っている。リベラルに頼れないとなると、人々は別のよりどころを探し、心地良いレトリックで問題解決を掲げる保守ポピュリズムにすがるようになる。
しかしそれも感情の代替物に過ぎず、実際に問題を解決してくれるわけではない。リベラル、保守を問わず、そもそも政府が、そして政治が個人の不幸を解決してくれると考えていたこと自体が大きな間違いだったのだ。
今、そこで浮上しているのが、「AIに任せれば良いのではないか」という誘惑だ。リベラルにも期待できず、保守による感情的な動員にも疲れた人々が、次にすがりたくなるのが判断や思考そのものを肩代わりしてくれるAIという存在だ。生成AIの急速な普及によって、情報はかつてないほど簡単に手に入るようになった。
その反面、人々が自分の頭で考える時間は日々減り続けている。怖いのは、思考能力が低下した結果、自身の思考能力が低下していることを自覚できなくなる恐れがあることだ。人がAIを使っていると思い込んでいる間に、むしろ人がAIに使われている状況になってはいないか。
こうした状況の中で、人々は希望を持ちにくくなっている。特に若い世代の間には「この社会はもはや良心を前提としていない」、「この社会は価値のないものだ」という感覚が蔓延している。良心よりも損得を重視する人の数が増えると、良心を信頼しているからこそありえた社会の枠組みが崩れ、社会から良心が一掃されてしまう。そして人々はそのような社会に希望を持てなくなってしまう。
しかしそもそも希望や幸福は誰かが与えてくれるものではない。この社会が多くの問題を抱えていることに疑問の余地はないが、それでも自分にできることはいくらでもある。その「自分にできること」を拾い上げる、「無いものねだりから有るもの探し」への転換に希望や幸福へのカギがある。
政治は全ての問題を解決できるわけではない。いや、元々政治にできることなどとても限られているのだ。政治や政府などに頼らず、この社会を仲間とともに乗り切っていくことこそが重要だ。遠回りに見えても人と人との関係を編み直すこと。それが不幸を乗り越えるためのもっとも現実的かつ有効な方法なのではないか。
ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が2025年を振り返り、2026年を展望した。
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今週の論点
・第2次トランプ政権発足から始まった2025年
・リベラル衰退の結果としてのトランプ現象
・政治にすがっても人は幸せになることはできない
・無いものねだりから有るもの探しへ
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■ 第2次トランプ政権発足から始まった2025年
神保: 年末恒例のマル激ライブへようこそ。これが今年最後のマル激なので、1年を振り返るような内容をやりたいと思っています。先ほど宮台さんと1年を振り返る資料を見たところですが、たいして面白いことはありませんでしたよね。
宮台: 今年はトランプが執務を始めましたが、最初に間違えて大きな花火を打ち上げてしまったので、その後のことは小さく聞こえてしまっているのだと思います。
神保: アメリカで政権交代があり、日本でも自民党内での権力の移行がありました。日本も事実上の政権交代、あるいは政権交代以上の進路変更があったと言えます。
ところで、清水寺で発表された「今年の漢字」は「熊」だったそうです。これを何もなかったと考えるべきなのか、それともすごく大きなことがあったのでそれ以外のことが埋没してしまったと考えるべきなのか、どちらなのでしょうか。
宮台: 社会学の定番でいえば、祭りは共通前提があって成り立つものです。共通前提がなければ祭りはありません。今年を象徴する言葉が「熊」だとして、皆でそれを共有することが一種の祭り的な儀式だとして、国民は同じものを見ていないですし、同じ世界の中にもいません。抽象的になればなるほど人々は分からなくなるので、その結果、「熊」という言葉になったということです。
神保: 今年1月20日にトランプ政権が発足しました。これはアメリカにとってだけではなく、世界にとってもさまざまな意味がありました。去年の11月に当選し、1月20日に政権が発足した後、トランプ政権が打ち出したさまざまな施策の中でも、特に一律に相互関税といわれるものをかけたことが世界中で大騒ぎになりました。もちろん国内的にも移民に対する極度に厳しい排斥などがありました。
酒井邦嘉氏:AIが子どもの考える力を奪うことを教育現場は理解できているか
2025/12/24(水) 20:00
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マル激!メールマガジン 2025年12月24日号
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1289回)
AIが子どもの考える力を奪うことを教育現場は理解できているか
ゲスト:酒井邦嘉氏(東京大学大学院総合文化研究科教授)
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AIの利活用が加速度的に広がっている。
2022年に運用が始まったOpenAIのChatGPTをはじめ、GoogleのGemini、中国で開発されたDeepSeekなど、ここ数年で生成AIがあっという間に普及し人々の生活の中に入り込んでいる。
政府の人工知能戦略本部は19日、「『信頼できるAI』による『日本再起』」という副題のついた人工知能基本計画案を決定した。世界で最もAIを開発・活用しやすい国を目指すとして、本部長を務める高市首相は「今こそ官民連携で反転攻勢をかけるとき」と強調した。
しかし、このままAIの活用を無制限に進めてしまって本当にいいのだろうか。もう少しその影響を、とりわけ子どもや教育への影響をしっかりと検証する必要があるのではないか。
『デジタル脳クライシス』の著者で言語脳科学者の酒井邦嘉氏は、生成AIがあたかも信頼できる装置であるかのような幻想が、とりわけ教育現場で独り歩きし始めていることに懸念を露わにし、これまでAIの「利用」という言葉を使っていた文科省が「利活用」という言い方に変わり積極的に利用を進める立場になっていることを問題視する。リスク管理が不十分なまま教育への導入が進んだ結果、取り返しがつかない事態を招く恐れがあるからだ。
アメリカでChatGPTが原因で自殺したとして遺族がOpenAIを提訴したことが報道されるなど、今、特に若い世代に急激にAI活用が広がることへの懸念が指摘されている。対話型AIと言われているChatGPTなどの生成AIは、対話を装っているだけで、実際には何かを考えてくれているわけではない。にもかかわらずそれが自己肯定感を増幅するための手軽な装置となって人間の心に入り込んでしまい、気づいたときには取り除くことができない依存症のような状態に陥る事例が多発しているという。
脳科学の研究者として長年、言語と脳の関係を研究してきた酒井氏は、思考力、創造力といった人間の脳内で起こる重要な作業は、それ自体が人間の成長にとって重要なものだが、思考をAIに頼ることでその力が奪われると指摘する。AIを使うことに慣れ、自分の脳を使って考える能力を失ってしまう、というような事態が起こり得るというのだ。そもそも生成AIは何かを生み出しているのではなく大量のデータの中から言葉を選んで組み合わせているだけなので、「生成AI」ではなく「合成AI」と言うべきだと酒井氏は指摘する。
また、生成AIには入力と出力があるだけで、考える、疑う、想像する、創造するといった脳内での人間らしい働きはしないことを強調する。
それと同時に、読む、書くといった文字を使い自ら言葉を生み出す作業が、デジタル教科書の導入などで失われていくことも懸念材料だ。人間の記憶はいくつもの情報が重なりあって紐づけられているのであって、「コスパ」「タイパ」が良いといった効率だけで語られて良いはずはない。
あたかもそれが時代の最先端であるかのように生成AIの活用が進む中、人間軽視に対する警鐘を鳴らし続ける酒井氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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今週の論点
・教育現場に無批判にAIを持ち込むことのリスク
・入れ替え可能な「AIに似た人間」
・「考える」とはどういうことか
・人間が人間であることの根底を問われている
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■ 教育現場に無批判にAIを持ち込むことのリスク
迫田: 今日はAIについて取り上げたいと思います。ちょうど今日、政府はAI戦略の基本計画案をまとめましたが、社会のあちこちに入り込んでいるAIをどのように考えたらよいのでしょうか。今日は脳科学の専門家をお招きして、デジタル時代にこのままいっていいのかということを考えたいと思います。
宮台: 生成AIの仕組みは、最初は人がデータセットを設定し、機械学習だけでは追尾不可能なところをディープラーニングするというものです。今から10年少し前にマイクロソフトのAIがオルトライト化するという問題が起こり、アライメントを人力でやりました。
今は人のデータセットのセッティングの仕方を学んでおり、それについてはAIが自分でコードを書き始めています。アライメントについても人から学び自分でコードを書いているので、それが第1段階の自立化です。
いまAI研究者の間で問題になっていることは、AIに、言語的に構成された自己を防衛する機能があるのかどうかということです。
小中学生、高校生、大学生にAIの話をしていて、この問題については小学生が一番敏感でした。もし生成AIが自己防衛の意識を持っているとすると、最大のコンプレックスはどこにあるのかと聞くと、小学生はだいたい1秒で「体がないことです」と答えます。熱湯をかぶったら熱いですし刺されたら痛いですが、AIに体験はなく、体験についての知識しかありません。体験がないとどこに問題が生じるのかということを、まず考えてほしいと思います。
迫田: さて、本日のゲストは東京大学大学院総合文化研究科教授の酒井邦嘉さんです。酒井先生のご専門は言語脳科学で、AI時代に対して様々な発言をされていますが、いま一番危惧されていることは何でしょうか。
酒井: AIが対話の相手になるかのような幻想を抱かせている部分があります。実は機械と対話しているのに、人間と話しているような気になるのは人間の方です。感情移入もできますし、対話したかのように自分で思い込み、のめり込んでいくという点が問題です。その結果として機械に使われるということもありますし、自分で考えないようになるということもあります。
特に教育では、AIを入れることにより、AIが使える部分は人間がやらなくて良いことだとなっていくのが怖い。人間とは何だろうという一番大事な問題が分かっていないのに、そこを機械化したつもりになることが一番危うい状態です。加速度的に人間から遠ざかっていくような危機感を持っています。
宮台: 痛いといったことについての知識しかないことを「クオリア問題」とも言いますし、言語学では「記号接地問題」としてずいぶん昔から、30年くらい前から話題になっています。学生を定点観測していると、つまらない学生が増えたと思います。それはクオリアがなくて概念をただ使っているだけだからです。
迫田: 先生はずっと脳の研究をされてきていますが、脳の研究はまだ途上なんですよね。
酒井: そうですね。「AIが人間の知性を超えた」と軽く言いますが、その人たちには「人間の知性とは何ですか」と問いたい。分かっていないのに比較して勝った負けたと言っています。将棋のAIの事例もありますが、そこから人間とは何だろうという探求がされないまま、機械の方に人間が合わせられないといけないという話になっています。
私が一番嫌いな言葉に「AI格差」というものがあります。AIを使うことと使わないことで格差があるかのようにし、それを新たな価値観であるかのように強要しているんです。これは煽りや暴力に等しいと思います。AIを使って自分の脳が使えない人たちと、AIを使わないで人間の脳を活かせる人たちは逆転する可能性の方が高いと思います。
岡本隆司氏:なぜ中国は高市首相の台湾有事発言にこうも過剰に反応するのか
2025/12/17(水) 20:00
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マル激!メールマガジン 2025年12月17日号
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1288回)
なぜ中国は高市首相の台湾有事発言にこうも過剰に反応するのか
ゲスト:岡本隆司氏(早稲田大学教育・総合科学学術院教授)
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なぜ中国は高市発言に対しこうも敏感に反応するのか。歴史的な文脈からその背景を探ってみた。
確かに高市首相の11月7日の衆院予算委員会での「台湾有事」発言は迂闊だった。「どのような状況が日本にとって存立危機事態に当たるのか」を問われた高市首相は、「台湾有事は存立危機事態になりうる」と答弁してしまった。
これはこれまでの日本政府の、どのような事態が集団的自衛権の行使が可能となる存立危機事態に該当するかは「個別具体的に判断する」としてきた公式な立場から不用意に一歩も二歩も踏み込んだものだったし、首相の手元にあったその日の答弁メモにも、具体的な事例には言及しないことが注意書きされていたことが、毎日新聞の報道などで明らかになっている。あの発言が首相の「ついうっかり発言」だったことは間違いないようだ。
これまで日本は台湾に対しては、1972年の日中共同声明で中国の立場を「十分理解し、尊重する」とするにとどめ、その立場をあえて曖昧にしてきたが、高市発言でそれを逸脱してしまったことになる。
高市首相はその後、国会における党首討論で立憲民主党の野田代表から件の発言の意図を問われ、従来の政府見解を繰り返すだけでは予算審議を止められてしまうと思ったからだと説明するなど、十分な戦略的意図を持たないままの発言だったことを認めている。これは首相としては不用意を越えた噴飯ものと言わなければならないし、日本の国益にとっても決してプラスではなかったが、とはいえこの発言に対するその後の中国政府の反応も、やや常軌を逸した激しいものとなった。
まず中国の薛剣駐大阪総領事がSNSのXに「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない」などという不穏当な投稿をしたことを手始めに、政府は日本への渡航自粛の呼びかけや日本産水産物の輸入停止措置まで打ち出してきた。更には12月6日には、中国軍の戦闘機が自衛隊機に対し30分にもわたりレーダーを照射する事件まで起きている。中国側の反応も過敏を通り越してかなり異常なものだ。
なぜ中国は高市発言にこうまで過剰に反応するのか。高市発言が中国側にどのように受け止められているかを知るためには、中国にとっての台湾問題が歴史的にどういう意味を持つのかを理解する必要がありそうだ。今回の日中間の緊張の日本にとって少しでも有利な落とし所を探るためにも、中国側から見た台湾問題を歴史の文脈の中で知ることは有益だろう。
中国の近代史に詳しい早稲田大学の岡本隆司教授によると、先住民が住む台湾が中華帝国の一部となったのはそれほど古いことではなく、17世紀の終わりごろだったという。当時、滅亡した明王朝への忠誠を掲げる鄭成功という人物が台湾に渡り、オランダ勢力を排除した。その後清朝が正式に台湾を編入して以降、台湾は少なくとも形式上は中華帝国に帰属していた。
その台湾を外国に取られるきっかけが日本と戦った日清戦争だった。1895年、日清戦争に敗北した清は、下関条約で台湾の割譲をのまされた。その後、様々な歴史的経緯を経たものの、中国は今日に至るまで一度も台湾を取り戻すことができていない。そもそも中国が台湾を失った原因が日本にあったという歴史的な事実は踏まえておく必要があるだろう。
中国では、1840年に勃発したアヘン戦争以降、列強との戦争に敗れ続け領土を失った時代を「百年国恥」と呼ぶ。屈辱の歴史という意味だ。経済史家アンガス・マディソンの推計によるとアヘン戦争の段階で清は世界のGDPや人口の3割以上を占める、押しも押されもしない世界に冠たる超大国だった。中国がその後100年にわたり日本を含めた諸外国から食い物にされ衰退していったという百年国恥の歴史観は、指導層によるプロパガンダという面もあるが、現在も広く共有されている。台湾の喪失は、その象徴的な出来事の1つと位置づけられている。
岡本氏は、実際はアヘン戦争に負けたころはまだ清は余裕で、イギリスに有利な条約を結ぶことを「撫夷(ぶい)」、つまり野蛮な相手をなだめるためのやり方だととらえていたと説明する。しかしその後、日清戦争で格下の小国としか思っていなかった日本に負け台湾を奪われてしまったこと、またその後、昭和に入ると日本によって傀儡国の満州国を設立され国土の一部を失ったことは、中国にとって百年国恥の中でもとりわけ屈辱的な出来事だった。
習近平政権としては、その日本が従来の政府見解をいきなり変更してきたことに対しては断固たる態度を示すことが、中国国内向けのメッセージとしても必要だったと岡本氏は指摘する。
日中関係が悪化している今こそ、相手を理解せずに議論を進めることはできない。百年国恥とは何か、中国側から見た台湾問題とはどのようなものか、なぜ台湾問題では日本に口出しされることにとりわけ過敏に反応するのかなどについて、中国近代史が専門の早稲田大学教育・総合科学学術院教授の岡本隆司氏と歴史的な文脈を参照しつつ、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・高市発言とは何だったのか
・高市発言に対して中国側が示した激しい反発とは
・日清戦争で日本に台湾を奪われたことは中国にとって何を意味するか
・対立の歴史的背景を理解することの重要性
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■ 高市発言とは何だったのか
神保: 高市発言をきっかけに騒がしくなっている日中関係ですが、今回は特に台湾問題が中国にとってどういう意味を持っているのかについて考えてみたいと思います。ただ、今これをマスメディアで扱うと中国側の言い分だと言われてしまいます。炎上や批判が怖いという事情もありますし、実際に数字(視聴率)にも響くらしいのですが、とはいえそこが分からないとどうしようもないだろうというのが今日の企画意図です。
日清戦争、下関条約、台湾割譲などは歴史の授業で勉強したはずですが、それが中国にとってどういう意味を持っていたのかという点は教わりませんでした。テスト勉強で当事者の名前などは書けるようになるのですが、今回のように、台湾に関して日本の総理が発言したことに対して中国が非常に強く反発している理由を理解しようとする時、あれだけ勉強したはずのことがほとんど別次元の話になってしまいます。試験用の勉強だったということですね。
宮台: 歴史的な出来事は脈絡が大事です。国も人も主体です。精神医学的には主体とは自己物語を持つ存在だと言われますが、その自己物語も主体が違えば違います。したがってそれぞれの主体からどう見えるのかということが本当に大事なのですが、主権国家を主体とする関係性のステアリングに、能力を持たない人たちが関わるようになっているんです。
神保: ゲストは早稲田大学教育・総合科学学術院教授の岡本隆司さんです。中国が香港や台湾について「1つの中国」としての形に強くこだわる理由について、岡本さんは中国はずっとバラバラだったという話をされています。こだわらなければあっという間にバラバラになってしまうという恐怖心があり、その点が日本とは決定的に違うということですよね。
岡本: 中国はすごく広く、もともと色々な人がいましたが、それを歴史的に1つにまとめてきたという自負があります。実際の歴史の中で非常に緩やかな形で共存させてきましたし、文化面や経済面など色々なファクターで1つにまとまってきました。しかし西洋が入ってきたり日本が近づいていったりした時に、特に経済的な資本力や工業力、あるいは文化的な引きつけなど、ソフトパワーやハードパワーを含めて、中国で緩やかにまとまっていた人たちを引きつける動きが出てきました。
その走りが倭寇です。日本が富を持ってきて貿易をする中で、日本と内通する人たちがたくさん出てきました。
ある中国の商人は日本に住んでいて、日本と貿易をしていました。それが、相手が日本でなくても、イギリスやロシアなど色々なところと結びつくようになっていきます。そうすると、それまで中華王朝の中でまとまっていた形が崩れていく。これは歴史的に見てありえない話だという認識になります。
中国の為政者たちからすると、外と結託して自分たちから離れていくことが非常に怖いという感覚があるんです。その点、日本は比較的楽ですね。政府の言うことを皆が聞くからです。しかし中国の人たちは、中華王朝の言っていることややっていること、法令などが、自分たちにとって必ずしも有益ではないと考える人が多いんです。今回の話もその延長線上にあるのではないのかと見ています。
神保: 中国では共産党政権が盤石な権力を築き、習近平は独裁的な地位にいるように思えますが、それでも「1つの中国」を言い続けるのですね。
ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、毎週の主要なニュースの論点を渦中のゲストや専門家らと共に、徹底的に掘り下げるインターネットニュースの決定版『マル激トーク・オン・ディマンド』。番組開始から10年を迎えるマル激が、メールマガジンでもお楽しみいただけるようになりました。
神保哲生/宮台真司
神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。
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