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マル激!メールマガジン 2026年7月29日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1320回)
津久井やまゆり園事件の検証は不十分だ
ゲスト:藤井克徳氏(日本障害者協議会代表)
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 2016年7月26日未明、相模原市の県立障害者支援施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害され、入所者と職員あわせて26人が重軽傷を負った。戦後日本最悪級の大量殺人事件であり、犯人は施設の元職員だった。「障害者は不幸しか生まない」と語ったその考えは社会に大きな衝撃を与えた。事件から10年、私たちは何を検証してきたのか。
 裁判を傍聴し、拘置所で犯人と面会し、手紙のやり取りも重ねてきた日本障害者協議会代表の藤井克徳氏は、事件の真相究明はいまだ不十分で、本格的な検証は行われていないと指摘する。
 今年7月の国会で高市首相は、事件後の検討チームで事実関係や再発防止策を議論したと答弁した。しかし2016年の厚労省報告書は、措置入院後の支援や施設の防犯体制に焦点を当てる一方、事件の背景や社会に根付く差別意識には踏み込まなかった。国連障害者権利委員会も2022年、日本政府に優生思想と非障害者優先主義の観点から事件を見直すよう勧告しているが、実現していない。
 裁判では責任能力が主な争点となり、犯行の背景は十分に解明されなかった。被害者は「甲Aさん」など匿名で扱われ、19人がどのような人生を送り、なぜ標的となったのかも十分には語られなかった。「事件は封印されてしまった」と藤井氏は語る。
 犯人の障害者観がどのように形成されたのかを知るため本人と対話を重ねてきた藤井氏は、家庭環境や職歴、社会的背景、精神的要因など複数の要素が重なり合っていたのではないかという。だからこそ、社会全体で事件を検証する必要があると藤井氏は訴える。
 今回の事件の背景には、日本社会に根強く残る優生思想がある。優生保護法は1996年まで「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」と定め、およそ2万5,000人に強制不妊手術を行った。優生思想は個人の偏見ではなく、国家政策として制度化されていたのである。
 旧優生保護法違憲訴訟では最高裁が国の責任を認め、補償法も成立した。しかし施行から1年半が過ぎても補償認定は対象者のほんの数%にとどまり、被害の掘り起こしは進んでいない。精神医療における強制入院や身体拘束の問題、政府から独立した国内人権機関の未整備なども含め、日本の人権意識は依然として大きな課題を抱えている。
 事件を特異な犯人だけの問題として終わらせれば、社会の責任は見えなくなる。生産性や自己責任が重視される現代社会の中で、「内なる優生思想」は誰の中にも潜んでいるのではないか。事件から10年を迎えた今、なぜ十分な検証が行われなかったのか、私たちは何を学ぶべきなのかについて、「人権は与えられるものではなく獲得するもの」と語る藤井克徳氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。

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今週の論点
・事件から10年経っても十分な検証はされていない
・私たちの社会は優生思想を乗り越えることができたのか
・政策が変われば人々の意識もついてくる
・なぜ国内人権機関の設立が必要なのか
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■ 事件から10年経っても十分な検証はされていない
迫田: 障害者施設の入所者19人が殺害された「津久井やまゆり園事件」から10年が経ちます。衝撃的な事件でしたが、われわれの社会は事件をきちんと受け止めて検証し、教訓を学ぶことができているのか、考えたいと思います。10年ということもあり、少しは新聞報道などもありますね。

宮台: 新聞を見てもほとんど意味がない感じがします。殺人をした植松という男は、もともと比較的リベラルな人間だったとされています。そうでなければ職員になろうとは思わない。彼の内面で何が起こったのか、それが彼の生まれ育ちとどういう関係があるのか、彼がもともとリベラルだったとしても、持っていた世界観がどう影響していたのかという問題を知りなければなりません。そうしなければ植松固有の問題なのか、たまたま植松が引き金を引いてしまったけれど多くの人たちに同じような土壌があるということなのか、分かりません。

迫田: さて、本日のゲストは日本障害者協議会代表の藤井克徳さんです。ビデオニュースでは10年前、事件が起きた翌日に藤井さんにインタビューをさせていただきました。その後、裁判の判決が出る直前に問題点などを語っていただきました。植松に面会もしていて、手紙のやり取りもあったということで、人物像についてもある程度お考えがあると思います。10年という長さの中で社会がどう反応してきたのか、検証はどうだったのかなど、振り返るとどのように感じますか。

藤井: この10年はコロナもあり少し変則的な社会でした。しかしその一方でトランプの2期目が始まり、競争原理や市場原理が一層強まっています。そういう流れの中で植松の問題は単に時間が過ぎたということではありません。むしろ「小さな植松」と言っても良いような、彼の行動や言動を賛美するような声も含めて事態はあまり好転していない。障害分野からは悪化しているように見えます。

迫田: ちゃんとした検証もされていないということですか。

藤井: 検証と名がつく公的な文書は2つ出ています。1つは厚労省が検証したという文書で、もう1つは神奈川県のものです。厚労省の文書は検証とはほど遠い内容です。例えば共生社会をどう作るか、退院した後の生活の場がどうか、措置入院制度に問題があったなどです。

迫田: 植松は措置入院の後に事件を起こしたからということですね。

藤井: はい。措置入院制度に問題があったから精神保健福祉法を改正すれば良いということになっている。また警察官同士の連携が悪かったとか、社会福祉施設の防犯対策が弱かったということしか言っていません。彼の人間像や本当の意味での状態像がどうだったのかについては全く迫られていない印象です。

 神奈川県の検証は、事実関係については克明に書いてあります。しかしそれは「検証のための準備」であり、「検証」には手がつけられていません。はっきりしているものは裁判の判決だけだと思います。

迫田: 藤井さんは裁判の終了によって事件は「封印された」という表現をされていましたが、それはどういうことでしょうか。

藤井: 2020年3月16日に横浜地裁の判決が出ました。その後、弁護団は控訴した方が良いと言ったのにもかかわらず、彼はそれを振り切って控訴せず、3月31日午前0時に死刑が確定しました。裁判以外で彼の意見を聞く場はないので、深い闇の方に向かっていってしまったという印象を持っています。 
マル激!メールマガジン 2026年7月22日号
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1319回)
なぜ「万世一系・男系男子」でなくてはならないのか
ゲスト:仁藤敦史氏(国立歴史民俗博物館名誉教授)
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 7月17日、国会で皇室典範改正法が成立した。皇室典範の本則が本格的に改正されるのは、戦後初めてのことだ。
 今回の改正は、皇族数の減少への対応として議論されてきた。皇族の数が減ったために、皇族一人ひとりの公務負担が重すぎるというのが、その理由だった。そのため、皇族の数を増やすために、女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持できるようにすることと、戦後に皇籍を離脱した旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎えることを可能にすることが、その柱となっていた。元々はそういう話のはずだった。
 ところが、いざ法案が国会で審議される段階になって、政府から国会に上程された改正法には、養子となった旧宮家の男子に生まれた男系男子に将来の皇位継承資格を認める仕組みが盛り込まれていた。そのため、今回の改正は、皇族数の確保という実務的な課題への対応にとどまらず、皇位継承制度そのもののあり方に関わるものとなった。
 改正案のその部分をめぐり、国会では「男系男子による皇位継承が一貫した日本の伝統だった」という考え方が、主に保守系の議員らによって声高に主張され、最終的に法案にもその考え方が採用された。その背景には、「皇統は神武天皇以来2600年、例外なく男系で受け継がれてきた」という特定の歴史認識があるようだ。
 しかし、現在、皇族の中には未婚の女性が愛子内親王、佳子内親王を始め5人いる一方で、男性は悠仁親王1人しかいない。皇位の継承を男系男子にしか認めないということになると、現在は次世代の皇位継承者が1人しかいない状態で、皇統の継続性という意味では非常に不安定な状態になる。そこで、旧宮家から天皇の血を引く男系男子を養子に取ることを可能にするという、かなりアクロバティックな案が今回の法改正に盛り込まれた。
 しかし、この「男系男子は2600年間日本が守り続けていた伝統」という前提は、歴史学的にはどこまで実証されているのだろうか。
 日本古代史を専門とする国立歴史民俗博物館名誉教授の仁藤敦史氏は、「神武天皇以来2600年」という年代観そのものが、7世紀から8世紀にかけて『日本書紀』が編纂される過程で盛り込まれたものであり、歴史学が実証できる天皇の系譜は、それよりかなり後の時代からだと指摘する。また、日本の歴史には8人10代の女性天皇が存在しており、「男系男子」が皇位継承の唯一の原則として制度化されたのは、実は明治期の皇室典範制定以降のことだという。
 もちろん、男系継承を重視する立場にも理由がある。保守派は、男系男子による継承こそが皇統の連続性を担保し、それこそが日本の皇室の独自性を支えてきたと主張する。そのため、仮に女性天皇は容認したとしても、女系天皇だけは認められないとの立場を取る人が一定数いることも事実だ。
 しかし、そもそも、「万世一系」「男系男子」という考え方は、本当に日本の長い歴史を通じて変わることなく受け継がれてきたものなのか。
 皇室典範によって現在の皇室制度の骨格が作られたのは明治期に入ってからだが、実は明治政府が皇室制度を整備する過程で、当時、内閣総理大臣と宮内大臣を兼ねていた伊藤博文の下では、男系が途絶えた場合に女性天皇や女系継承を認める案が検討されていたことが歴史的にも実証されている。しかし、それに対して伊藤の下で法制度の整備を進めていた参事院議官の井上毅らの強い提言を受けて、最終的に「男系男子」が皇室典範に明文化されることになったのだという。
 では、井上はなぜそこまで男系男子にこだわったのか。その背景には、当時の明治政府を取り巻く状況が色濃く反映されていたと考えられている。
 260年続いた徳川の治世が終わり、薩長を中心に形成された明治政府は、政府の正統性を高めるために天皇の権威を最大限に利用した。そうした中で後に内閣法制局長官の座に就く井上は1886年に伊藤に提出した「謹具意見」の中で、国家の最高権威である天皇だけは政治から切り離された絶対的な存在にすべきだと説き、皇統に疑義が生じないことや王朝交代の可能性を完全に排除するためには、男系男子を制度化することが必要だと進言した。
つまり、「男系男子」は明治政府にとって、自らの正統性を高めるための手段として提案され、そして採用されたものだったと考えられているのだ。
 今回の改正では、1947年に皇籍を離脱した旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎えることで皇族の数を増やすと同時に、皇位継承者の数を増やすことが想定されている。しかし、旧宮家の源流は室町時代に成立した伏見宮家にまで遡るもので、数百年前まで遡らなければ現在の皇室との共通祖先にたどり着かない。早い話が遠い遠い親戚でしかない。あえてそうした人々を皇族に迎え、その子孫に将来の皇位継承資格を認める一方で、現在の女性皇族の子どもには継承資格を認めないという制度設計に、今の日本でどれほどの正当性があるのだろうか。
 皇室は日本国憲法の下では「国民の総意に基づく」象徴だとされている。その皇位継承制度を考えるとき、私たちは歴史的事実をどのように理解し、何を「伝統」と呼ぶべきなのか。皇室典範改正をめぐる議論を振り返りながら、「万世一系」「男系男子」という考え方はいつ、どのように形成され、どのような形で今日まで受け継がれてきたのか。21世紀に生きるわれわれはその歴史的経緯をどのように受け止め、どう制度に組み入れていくべきなのかなどについて、仁藤氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・なぜいま皇室典範改正なのか
・明治の皇室典範に「男系男子」が書き込まれた経緯とは
・万世一系の物語は歴史学的にどこまで実証されているのか
・天皇の政治利用をめぐる問題を考える
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■ なぜいま皇室典範改正なのか
神保: 今日7月17日は国会も大詰めということで、色々な法案が通りました。今日取り上げる「皇室典範」改正の他にも、法制審議会が上げてきたバージョンの「再審法」や、「国旗損壊罪」法など、立て続けに法律が通っています。
どの法律も問題は多いのですが、皇室典範の改正案については特にちゃんと議論した方が良いのではないかと。本当に話さなければいけないことを話さずに別の話をして、本当に話さなければいけないことを下から入れてくるような状況です。その結果、本音なのか建前なのかがが分からないような法案が通ってしまいました。

宮台: 最初からこれは天皇制を無力化するための策動だと考えられます。上野千鶴子さんは、これは天皇の制度的な延命を図るものだとおっしゃっていましたが、それは全くの間違いです。憲法意思、あるいは立憲意思とは、もしファウンディング・ファーザーズがいま生きていたら何を言うのかということです。もしいま生きていたらということを考え、自分たちを想像的に抑制する機能が立憲意思です。

 日本は幕府以降、天皇が何を考えられているのかということが、粗雑な武士たちの幕藩体制を何とか正当化していたということもあります。安倍氏や高市氏は非常に不敬な存在で、とにかく天皇を無力化したくてしょうがないんです。

神保: 皆さんには今日の議論を聞いていただく中で判断していただきたいのですが、今回の皇室典範改正の議論を見ていると、日本の悪いところが出たと思います。意見は世代ではっきり分かれます。若い人たちからすれば「大人は何をやっているの」という感じで、建前ではなく本音を言えば良いのにと思っています。しかし世代や社会の中でどこに所属しているかによって「言わないことになっている」という考えになんです。それがぐちゃぐちゃになった結果、意味不明の法律が通ってしまいました。

 きちんと中身や歴史を検証しながら見ていくことが重要だと思いますが、皇室の歴史を聞くにはこの方ほど最適な方はいないと思います。今日のゲストは国立歴史民俗博物館名誉教授で、日本古代史がご専門の仁藤敦史さんです。今日たまたま法案が通り、一連の議論はご覧になったと思いますが、この法案や法案をめぐる騒動をどのように見ていますか?

仁藤: やはり無理がたたっている感じがします。戦後に側室、宮家、女帝がだめだということになり、三方塞がりになりました。そこで何とか続けるために出てきた措置だと思います。

神保: 先生に来ていただいた以上、どうしても伺いたいことがあります。自民党の政調会長が、2600年の歴史、万世一系、男系のみで来たということを国会の場で言っているような状況なのですが、その歴史的な実証性についてきちんと伺いたいと思います。一体いつからそんな話になったのか、どういう目的でそうなったのかということも検証したいと思います。

 まずは今日成立した改正皇室典範の中身を見ていきます。上皇が生前退位する際に皇室典範の附則に書き込んだことはあるのですが、本則の改正は戦後初めてのことです。皇室典範はただの法律なので、国会の多数によってもちろん改正もできます。
今回の皇室典範の改正の内容は、大きく分けて2つです。 
マル激!メールマガジン 2026年7月15日号
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1318回)
この再審法改正で冤罪被害者は救えるのか
ゲスト:稲田朋美氏(衆院議員)
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 日本の刑事司法には、長年「開かずの扉」と呼ばれてきた制度がある。再審制度だ。
 再審とは、確定判決に重大な誤りがあり、新たな証拠などによって有罪認定に合理的な疑いが生じた場合に、あらためて裁判をやり直す制度のこと。日本では再審開始までのハードルが極めて高く、手続きに関する規定も十分に整備されていないため、冤罪被害者やその支援者、弁護士らが長年にわたり法改正を求めてきたが、再審制度を所管する法務省は抜本的な改正に慎重な姿勢を取り続けてきた。結果的に開かずの扉の向こう側で、無実の人間が何十年も塀の中に閉じ込められてきた。
 しかし、袴田事件や福井事件など再審によって一旦は確定した有罪判決が覆る事例が相次いだことで、再審制度を70年ぶりに見直す機運が高まり、現在、再審法(刑事訴訟法の再審条項)の改正案が今国会で審議されている。ところが、提出された法案の中身と、そこに至る審議の過程を仔細に見ていくと、この改正が本当に冤罪被害者を救うためのものなのか、大きな疑問を抱かざるを得ない。
 まず、今回の法改正議論の背景にある冤罪事件のすさまじさを確認しておきたい。
 袴田事件では、1966年の逮捕から2024年の再審無罪確定まで、何と58年もの歳月が費やされた。逮捕から釈放まで実際に袴田巌氏が拘禁された期間は47年7ヵ月に及ぶ。しかもその大半を、袴田氏はいつ刑が執行されるかわからない死刑囚として、恐怖の中で過ごすことを強いられた。
 福井事件はさらに露骨だ。1986年に起きた女子中学生殺害事件で逮捕された男性に対し、検察は客観的な裏付けとなるテレビ番組の放映日を偽った捜査報告書を隠蔽し、事実上有罪判決を騙し取っていた。男性が逮捕から38年を経て2025年に無罪を勝ち取るまでの道のりは、筆舌に尽くしがたいものだった。
 なぜ冤罪被害者の救済にこれほどの時間がかかるのか。要因は2つある。検察による不服申し立て(抗告)が認められていることと、証拠開示規定の欠如だ。裁判所が再審開始を決定しても、検察が抗告を繰り返せば手続きは際限なく長期化する。実際、袴田氏は最初に再審の決定が下ってからも、検察が抗告を繰り返したために、無罪の確定までに9年もの不要な年月を費やすことになった。
しかも検察には弁護側に証拠を開示する義務がないため、被疑者や被告人の無実を証明する証拠が検察の倉庫に眠ったまま、そもそも再審の扉を開くこともできない事態が常態化してきた。
 今回の法改正はこうした状況を正すことが目的、のはずだった。ところが、今回法務省が提出した法案は、被害者救済の観点からは到底満足できる内容になっていない。
 法案では検察の不服申し立ては原則禁止とされているが、「十分な根拠がある場合」には例外的に認めるという大きな抜け穴を残した。もう一つの焦点である証拠開示についても、裁判所が請求理由に関連があると判断したものに限って開示させる「提出命令制度」の新設にとどまっている。さらに問題なのは、証拠の目的外使用を罰則付きで禁止する条項が盛り込まれたことだ。
この規定により、冤罪の第三者検証や、メディアによる報道までもが処罰の対象となる危険性が指摘されている。冤罪被害者を救うための法改正が、冤罪の検証を妨げる道具になりかねないのだ。
 なぜこのような骨抜き法案が提出されることになったのか。実は当初、国会内では超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が発足し、議員立法による法改正が目指されていた。議連は自民党の柴山昌彦氏が代表を務め、昨年4月時点で与野党の国会議員の過半数を上回る384名が参加するなど、議員立法による法案の提出と可決成立は十分に可能な体制が確立していた。
 議連がまとめた法案は、検察による不服申し立ての全面禁止、請求人への直接的な証拠開示と証拠一覧表の開示を定め、目的外使用の禁止規定も存在しない。冤罪被害者や弁護士らが長年求めてきた「満額回答」と言っていい内容だった。
 ところが、与党自民党は途中でこの議員立法の枠組みから離脱し、法務大臣から法制審議会に諮問する方針へと転換してしまった。法制審議会の事務局を担うのは法務省であり、法務省の中枢を占めるのは検察官だ。要するに、当事者である検察の「組織防衛」が露骨に優先された形となったのだ。結果的に議連案は、野党3党の共同提出という形で国会に上程されたが、自民党を含む反対多数で否決されている。
 議連で幹事長代理を務め、4月6日の自民党会合で法務省に猛抗議して注目を集めた稲田朋美衆議院議員は、権威ある法制審議会ならまともな法律を作ってくれると信じていたが、実態はまったく違ったと憤りを隠さない。法務省に騙されたとの思いを禁じ得ないと稲田議員は言う。
 ここで問われるべきは、より根源的な問題だ。なぜ国民から選ばれた政治家が、一行政機関に過ぎない法務省や検察を適正に統制できないのか。その根底には、政治家の側に深く根付いた、検察の捜査権に対する「恐怖感」がある。日本では公職選挙法や政治資金規正法の解釈にグレーゾーンが広く残されており、検察の裁量や匙加減ひとつで、多くの議員がいつでも捜査の対象にされ得る。検察を統制すべき立場の政治家が、検察に生殺与奪の権を握られているという転倒した権力構造が、そこには存在している。
 日本の刑事司法の現状は、国際的な常識からも大きく逸脱している。欧米の先進国では、検察による意図的な証拠隠匿は、司法妨害や職権乱用として明確な刑事罰の対象となる。翻って日本では、検察が自らに不利な証拠を長期間隠し続け、無実の人の人生を破壊した事実が発覚しても、誰一人として刑事罰に問われることはない。形式的な反省の弁が述べられることはあっても、組織としての真摯な謝罪すら拒み続けているのが実情だ。
 議連案の作成に携わった稲田氏は、与党の国会議員として最終的に法務省案を飲まざるを得なかったことに悔しさをにじませる。自らが作成に参加した満点の議連案に、反対票を投じることになってしまったのだ。しかし、同時に稲田氏は、今回の政府案が成立すれば、70年以上まったく手がつけられてこなかった再審制度における小さな「一歩前進」にはなるかもしれないとも語る。
 今回の改正案だけで冤罪を防ぐことはできないかもしれない。しかし、不十分な法制を今後さらにアップデートしていくと同時に、強すぎる検察権力を政治と社会がいかに民主的に統制していくかという、国家の根幹に関わる課題に、これからも私たちは向き合い続けなければならない。
 今国会で可決が見込まれる再審法改正案に対する評価と、真に正義が機能する司法を実現するために何が求められるのかなどについて、ゲストの稲田朋美氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。

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今週の論点
・再審法改正のゆくえ
・政治家はなぜ検察に恐怖を抱くのか
・超党派議連による議員立法が実現しなかった理由
・間違いを犯しても謝らない検察組織は変わらなければならない
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■ 再審法改正のゆくえ
神保: 今日は議員会館に来ています。いま参議院で山場を迎えている、再審法の改正案について議論したいと思います。一連の冤罪事件を受けての再審法改正が、いよいよ実現するかという瀬戸際ですね。現在の法案が本当に十分なのか、色々と思うところもありますが、理想とはほど遠いかもしれないが一歩前進だという評価もあります。それらも含めて再審法の改正案について議論していきたいと思います。

宮台: 今日は皇室典範改正をめぐる採決も行われました。再審法も皇室典範も、日本で憲法的な体制の本質を貫徹することができるのかという問題です。女系か男系かといった議論は明治維新以降に出てきただけで、元々あったものではありません。「女系天皇ダメ」のような建付けはいったい何のために誰が言っているのか。天皇の政治利用の問題ですが、これも日本が立憲体制である以上、見逃せない問題です。
そういう重大な問題が国会で問題になっているということを頭に留めていただきたいと思います。

神保: さて、本日のゲストは衆院議員の稲田朋美さんです。今回、再審法をめぐり、稲田さんや井出庸生さんなどが積極的に発言をされていました。稲田さんは政府案に対して異議申立てをしていますが、特に再審法改正案に対してそこまで強くこだわっている理由や動機はどこにあるのでしょうか。

稲田: 私が再審法を改正しなければいけないと思ったのは袴田さんの再審開始決定が出た3年ほど前です。それまで刑事訴訟法はほとんど触ったことがなかったので、本当に白地から始めました。やはりこれだけ長く冤罪の被害を救済できないということは、憲法の迅速な裁判を受ける権利や、ずっと密室でやられていたということで公開の原則にも反します。再審法の世界では憲法の精神が生きていないことに驚愕し、改正しなければいけないと思い、取り組み始めました。

 最初の勉強会で鴨志田祐美弁護士と法務省審議官のやり取りを聞き、何十年も冤罪が晴れない事実の重みと、机上の理論をおっしゃっている法務省を比べ、弁護士会が言っていることが正しいと確信しました。その後、私の地元で福井事件というひどい冤罪事件が無罪になったこともあり、これは取り組まなければいけないという思いでやってきました。

神保: 再審法の改正については、長い間動かなかったものがようやく動き始めました。日本ではなぜか再審のハードルがとても高いのですが、改正によって少しは西側先進国として恥ずかしくないレベルになるかなという段階です。
特にそのきっかけとなったのは袴田事件でした。これは事件の捜査自体がめちゃくちゃで、判決では証拠のねつ造まであったということが言われています。袴田さんは無罪が確定するまで58年間、死刑囚の身分でした。再審請求が最初に認められてからも、再審無罪が確定するまでには9年間もかかりましたね。 
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著者イメージ

神保哲生/宮台真司

神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。

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