• このエントリーをはてなブックマークに追加
マル激!メールマガジン 2025年12月3日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド (第1286回)
医療政策は各論に入り込む前に医療の全体像を見据えた議論を
ゲスト:森井大一氏(日医総研主席研究員)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
高市政権下で医療政策を巡る議論が錯綜している。
 28日に閣議決定された補正予算案には、医療分野における賃上げ・物価上昇に対する支援として5,300億円が盛り込まれた。これは公定価格である診療報酬で運営されている病院で、物価上昇などが経営を圧迫して7割が赤字となっており、このままだと地域医療がもたないとの訴えが各地から聞こえていたことを受けたものだ。もっとも補正予算は単年度限りなので、現在審議中の中医協では診療報酬を上げてほしいと医療機関側からの強い要望が挙がっている。
 一方で、政府は連立を組んだ日本維新の会が強く主張する、現役世代の社会保険料の引き下げも模索しなければならない立場に置かれている。その財源として政府が真っ先に挙げたのがOTC類似薬の保険給付外しだ。OTC類似薬とは、市販されている薬と類似した薬を意味し、医師から処方されるため保険給付により個人負担は1割~3割で済む。湿布薬、保湿剤、漢方薬などのほか、医師が処方していた薬を市販できるようにしたスイッチOTC薬まで幅広い薬剤を指す。保険から外れれば患者は市販薬を自分で薬局から購入しなくてはならなくなる。
 しかし、さすがにこれは患者団体などの強い反発を受けたため、保険給付を外すことは断念し、新たに追加の負担を課す案が検討されているという。今後の審議で薬剤の範囲や負担額などが決まる見込みだが、最終的にどのぐらいの医療費が削減されることになるのかは、現時点では不明だ。このほかにも、一定の金融資産のある人への保険料や自己負担額の増額も検討されている。
 保険料の引き下げというと耳障りは良いが、いざそれを実現しようとすると様々な軋轢が生じる。医療政策が専門で各国の制度に詳しい日医総研主席研究員の森井大一氏は、現在の医療政策を巡る議論はいきなり各論に入っているが、そもそも日本の医療政策の全体像をどのくらいの人が理解したうえで判断しているのかが疑問だと言う。社会保障の議論そのものが国民を置き去りにしたまま進んでいることも、本来はあってはならないことだ。
 医療を社会が責任を持つとする医療政策だが、日本ではその手段は主に民間の医療機関が提供しており、基本的に病院が公立である英・仏・独とは制度を異にしている。そのため日本の医療機関は、医療を提供した際にその対価が支払われるかどうか、つまり十分な保険財源があるかどうかがどうしても関心事にならざるをえないと、森井氏は指摘する。
 さらに重要なのは、どのような医療サービスが受けられるのかだ。負担する側と給付を受ける側は当然同じ国民であり、医療の質が下がることは誰も望んでいないはずだ。健康なときはどうしても負担ばかりに目がいきがちになるが、誰もがいつ医療のお世話になるとも限らない。そのためにも価値ある医療サービスが提供されることが重要で、そこを取り違えると医療への信頼が揺らぎかねない。コロナ禍で大きな議論となったかかりつけ医についても、森井氏は同様の観点から語る。
 英・仏・独のコロナ禍でのかかりつけ医調査なども合わせて、各国の医療政策に詳しい森井氏と社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・いま焦点となっている医療政策とは
・「政府による医療」がない世界はどのようなものか
・医療の恩恵を実感しにくくなっているのはなぜか
・医療には制度だけでなく日常の信頼関係が必要な理由
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ いま焦点となっている医療政策とは
迫田: 今日のテーマは医療政策です。国会では、一部の薬を保険給付から外すかどうか、医療費削減を目的に制度をどのようにいじるか、社会保険料をどれくらい下げるのかといった議論があります。一方で、病院の赤字が大変なのでそこをどう補填するのかという議論もあり、これらをどう見たら良いのかということについて話していきたいと思います。医療は身近ですが、制度は分かりにくいですよね。

宮台: 昔は生活保護のような「救貧」という考え方と、小さな共同体で何かあった時のために皆が共同で積み立てる「防貧」という考え方で分かれていた時代がありました。結局、色々な保険は税金で支えないと回らないものになっています。もともと防貧のシステムは比較的分権的で、人々が必要だと思えばやるということだったのですが、今はそうではなくなっています。
一方で共同体が空洞化しています。私は大学に入るまでにお葬式に10回以上出ていますが、今の新入生は平均すると1~2回しか経験していません。周りで人が死ぬとか病気で伏せているという状況を見る機会が少ない中で、何に備えて、そのために自分たちがどれだけ前もって身銭を削らなければならないのかといった社会学的想像力がありません。
また国が税を使い公的な仕組みを作ることにどれだけ望みを持つのかについては、有権者に民意の統一がありません。

迫田: そんな中で、使っている薬の値段が突然今までの10倍になってしまうといったことが起きると慌ててしまいますよね。

宮台: 全てが「今だけここだけ自分だけ」という状況になっている時、公的な仕組みについて議論することは非常に難しいですし、そもそも公という概念もほとんど飛び散っています。政党はアテンションエコノミー的にポピュリスティックな動員ができれば良いと考えていて、政策全体の統一性などは全く考えていません。

迫田: 目先の数字合わせのような議論が出てくるので、患者側は突然言われてびっくりするといったことが起きています。本日のゲストは日医総研主席研究員の森井大一さんです。日医総研の母体は日本医師会なので、医療政策の議論の中で一番前に出てくるところでもあり、番組に出てくださるまでには相当な覚悟があったのだと思います。

森井: 日医総研は日本医師会のシンクタンクです。私はいつも、特に多数の方がオーディエンスとして想定される場所では、自分は誰の味方でもないと言っています。私は医療政策を勉強して外国の大学院で学位を取ったヘルスポリシーの学徒の1人であり、医者として医療者の端くれでもあります。そして何より1人の国民です。その知識と経験と良心に基づいて話をするだけです。

 ただラッキーなことに、日本医師会の意見と私の意見はそんなに違いません。それは余計なストレスがないところですが、外で話す時には、お前は日本医師会の奴だからダメだと言われることもあります。そんなふうに私の肩書きで議論そのものを否定するような人は、政策論について自分で白旗を挙げているのと同じだと思っています。

迫田: 今どんなことが起きているのかですが、まずは高市総理大臣の所信表明演説を見ていただきます。 
マル激!メールマガジン 2025年11月26日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド (第1285回)
元兵庫県議を死に追いやった悪質な誹謗中傷とSNS上の拡散に日本はどう対処すべきか
ゲスト:郷原信郎氏(弁護士、元検事)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 NHK党の立花孝志党首が11月9日、名誉毀損の疑いで逮捕された。この逮捕は、立花氏による悪質な街頭演説やそれに乗じた大量の嫌がらせの電話やメール、SNS上での誹謗中傷を苦に自ら命を絶った、元兵庫県議の竹内英明氏の遺族が、立花氏を名誉毀損の疑いで刑事告訴したことを受けたものだ。
 竹内元県議はなぜ自ら命を絶つほどまでに追いつめられてしまったのか。ことの発端は2024年3月、兵庫県の西播磨県民局長が、斎藤元彦・兵庫県知事に関する7つの疑惑を記した内部告発文書を一部の県議や報道機関に送付したことだった。斎藤知事は直ちに犯人探しを開始し、告発者が西播磨県民局長の渡瀬康英氏であることを突き止めると、告発内容を「嘘八百」と断じ、局長の公用パソコンなどを調査した上で、局長を懲戒処分にした。
 2024年6月、この問題を調査する百条委員会が兵庫県議会に設置されたが、元県民局長は7月に「死をもって抗議する」とのメッセージを残して死去した。自死とみられる。
 竹内元県議はこの百条委員会の委員を務めていた。元県民局長の死を受けて斎藤知事への批判が高まると、9月には県議会で斎藤知事に対する不信任決議案が可決されたが、知事は議会を解散せず失職し、出直し選挙に臨んだ。この兵庫県知事選に「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が、斎藤元彦氏を応援することを目的として「2馬力選挙」を実行するために自らも出馬したのだ。
 立花氏は知事選の街頭演説で「竹内県議が斎藤知事のありもしない噂話を作っている」などとし、告発文書問題の黒幕が竹内氏であるかのような発言を繰り返した。その発言に触発された人々が竹内氏の事務所に「竹内が黒幕」「責任を取れ」といった大量の電話や手紙やメールなどを送りつけるなどしたほか、SNS上でも竹内氏は夥しい数の誹謗中傷に晒された。
 2024年11月17日の出直し選挙では斎藤元彦氏が圧勝し、竹内氏は自身や家族への誹謗中傷に耐え切れず県議を辞職したが、その後も「説明もなく辞めた」「やましいことがあったのではないか」といった、竹内氏に対するSNS上の攻撃は止まらなかった。
 12月になると立花氏は、自身が出馬した大阪府泉大津市長選の街頭演説などで「竹内氏が兵庫県警の取り調べを受けて逮捕される予定だった」などと発言し、竹内氏が元県民局長の妻名義の文書を偽造したかのような批判を行った。これらの情報がSNSで拡散され、追いつめられた竹内氏はうつ状態と診断され、2025年1月18日、自ら命を絶った。
 しかし、竹内氏が死去した後も立花氏は竹内氏に対する攻撃の手を緩めなかった。立花氏が竹内氏の逮捕が予定されていると発言したことに対し、兵庫県警の本部長が県議会で「全くの事実無根」と否定する異例の事態となった。その後、立花氏自身も「逮捕が近づいているのを苦に命を絶ったことは間違いだった」と認めているが、その後も「誹謗中傷でなんで死ぬねんって話じゃないですか」などと、自身の攻撃によって竹内氏が自殺したことを否定し続けた。そして2025年6月、竹内氏の妻が立花氏を名誉毀損で刑事告訴した。
 竹内夫人の告訴代理人を務める郷原信郎弁護士は、立花氏が死者に対する名誉毀損は有罪になるハードルが高いことを知った上で、亡くなった後の竹内氏に事実無根の批判を浴びせたことを許してはならないと訴える。公の場で人の社会的地位を低下させるような発言をすれば、生きている人に対する発言ならその内容が事実であってもなくても名誉毀損は成立するが、亡くなった人の場合はその内容が虚偽であり、かつ虚偽と分かって発言していなければ名誉毀損にはならない。
 郷原弁護士によると、日本ではこれまでに死者に対する名誉毀損が処罰された例はないという。それほど死者に対する誹謗中傷を立件するハードルは高い。しかし、今回のような悪質な行為が刑法で処罰できないというのは、社会通念上も許されないことだと郷原氏は主張する。
 竹内氏を追いつめたもう1つの大きな原因はSNS上での誹謗中傷の拡散だった。SNSでは匿名のアカウントを中心に、常識では考えられないような誹謗中傷やデマを含む投稿が瞬く間に拡散される。その拡散を防ぐためには投稿の場を提供している業者、つまりプラットフォーム側にそれを防ぐ仕組みが不可欠となる。欧州やオーストラリアなどではプラットフォームに対する規制が厳格化しているが、ほとんどの何の規制もないアメリカに倣っているのか、日本は規制が非常に緩い。
 日本でも2025年4月から「情報流通プラットフォーム対処法」が施行され、誹謗中傷投稿の申し出があった場合、7日以内に判断することがSNS事業者に義務づけられたが、例えばドイツなど明らかに違法な投稿を24時間以内に削除する義務を課す国もあり、まだまだ日本の規制は甘い。
 しかし、その間もネット上の誹謗中傷は繰り返され、その圧力に堪えきれずに自殺に追い込まれたり、うつ状態になったり、あるいは社会的な生活が送れなくなるような人が後を絶たない現状を、いつまでも放置するわけにはいかないだろう。
 表現の自由との兼ね合いもあり、一律に厳しい規制をかけることが正しいとも思えないが、その一方で、誹謗中傷による個人攻撃によってSNSが炎上すればするほど、結果的にプラットフォーム業者やそれを仕掛けているインフルエンサーに経済的な利益がもたらされる現在の構造を放置するのは、表現の自由を守る上でもマイナスだ。
 兵庫で何が起こったのか、竹内元県議はどのような被害を受けたのか。死者への名誉毀損が許されないのはなぜか、SNSでの誹謗中傷をなくすためには何が必要かなどについて、郷原信郎弁護士と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
 なお番組の冒頭では、11月21日に新潟県の花角知事が東京電力柏崎刈羽原発の再稼働を容認したことの問題点と、11月18日に公開を義務づける法案が米議会で承認されたいわゆる「エプスタイン文書」についても取り上げた。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・兵庫県の斎藤元彦知事をめぐる一連の事件を振り返る
・竹内元県議を追いつめたSNSでの誹謗中傷
・日本のSNSプラットフォーム規制は十分か
・SNSによる選挙への影響をどのように制御していくべきか
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ 兵庫県の斎藤元彦知事をめぐる一連の事件を振り返る
神保: 今日のゲストは番組ではおなじみの、弁護士で元検事の郷原信郎さんです。奇跡の復活ですね。夏場に病院に行った時は、もうどうなるかと。

郷原: 7月中旬に緊急入院をした時はICUで管に繋がれて、人工透析という状態だったので、当分まともな活動はできないと思い、悪性リンパ腫の病名を公表しました。本当に多くの皆さんに励ましの声をいただいて、抗がん剤が非常によく効いて2カ月で退院することができました。

神保: 本当に戻ってこられて何よりです。さて、郷原さんは兵庫県の問題で2つの刑事事件に関わっています。公選法の事件については上脇先生と刑事告発をされ、自殺された竹内英明元県議の事件については刑事告訴された奥様の代理人をされています。

郷原: 竹内英明元県議の方はNHK党の立花孝志氏が逮捕に至ったのでこれから検察マターになります。公選法違反の方は、不起訴になったのに対して2日後に検察審査会に申立をしました。

神保: 公選法違反で兵庫県知事がPR会社を使ったことが買収にあたるのではないのかという事件ですよね。

 まず、竹内元県議の方を見ていきます。自殺された竹内元県議の奥様が名誉毀損で刑事告訴をされました。名誉毀損は民事での損害賠償請求もありますが刑事もあります。民事と刑事は何がどう違うのでしょうか。 
マル激!メールマガジン 2025年11月19日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
マル激トーク・オン・ディマンド (第1284回)
見逃されてきた「新しいリベラル」の受け皿になるのはどの政党か
ゲスト:橋本努氏(北海道大学大学院経済学研究科教授)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 今日、日本でも世界でも、リベラル勢力は退行し、保守勢力や国家主義的な勢力が政治の主導権を握っていると考えられている。実際、アメリカではアメリカファーストのトランプ政権がリベラル政策をことごとく塗り替えているし、日本でも自民党内では比較的リベラルとされた石破政権が短命に終わり、それに代わって保守派の高市政権が発足したばかりだ。
 ところが、北海道大学の橋本努教授らのグループが大規模な社会意識調査を行ったところ、日本には既存のリベラル勢力とも、また保守勢力とも一線を画する、「新しいリベラル」層というものが生まれており、今やそれが最大勢力になっていることがわかったという。
 橋本氏らの研究グループは2022年7月、約7,000人を対象とするウェブ調査を行った。調査の結果、これまで見落とされてきた「新しいリベラル」の存在が浮かび上がった。数としては多数派ではないものの、全体の約2割を占める最大勢力「新しいリベラル」の存在が確認されたという。
 そもそも日本のリベラルというものは、「政治的には自由を重視し、経済では福祉国家を支持する人々」とされてきた。それに対し、「新しいリベラル」とは政府による投資を重視する人々だと橋本氏は言う。その結果、従来型リベラルが弱者支援を重視するのに対し、新しいリベラルは成長支援を重視するほか、従来型リベラルが高齢世代への支援を重視するのに対し、新しいリベラルは子育て世代や次世代への支援を重視するなどの違いがある。
そしてもう一つ新しいリベラルが従来型リベラルと大きく性格を異にする点は、憲法9条、日米安保、自衛隊などリベラルであることの前提条件といっても過言ではない「戦後民主主義的な論点」にこだわりがないことだという。
 政府の予算を大別すると年金などの「消費」と、教育などの「投資」に分けることができる。この2者の比率を投資側にシフトさせていくべきだと考えるのが新しいリベラルの発想で、それは例えば失業者に現金給付などの支援を主張する伝統的なリベラルの立場とは異なり、再び働けるようにする職業訓練やリスキリングなどへの「投資」を優先する。
 7,000人を対象に行った大規模な意識調査では、例えば大学奨学金の望ましいあり方について、「経済状況に関係なく学ぶ意欲のある全ての生徒を対象とすべき」、「貧困層や障がいのある生徒など社会的に不利な立場にある人を中心にすべき」、「大学は原則として自己負担で進学すべき」といった選択肢を提示し、潜在クラス分析という統計方法で似た回答パターンをした人をグループ分けした。
 その結果、「従来型リベラル」、「新しいリベラル」、「成長型中道」、「福祉型保守」、「市場型保守」、「政治的無関心」という6つのグループに分かれたという。このうち「新しいリベラル」は、従来の社会調査では十分に把握されてこなかった層であり、今回の調査ではもっとも多数を占めるグループだったという。
 高市政権は「責任ある積極財政」を打ち出し、AIや 半導体、造船など17の戦略分野に重点投資する方針を示している。高市政権の「投資を通じた成長」という政策は、新しいリベラルが重視する投資国家の思想と重なる部分もあるが、高市政権が経済への投資を中心に据えているのに対し、新しいリベラルは社会的投資を重視するのが特徴だと橋本氏は指摘する。
  「新しいリベラル」の考え方を初めて体系的に示したのはイギリスの社会学者アンソニー・ギデンズだった。ギデンズが1998年に出版した『第3の道』は、労働党ブレア政権の理論的基盤となり、公共事業と手厚い福祉(第1の道)、小さな政府を志向する新自由主義(第2の道)の両極端ではなく、社会的公正と市場の効率性の両立をめざす現代的な社会民主主義を標榜したため、当時ブレア政権は「ニューレイバー」などと呼ばれた。
 日本でも2009年に民主党政権が発足した際に、新しいリベラルの志向に近似した様々な政策が掲げられたが、民主党内に混在する古いリベラルと新しいリベラルの対立によって、両者の折衷案のような政策になってしまった。さらに民主党は戦後民主主義的な論点にも深々とコミットしたため、経験不足と東日本大震災も相まって民主党政権はあまり芳しい成果をあげられないまま3年で終焉してしまった。
 その後、日本では世代交代も進み、国民の側は新しいリベラル意識を持った有権者層が確実に増えていったが、紆余曲折を経ながらも立憲民主党内のオールドリベラルとニューリベラルの対立は続いた。
 現在、新しいリベラルの投票先は立憲民主党の右や国民民主と自民党の左と維新に分散されてしまっている。それはつまり、最大勢力の新しいリベラル層の受け皿をどの政党も提供できていないことを意味している。
 隠れた主流派の新しいリベラルとはどのような人たちなのか。それは伝統的なリベラルと何が共通し何が異なるのか。新しいリベラルが最大勢力であるにもかかわらず、その立場を代表する政治勢力ができないのはなぜか。どうすればそれを作ることができるのかなどについて、北海道大学大学院経済学研究科教授の橋本努氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。(今回橋本氏はリモート出演になります)

+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・日本の「リベラル」はどう定義されてきたのか
・「従来のリベラル」と「新しいリベラル」の違い
・受け皿となる政治勢力を持たない「新しいリベラル」
・「新しいリベラル」が政治的なコネクターになるには
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ 日本の「リベラル」はどう定義されてきたのか
神保: 今日のテーマは「新しいリベラル」です。ゲストの北海道大学大学院経済学研究科教授の橋本努さんは、立命館大学の金澤悠介さんと一緒に『新しいリベラル』という本を書かれました。大規模調査をされ、そこから「隠れた多数派」が見えてきたということはとても面白く衝撃的でした。「政治についての市民意識ウェブ調査」ということで、2022年7月14日〜19日、18〜79歳の男女7,000人を対象に調査されました。これは電話での調査でしょうか?

橋本: 楽天インサイトにお任せしたものです。都道府県の人口や年齢構成、性別などに比例させてうまく7,000人を選んでいただいたので偏りなく調査しました。

神保: これは2022年の調査なので、その後、政治では参政党が躍進したり、自公が立て続けに2つの選挙で過半数割れしたりということがありました。それを念頭に置いた上でも、これは国民の意識がどうなっているのかということを見る上では有効だと思います。

 そもそも、皆平気で「リベラル」や「保守」という言葉を使いますが、それを定義しないまま話すと訳が分からなくなってしまいますね。何を保守するのかによって意味が変わってくるので、そういう意味では共産党は保守的です。あるいは護憲政党も保守的だと言えます。まずは今日の議論の元となる「リベラル」について入門的な解説をしていだけますか。

橋本: リベラルという言葉が日本の文脈で使われたのは比較的新しく、1994年前後のことでした。それまでもリベラルという言葉はありましたが、多くは外国の政治を語る時に使われれていました。日本の場合は「保守」対「革新」という軸を用いて意識調査をしてきました。また自民党や社会党もそういう軸で対立していましたが、冷戦が崩壊し村山富市が総理大臣になった時に、「自分はリベラルだ」と言ったんです。
その時の日本人はリベラルという言葉を知らないので、リベラルとは一体何なのかという話が始まり、色々な人が定義しました。当時は昔の革新と同じではないのかなどとも言われました。それが分からないまま進んでいきましたが、皆リベラルという言葉は使い始め、その都度どうリベラルを定義すれば良いのかという問題が生じていました。
今回の調査では私たちも、日本の文脈で定義することの難しさに直面しました。 
マル激!メールマガジン

ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、毎週の主要なニュースの論点を渦中のゲストや専門家らと共に、徹底的に掘り下げるインターネットニュースの決定版『マル激トーク・オン・ディマンド』。番組開始から10年を迎えるマル激が、メールマガジンでもお楽しみいただけるようになりました。

著者イメージ

神保哲生/宮台真司

神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。

http://www.videonews.com/
メール配信:ありサンプル記事更新頻度:毎週水曜日※メール配信はチャンネルの月額会員限定です

月別アーカイブ