平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。小学生の敏樹先生は、大叔父を真似て川で生きた山椒魚を飲むことに成功します。さっそく学校で自慢しますが、信じてもらうためにドジョウを飲むことになり……。事態は思いもよらぬ展開を迎えます。
男 と 食 9 井上敏樹
先日、仕事場で埃に躓いて転んだ。意味が分からない、と思われるかもしれないが、文字通り埃に躓いて転んだのだ。私はあまり掃除をしない。部屋がきれいだと落ちつかないのだ。だから埃が成長する。ころころと珠のように丸くなる。そいつに躓いて転んだのだ。まあ、そんな事はどうでもよろしい。さて、今年もまた鮎の時期だ。私は鮎狂いなので六月になるとそわそわして来る。一刻も早く、一匹でも多く鮎を食いたい。出来れば日本中の鮎を胃袋に収めたいぐらいだ。子供の頃から私は鮎に縁があった。群馬県の山奥ー大滝村という所に親戚の家があって、夏休みになると遊びに行っていたのだが、村を流れる神流川で鮎が捕れたのである。母方の大叔父は農家であり猟師であり漁師でもあった。村一番の鮎捕り名人で、私が遊びに行くと投網を肩にかけじゃぶじゃぶと川に入っていく。大叔父は好きな形に投網を投げる事が出来た。たとえば岩と岩の間の溜まりを狙うなら、岩に網がかからないように三角形の形に投げる。それが、四角でも丸型でも自在であった。鮎が大量に捕れると、大叔父は腸で鍋を作ってくれた。何匹もの鮎の腸を抜き、包丁で叩いたのを出汁を張った鍋に溶かし込み、そこにこんがりと焼いた鮎を入れ、グツグツと煮込みながら食べるのである。これが、異様なくらい旨かった。美味しいものを食べると頬っぺたが落ちる、とよく言うが、あれは事実なのをご存じだろうか。何人もの人に聞いてみたが、そんな経験はないと言う。だが、本当の事なのだ。私は何度か経験がある。鮎の腸鍋の時もそうだった。頬の付け根のあたりがジンと痛くなる。くすぐったいような痛いような不思議な感じだ。そうなると、頬っぺたが落ちないように、押さえながら食べなければならない。