現役官僚の橘宏樹さんが「官報」から政府の活動を読み取る連載、『GQーーGovernment Curation』。10月から施行された「「生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律」。生活保護法の改正も含んでいながら、「生活保護」という言葉を避けて「等」としたのは、改正の意図を曲解されないための、政策担当者たちの苦肉の判断があったようです。
こんにちは。橘宏樹です。国家公務員をしております。このGovernment Curation(略してGQ)は、霞が関で働く国民のひとりとして、国家経営上本当は重要なはずなのに、マスメディアやネットでは埋もれがちな情報を「官報」から選んで取り上げていくという連載です。どんな省益も特定利益にも与さず、また玄人っぽくニッチな話を取り上げるわけでもなく、主権者である僕たちの間で一緒に考えたいことやその理由を、ピンポイントで指摘するという姿勢で書いて参ります。より詳しい連載のポリシーについては、第一回にしたためさせていただきました。
【新連載】橘宏樹『GQーーGovernment Curation』第1回「官報」から世の中を考えてみよう/EBPMについて
2018年9月は、台風21号、北海道胆振東部地震など天災が続きました。一日でも早く被災地が復旧復興するよう心から祈念しております。また、大坂なおみ選手の全米オープン優勝、安室奈美恵引退、貴乃花親方の引退といったニュースも注目を集めました。樹木希林さんの訃報も大変印象深くて、ご冥福をお祈りしております。
永田町では、自民党総裁選における安倍総理再選とその後の組閣人事に注目が集まりました。霞が関では、麻生財務大臣は概算要求総額が102兆円台後半になるとの見通しを示しました。なかなか大規模です。また、いくつか興味深い統計の発表がありました。例えば、財務省は、2017年度の企業の内部留保(貯めている利益)が金融・保険業を除く全産業で446兆4844億円となったと発表しました。この金額は前年度比で9.9%増となっており6年連続で過去最高を更新しています。他方で、こうした利益剰余金を人件費に回した割合は43年ぶりの低水準にとどまっているとのこと。儲けてるなら給料増やせ、という労働者の声は強まりそうです。また、これはなんらかの将来不安感が強かったり、どういうイノベーションを目指せばいいのか投資先を決めあぐねていたりする企業が多いということも示しているのでしょう。
企業の内部留保、446兆円=6年連続で最高更新-17年度末(時事ドットコムニュース 2018年9月3日)
それから、法務省は9月19日、6月末時点の在留外国人数が263万7251人だったと発表しました。2017年末と比べ7万5403人増え、過去最多です。日本の総人口の約2%にあたります。「内なる国際化」がジワジワと広がっています。
在留外国人263万人、過去最多に 総人口の2%(朝日新聞デジタル2018年9月19日)
そしてさらに、自民党の行政改革推進本部が中央省庁の再々編を促す提言を行いました。これを受けて、厚労省をはじめいくつかの省庁の近辺が騒がしくなってきています。本当に激動の9月でした。
省庁再々編の提言了承、自民行革本部 厚労省の業務過大など問題視 (日経新聞2018年9月5日)
ちなみに、僕自身にも想い出深い出来事がありました。9月22日、福島県本宮市で開催された「英国祭」にて講演をさせていただきました。拙著「現役官僚の滞英日記」を読んだ國分久徳理事長がわざわざ僕を訪ねてご依頼くださいました。貴重な機会をいただきましたこと、PLANETSが紡いでくれた縁に感謝しております。
9/22(火)高級車登場に笑顔 本宮で「英国祭」、文化や食など紹介(福島民友ニュース 2018年09月23日)
さて、今回のGQでは社会保障を取り上げたいと思います。今年6月に国会で可決された「生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律」が10月1日から施行(=世の中で実際に運用が始まる)されました。
行政文書の「等・など」
「生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律」には、「等」という文字が含まれています。この「等」、公務員はよく使います。公用文では、漢字の直後なら「等」、ひらがなの直後では「など」と書き分けたりします。(この書き分け、どうでもいいだろ…と思ったり、なまじそういうルールに目が慣れてしまっていると、違ってたらそれはそれで気になったりします・・・orz。)「等・など」は、一般的には、ほかに色々あるのを全部並べると文章が長くなってしまう時に、短さを維持するために使う言葉ですよね。また、まずは馴染みのあるものやメインのもの(ここでは生活困窮者自立支援法)を出してイメージを持ってもらい、相対的に重要性の低いものは「等・など」に入れ込んで済ますわけです。しかし、公務員は、色々考え抜いて、諸々の意図を込めながら、この「等・など」を用いる場合があります。例えば、議案のタイトル。たくさんの大事な内容を含んでいる時であっても、メリハリを効かせるために、一番議論してもらいたいものは名前を出して、それ以外は「等・など」のなかに「読み込もう」とします。書類のタイトルなどで「等・など」の中身に何を読み込むか、外にどれを並べるかは、文章の演出戦術そのものであり、いつも悩みどころです。裏を返すと、行政文書では、「(事務方が)一番議論してもらいたいこと」ではなくとも、かなり重要な話が、この「等・など」のなかに溶け込んでいる可能性もあるわけなのです。ですから、その辺をよくわかっている偉い人とかが「この『等』には何が含まれているのか?」とご下問になることも多いです。これに対して、事務方も、すっと答えられるように、俗に「等など表」と呼ばれる一覧表を準備していたりもします。(こういうこと、普通の会社でもあるのでしょうか…)
では、今回取り上げる「生活困窮者自立支援法『等』の一部改正」の「等」のなかには何が含まれているでしょうか。いくつかありますが、生活保護法の改正が含まれていることはポイントだと思います。でも、生活保護法の改正を「隠そうとしている」とまでは僕は思いません。実際、法改正の概要説明のペーパーに、生活保護法改正の内容についてもきちんと書いてあります。国会審議でも論点になっています。想像するに、あくまで法案の冒頭にあるように「生活困窮者等の自立を促進するための」法改正であることを強調したい、という意思から「等」に生活保護法を読み込ませているということなのではないかな、と僕は解釈します。なぜか。それをご理解いただくには、少し今の社会保障制度の構造や生活困窮者自立制度の説明が必要そうです。
そこで、以下では、まず、この生活困窮者自立制度についてざっと触れます。その上で、「等」に含まれている生活保護法の改正部分について述べたいと思います。そして、最後に、なぜ「等に生活保護法改正を含めたか」に関する僕の想像を添えたいと思います。
そもそも生活困窮者自立支援制度とは?
生活保護制度とは、ざっくり言えば、本当に困ったら、市町村役場から毎月生活費がもらえる、医療費が無料になるといった、基本的人権の最後の砦となっている制度です。
リーマンショック後の不況の中で、生活保護受給者はとても増えました。平成20年代は毎年飛躍的に増加し、受給世帯数も国庫負担額も過去最高を更新していきました。もちろん高齢者や病気の方々が大半ではあったのですが、働くことができるはずの受給者も多くいました。そこで、2015年、これらの働ける人々が生活保護状態から抜け出して自立できるように、就労支援や、生活相談、家賃支援、学習支援などを行う新しい制度が始まりました。これが生活困窮者支援制度です。
いわば、生活保護の手前に、新しいセーフティーネットを設けたわけです。雇用保険などが第1のセーフティーネットだとしたら、この生活困窮者支援制度が第2、生活保護制度が第3のセーフティーネットとなるわけです。今、日本社会の基本的人権は3層構造の制度で守る構えになっているわけです。
▲セーフティーネットの3層構造(筆者作成)
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