NPO法人ZESDAによる、様々な分野のカタリスト(媒介者)たちが活躍する事例を元に、日本経済に新時代型のイノベーションを起こすための「プロデューサーシップ®」を提唱するシリーズ連載。第5回目は、海外でビジネスを行う日本人たちの支援ネットワーク「和僑会」で活動する永野剛さんです。母国を離れてもたくましく生きる華僑にならい、日本人ならではの強みを活かした国際社会での活躍を、どのようにプロデュースできるのか。業種を超えたケーススタディを通じて、グローカルに生き残っていく明日の日本人像を探ります。
プロデューサーシップのススメ
#05 海外日本人ネットワーク「和僑会」のめざすグローカリゼーション
本連載では、イノベーションを引き起こす諸分野のカタリスト(媒介者)のタイプを、価値の流通経路のマネジメント手法に応じて、「inspire型」「introduce型」「produce型」の3類型に分けて解説しています。(詳しくは第1回「序論:プロデューサーシップを発揮するカタリストの3類型」をご参照ください。)
今回はカタリストの第2類型、すなわち、イノベーターに「コネ」を注ぐ「introduce型カタリスト」の事例の第2弾として、和僑会で活躍する永野剛氏をご紹介します。
前回の堂野さんは、ローカルなコミュニティを運営し、その内側で異業種を繋いで価値を生み出すカタリストでしたが、今回は、国境をまたいで複数のローカルなコミュニティをintroduce(紹介)するカタリストです。
永野さんは、海外在住の日本人のコミュニティネットワーク「和僑会」のメンバーとして、数々の国際的なビジネスを成功させています。縦横無尽に、国内外、各領域を飛び回り、非常に多様な人々を繋いで回る永野さんは、グローバルなintroduce型カタリストの典型例を提出してくれます。永野さんから学べるポイントは少なくとも2点あると思われます。信頼概念に対する確固たる哲学と、マルチ・リテラシーの養い方・活かし方です。
まず、信頼概念について。introduceにおいては、紹介者であるカタリストの「信頼」の付与がカギになります。紹介によって結び付けられる双方が、紹介者を信頼しているからこそ、紹介を受け入れ、スムーズにシゴトの話に入ることができます。知らない者同士がゼロから信頼を構築するコミュニケーション・コストを圧縮してくれるわけです。永野さんは、組織や地位の「格」による値踏みでビジネスを進めがちな日本人が、中国市場で失敗する例を多く見てきた経験を踏まえて、「縁」という概念から、信頼とは何か、組織とは何か、を説き起こします。
また、永野さんのカタリストとしてのパワーの源は、「和僑会」に加えて「日本の地方」「中国」「イベント企画」「観光」「アカデミア」の少なくとも6種類の領域において「マルチ・リテラシー」を有している点にあります。例えば、「観光」を切り口に「日本の地方」に入り込み、「中国」人を連れてくる「イベントを企画」し、学びを「アカデミア」で発表したり、海外で「日本の地方」を売り込む「イベントを企画」する際には、「和僑会」のチカラを借りつつ「観光」の観点からマーケティング戦略を考えたり、と、6つのマルチ・リテラシーをフル活用して、人々をintroduceし、付加価値を出している様子がよくわかります。そして、永野さんは、各コミュニティ内の一定の役職を引き受けて「細くとも長く」各領域との人間関係を維持することによって、マルチ・リテラシーを維持発展させている点にも要注目です。
さらに、国際的カタリストとして大活躍する永野さんは、「グローバル人材には、むしろローカルさが必要」と喝破します。グローバルという領域が多くのローカルを包んでいるのではなく、ローカルとローカルの間にしかグローバルは存在しないという見地は、カタリストのリアリズムを感じさせてくれるとともに、グローバル人材論にも一石を投じてくれます。
本文で紹介する事例は、永野さんの実績のほんの一部ですが、introduce型カタリストの核である「信頼」概念とマルチ・リテラシーの養い方・活かし方を学ばせてくれます。(ZESDA)
「和僑会」とは何か
みなさま、はじめまして。永野と申します。和僑会とグローカリゼーションのお話をするにあたって、まず私の社会活動の来歴から入らせてください。(資料1参照)私は、学生時代から、いずれ経営者になろうという気持ちはありましたが、急いではいなかったので、一部上場の商社で3年ほど勤務しました。その後、起業家マインドを持つ会社にも身を置きたいと考え、大手人材サービス企業に勤めました。それから、リーマンショックが起きた頃、経営学を体系的に学びたいと考え、会社を辞めてMBA(経営学修士)を大学院で学びました。そして、2010年頃、就職活動を兼ねた海外進出関連のセミナーで、中小企業の海外展開をサポートする東京和僑会という組織に出会いました。直観的に、ここにこそ、私が求めている環境があると感じました。そこで大学院卒業後は、東京和僑会に身を置き、企業の海外進出の現場を学ぶ機会を得ました。その後2014年に海外進出支援の会社を立ち上げ、海外市場調査などをする仕事を始めるようになりました。
また、認定NPO法人東京都日本中国友好協会の副理事長を2019年6月から仰せつかり、日本で中国のファンを増やす活動をしています。私が中国に関心を持つようになったきっかけは、大学1年生の時に9.11アメリカ同時多発テロが起きた時、中国人の留学生とアツい議論をしたことでした。周りから見るとケンカのようだったと後で聞きましたが、アツく深い議論の途中から、意見と意見のぶつかりがとても面白く感じられるようになりました。周りの日本人学生は相手を傷つけない程度の意見しか言わなかったので、この中国人留学生との議論は私にとって非常に衝撃的な経験でした。この経験がきっかけとなり、中国社会に興味を持ち、留学したいと考えるようになり、西北大学という中国内陸部の大学に入学しました。
それから、アジア・国際経営戦略研究学会にも所属しています。学会活動は私にとって主には、アウトプットする場です。もちろん学会の場では、他大学の教授からお話を聞く機会もたくさんありますが、学生時代から研究していた国際観光について発表する機会があり、その度、自分の中で研究成果が整理できたと思っています。
さらに、十日町市水沢商工会の観光委員も務めています。これについては、後ほど詳しくお話します。
このように、私の社会活動は、産学官と多岐に渡っています。これは、様々な情報を主体的に取りに行き、自分のやりたい事とリンクさせていくために必要だと思ってやっています。それぞれの「場」が持っている強みを、自分自身の軸にリンクさせていくのです。例えば観光学会だったら観光知識を得る場。中国と日本の交流であれば日中友好協会。起業家や現地経営者の繋がりであれば和僑会。地方経済の実情を知るには十日町市水沢商工会、といったように、です。
さて、本日の主題のひとつである和僑会の話題に入っていきます。和僑会とは一言で言いますと、“華僑”(かきょう)の日本人版です。本国を離れ他国にいる中国人が華僑ですが、その概念の日本人版が和僑(わきょう)です。その和僑たちが創った組織を“和僑会”と呼んでいます。
華僑の存在は有名ですが、アジアには華僑以外にもいろいろと母国を離れた人たちによるネットワークが存在しています。シンガポール人のネットワークは“星僑”(せいきょう)。ベトナム人だと“越僑”(えっきょう)。韓国は韓僑(かんきょう)、インドは印僑(いんきょう)などという名称で、アジア各地で僑という漢字で彼らの存在が示されています。そうした名所と同列が日本人のネットワークが“和僑”です。私たち和僑会メンバーが作った造語です。
<資料2>をご覧ください。各僑のだいたいの人数です。ところで、私は中国のパワーの本質は人口だと思います。人口は日本の10倍以上です。さらに、僑のネットワークにおいては40倍以上です。日本人の多くは、この圧倒的な人口が持つ本当の意味を、よく理解できていないと感じています。北京だけでも約1,600万人、重慶にいたっては約3,000万人います。ちなみに韓国は5,127万人です。そして、そのうち13%が海外に根付いた生活を送っています。これに対して、日本人は100人に1人ぐらいしか海外在住者がいません。まずはこの事実をしっかりおさえる必要があります。
さて、いよいよ“和僑会”とは何かについて説明していきます。華僑の人たちの特徴を捉えることで和僑の在り方も見えてくるので、比較しながらお話していきたいと思います。
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