(ほぼ)毎週金曜日は、ゲームAI開発者の三宅陽一郎さんが日本的想像力に基づく新しい人工知能のあり方を展望した人気連載『オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき』を改訂・リニューアル配信しています。今朝は第五章「人工知能が人間を理解する」をお届けします。
人間と人工知能は理解し合えるのか。西洋と東洋のAI観を比較しながら、人間と人工知能がそれぞれに抱える虚無の深淵と、その差異について考察します。
(1)人工知能が人間を理解する
15年ほどですが、人工知能を研究していると、最もよく聞かれるのが、「人間にとって人工知能とは何か?」「人工知能は人間に比べてどこまでできるか?」という質問です。そういう質問はとても嬉しく、人工知能の冬の時代を経験した人間にとっては、もう興味を持っていただけるだけで充分な気持ちになります。
しかし、この質問と同じぐらい大切なもうひとつの問いがあります。それは「人工知能にとって人間とは何か?」「人間は人工知能と比べてどこまでできるか?」という問いです。人工知能という分野では、常に人間側と人工知能側の2つの視点から見ないと、本質を見失うことになります。人間と人工知能を双対(duality)に見ることで、はじめて人間と人工知能の関係が見えてきます。
以前の章でも引用しましたが、「深淵を見るものは、また深淵に見入られる」とニーチェは言いました。この場合、深淵とは人間の知能のことです。人間の知能はとても奥深い深淵です。人工知能の研究は基本的には人間を規範にしながら進められてきました。「人工知能」という言葉の発祥と位置付けられる「ダートマス会議」(1956年)の開催においても、「人間が使う言葉や概念、思考が機械にできるようにすること」が主旨として挙げられています。つまり人間という知能の深淵を見据える一方で、そのわずかな一部を機械の方に移す、という地道な作業が進められてきたわけです。
ですから、人工知能にとって人間というものは、未知の深さを持ったミステリアスな存在であるはずです。人間ができることの多くを、人工知能は行うことができません。この世界で自然に生まれた自然知能たる人間は、この世界の中でさまざまなことができるように生成・適応・進化してきました。
ところが、人工知能は、組み上げられた存在です。極論を言うと、たとえば、他の惑星や人工衛星の中でも組み上げることができます。つまり最初から地球の自然環境に馴染んでいる存在ではないのです。むしろ、それは自然とは対極から出発します。そこから、この世界に馴染むようになるための学習が始まるのです。
人工知能開発の目標は2つあります。
「高度な人工知能を作ること」そして「人工知能に人間を理解させること」です。
人工知能が人間を理解するとは、どういうことか、それは哲学的な問いであると同時に、サイエンスの問題でもあります。
第三次AIブームの人工知能は、人間の大量の統計データを集めることで人を理解します。統計的特徴を見出すことで、「20代はカラオケでこんな歌を歌う」とか「30代はこういう映画が好きだ」といった傾向を会員情報から抽出できるわけです。また Amazonなどのイーコマース(電子上取引)の分野では、リコメンド・システムという商品をユーザーに向けて推薦する仕組みがあります。これはそのユーザーとよく似た購入履歴を持つユーザー群を探した上で、そのユーザー群に人気のある商品を推薦するという「協調フィルタリング」と呼ばれる方法を取ります。
また、逆に一人の個人のデータを多面的(マルチモーダル)に集めることで、その人個人を理解しようとする仕組みもあります。SNSの書き込み、写っている写真、作り出す絵、音声などを集めて、その人の性格を診断します。また、ゲームの中では、ゲーム開始時から蓄積されたログデータからプロフィールを抽出することで、プレイヤーの特性を理解します。
このように個人に対しても集団に対しても、人工知能は理解しようとしていますが、表面的な嗜好はわかっても深い部分に入っていくには、さらなる探求が必要です。
人工知能には人間にはない忍耐強さがあります。たとえば、個人をカメラから24時間ずっと監視し続けて、そこからその人の仕草の癖などを抽出することができます。それにより、たとえば「座る時は右足を左足より前に出す」「グラスを握る時は薬指から付ける」といった本人や友人でさえ気づいていない癖などを見つけることができるかもしれません。このように人工知能は、人間自身でさえ気付いていない特質を認識できる可能性があるのです。
人工知能は人間の知能という深淵に深く分け入っていきます。それはまるで海底探査のように、徐々に深度を深くしながら、深淵の様子を持ち帰るのです。
(2)人間が人工知能を理解する
では翻って、人間が人工知能を理解するとは、どういうことなのでしょうか。あるいは、人工知能は理解すべきである、という衝動の底には何があるのかを、ここでは問いたいと思います。
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