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記事 16件
  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第十章 人と人工知能の未来 -人間拡張と人工知能-(前編)

    2019-05-08 07:00  
    540pt

    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。最終章となる第十章では、人間と人工知能の未来の関係について考えます。人間を拡張するAIと、自律的な知性として存在するAI、両者は相互に影響を与えながら、より高度な社会を構築していきます。
    (1)人工知能と人類の未来
    人工知能は人類の未来に深く干渉しようとしています。ここでは、人工知能がいかに人間の文明を変えていくかを考察して行きます。 この300年近くの人類の技術の歴史を振り返ってみましょう。それはあるレベルの技術の飽和と、そこからの飛躍の歴史です(図1)。まず機械の蔓延が、それを制御するコンピュータを生みました。コンピュータの蔓延はそれをつなぐネットワーク世界を呼び寄せました。ネットワークの上の膨大な情報の海が人工知能の温床となりました。飽和は質的な変化を生み出す土壌です。量が質を生みます。では人工知能の蔓延は次に何を生み出すのでしょうか?
    ▲図1 技術の階梯
    人工知能の飽和は、いたるところ(ユビキタス)に人工知能の機能が飽和することです。ちょうど機械がいたるところにあるように、コンピュータがいたるところに置かれているように、ネットがあらゆる場所でつながるように、人工知能があらゆるところで機能するようになります。それは次の二つのものを生み出すと予想されます。 人工知能の技術が実装される場所は、大きく分けて二つあります(図2)。一つは身体に付随する場所・空間・社会へ「知的機能」(インテリジェンス)として実装されます。それは人の身体から始まって、人を囲う空間に人工知能を埋め込み、人の行為と知覚を拡大します。それは人の身体を拡張すると同時に、人の作用する空間を変容させ、最後に人の意識を変化させます。例えば、遠くにあるものを瞬時に認識し操る、靴が行き先の方向へ導いてくれる、本の表紙を見ただけで要約が表示される、視線を動かすだけでコンピュータを動かす、スケッチしただけできちんとした絵に修正される、全ての言語が瞬時に訳される、などです。それはあたかも、人間の知的能力(知能)と身体能力が拡張されたように思えます。これを「人間拡張」(Human Augmentation)と言います。つまり人間を中心として世界に向かって人工知能が実装されていきます。それは現在から見れば、人間と人工知能が融合して人間が拡張されることを意味します。 もう一つは人間とは関係ありません。これまで蓄積されて来たあらゆる技術が結晶し、人工知能として結実します。人間以外の存在として、新しい知的擬似生命が生まれます。これを「ロボット」と名付けることにすれば、人工知能を集約した人格ロボットたちを人は生み出すことになります。それは、人工生命と人工知能の融合の先にあります。つまり、人間の外に人間とは違う知能が出現することになります。つまり純粋な人工知能の自律的結晶体です。
    ▲図2 人工知能と人間の未来
    人工知能時代の先には、技術を人間側に集積し人の知能を拡大した「人間拡張」と、技術を人間と対照な位置に集積し、一つの自律した知的擬似生命体として人工知能技術が集積した「ロボット」(自律型知能)があることになります。そこでは、現在の「人間-人工知能」のたどたどしい関係が、「拡張された人間(Augmented-Human)-自律化した人工知能(Autonomous AI)」という関係にアップデートされます。実はこの関係のアップデートこそが、レイ・カーツワイル氏の著作「ポスト・ヒューマン誕生」(2007年、NHK出版)にあるように、人間と人工知能が新しい関係に移る、という本来の意味のシンギュラリティなのです(図3)。 そこでは世間で流布しているような、人工知能が人間を超える、という議論が意味をなくします。拡張された人間と、人工知能の集積であるロボットがあり、人工知能はそのどちらの文脈にも吸収されることになります。人工知能技術は人間をより高次の存在へ押し上げると同時に、もう一方で、その巨大な蓄積を結晶させ、自律した一つの高度で有機的な人工知能を生み出すことになります。 人間と人工知能はこれから、一旦は乖離しつつも、シンギュラリティのラインを超えた場所で再び新しい関係を結ぶことになります。それは、現在の人間と人工知能のたどたどしいコミュニケーションではなく、超高速で密度の濃い、かつ抽象度の高いコミュニケーションとなるでしょう。テニスに喩えるなら、現在の人間と人工知能のやりとりがゆるやかなボールの打ち合いだとすれば、シンギュラリティを超えた場所での拡張人間と人工知能のやり取りは、現在の人間の目には留まらない速さでラリーを続けているようなものになるでしょう。
    ▲図3 人間と人工知能の関係のアップデート
    「BLAME!」(弐瓶勉、月刊アフタヌーン、1997-2003)では、遠い未来で、人間は自らに埋め込んだ「ネット端末遺伝子」によって人工知能と対話していました。しかし感染症によってその遺伝子が次第に失われて行くことで、人類は人工知能と対話ができなくなります。そして人工知能が管理する都市世界で異物として排除されながら、逃走しつつ生き延びざるを得なくなります。残された数少ない「ネット端末遺伝子」を持つ人間を主人公は探し続けます。これはディストピアではありますが、人間と人工知能の高度な関係性を前提としています。
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第九章 社会の骨格としてのマルチエージェント(後編)

    2019-03-06 07:00  
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    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。前編に引き続き、役割を与えられた人工知能・エージェントについての議論です。人工知能に欠落している社会的自我と実存的自我の統合による「主体性」の獲得、そしてその先にある、人間の代わりに人工知能によって構成された社会のあり方について構想します。
    (5) 社会的自我(me)と実存的自我(I)を持つ人工知能エージェント
    マルチエージェントとして外側から役割を与えられたエージェントと、自律した世界に根付く人工知能には乖離があります。これは、社会の側から要請する知能と、存在としての根を持つ知能には乖離があるからです。人間誰しも、外側から期待される自分と、個として内側から実存する自分の間のギャップに苦しんだことがあるかと思います。   ジョージ・ハーバード・ミード(1863-1931)はその論文「社会的自我」(1913年)の中で、社会に対して持つ自我を社会的自我、それを meと名付けました。また、個として深く世界に根ざす自我をIと言いました。 社会的自我(me)と実存的自我(I)は常に緊張関係にあり、混じり合わず、その間に溝があります。知能の持つ自我には、この二つの極があり、その極の緊張関係によって、我々の知能は巧みなバランスの中で成立しています。  社会的自我と実存的自我は知能に二面性をもたらします。しかし、どちらも自分の真実の姿なのです。二つの自我は衝突しながらも、緊張関係を生み出します。一つは存在の根源から、一つは社会的・対人的な場から生成されます。我々は時と場合により、どちらかを主にしながら、さまざまな局面を乗りきります。そのような二つの自我はお互いを回る二重惑星のように回転し、とはいえ、外から見れば一つのシステムとして機能します。
    ▲図8 社会的自我(me)と実存的自我(I)
    人工知能の開発においては、自律型知能としては「実存的自我」(I)を、マルチエージェントの研究としては「社会的自我」(me)を探求して来ました。人工知能の研究はこの二つを無意識のうちに別々に研究して来ました。歴史的にはこれはある程度は計算パワーやメモリの制限によるものでしたが、現在ではそれを言い訳にすることはできません。この乖離は実際の知能の像とは遠いものです。人の知能はある程度自律的に育ちつつ、社会や他者から影響を受けながら形成されるものだからです。そして、まさにそのことこそが、人工知能の研究の進捗を阻害している一因でもあります。乖離している二つの自我を統合しつつ、総合的な知能を作ることが、これからの人工知能を導くことになります(図8)。 自律型エージェントが自律型知性に至るということは、単に外側から与えられた役割を遂行する人工知能ではなく、内面からの人工知能と外面からの人工知能をつなぐことになります。  エージェントの役割は外から与えられます。まさにそのことによって、エージェントは最初から社会的な存在です。エージェントを社会に、そして世界にどれだけ食い込ませることができるかが、マルチエージェントとしての知的機能の高さということになります。そのような社会的自我を持つエージェントに、実存的自我を融合させるということは、与えられた役割による人工知能を脱することではありますが、それを放棄する訳ではありません。また単に独立した存在となることでもありません。社会に連携した存在であると同時に、世界に自律した根を持つ存在となることでもあります。無意識から立ち上がる実存的意識と、社会的自我の意識から押さえ付けられる社会的自己の意識の相克を人工知能に持ち込むことが、新しいステップへ人工知能を導くことになります。
    (6)人工生命とエージェント
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第九章 社会の骨格としてのマルチエージェント(前編)

    2019-02-13 07:00  
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    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。今回は、ある役割を与えられた人工知能・エージェントの振る舞いについて考えていきます。自律的かつ複数で協働するマルチエージェントは、やがて人間と似た「社会」を構築し、「文化」に似た情報の集積を行うようになります。
    エージェントとは何か?
    エージェントとは、役割を持つ人工知能のことです。それは小型の自律型人工知能を意味します。つまり、自分で感じ、考え、行動する人工知能のことです。自律型エージェントとも言います。この自律型エージェントを相互作用させることが、多様な知能の創生につながって行きます。これをマルチエージェントと言います(図1)。  エージェントの相互作用にはさまざまな型があります。上下関係をつけて司令官が全体の指揮を取る方法や、それぞれがそれぞれコミュニケーションを取るという方法です。  ゲームでは『高機動幻想ガンパレード・マーチ』(アルファシステム、ソニー・コンピューターエンターテインメント、2000年)という複数のキャラクターの相互作用からなるゲームがあり、「マルチエージェントシステム」(厳密な意味でアカデミックなマルチエージェント技術ということではなく)と言われる場合があります。また『NOeL NOT DIGITAL』(パイオニアLDC、1996)というゲームは画面越しに女子高生の姿をしたエージェントたちにアドバイスを行うことで、事件を解決させていきます。
    ▲図1 エージェント、マルチエージェントとは
    また『ポケモン』(ポケットモンスター、Nintendo/Creatures Inc. 、GAME FREAK inc.)のポケモンたちもエージェントです。プレイヤーの代わりに彼らが戦ってくれるからです。「デジモン」(東映アニメーション、BANDAI)も同様です。プレイヤーがエージェントを行使し、エージェント同士が戦い、ドラマが生まれて行くという図式を生み出しました。  現実世界でエージェントが活躍するには、ユーザーエンド側にも、ある程度のコンピューティングパワーが必要であり、それらをサーバーを通して連携させる必要があります。つまり高速で大容量の通信環境と、エージェント固有の豊富なコンピューティングリソースが必要とされます。人間と同じ速度で動作するために、2019年という時代まで待つ必要がありました。  今やエージェントたちは、携帯電話の中の対話エージェント、ドローン、ロボット、デジタルサイネージ上のキャラクターなどの形で世に放たれつつあります。  エージェントとマルチエージェントは世界を、社会を具体的に変える技術力です。社会の仕組みの一つになると同時に、人間と人間の間に入り込み、個人の環境をも変えて行きます。本章では、そのようなエージェント指向の開く世界の可能性を紐解いていきましょう。
    (1)世界に溢れるエージェントたち
    「エージェント」は役割を持って、人間の代わりに役割を遂行してくれる人工知能です。人間そのものの知能を再現しようとするのが人工知能ですが、エージェントは単一かいくつの役割を果たすために作られた人工知能です。人間の「代わりに」役割を果たすのでエージェントと名付けられています。単体では一つの役割を果たすだけでも、複数のエージェントたちが協調してより難しい課題を克服できるはずです。これを「マルチエージェント」と言います。エージェントがある程度の自律性を持ちながらも、全体として協調するという点が、個別性と全体性を兼ね備えたシステムを可能にします。 「マルチエージェント」の考え方は90年代を通して流行しました。逆に「エージェント」単体は90年代後半に一度隆盛がありました。Windows(マイクロソフト社)シリーズのOSのインストールや、アプリのヘルプで、イルカや魔法使いなど解説用のキャラクター・エージェントが現れていたことを覚えている方もおられるでしょう。 人工知能の協調は、エージェントの考えが基本となります。一つ一つのエージェントが明確に定義された単一の役割を持ち、それを組合すことで、より大きな役割を果たすマルチエージェントになります。 エージェントが急激な進化を遂げたのは、インターネット環境が世間に広がった1990年代でした。インターネット上を動き回るエージェントを「WEBエージェント」と言います。2000年前後には人工知能学会でも、書籍でも、よく「WEBエージェント」と言う言葉を目にしました。もちろん、現在でも発展を続けています。
    ▲図2 分散オブジェクトシステムとマルチエージェント
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第八章 人工知能にとっての言葉(後編)

    2018-12-18 07:00  
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    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。人工知能と人間の間で自然な会話を行おうとするときに、大きな障壁となるのがが「フレーム問題」です。言語は人工知能に「意思」を与えうるのか。禅や華厳哲学の認識論をヒントに、その可能性を探ります。※本記事の前編はこちら
    言語世界から逃れて
    人は生まれてから学習し続け、その人の世界には意味が満ち、意味が固形化して行きます。そこから逃れる手段は東洋では「禅」と呼ばれます。「禅」とは固形化・形骸化した知の体系から逃れること、世界の意味の網を外す、という行為です(図8-6)。自らの知の体系を壊し、言葉ではなく体験を重んじる手法です。しかし、この意味の世界を、西洋はさらに言葉を重ねて探求していきます。その結果、言葉が言葉を生み出し続ける現象が現れます。 ヴィトゲンシュタインは、多くの哲学が「言語によって語り得ぬもの」に対して言語を使っていると批判しました。意味で溢れた世界はとても危険です。ありもしないものをあると信じ、そのせいで人が争いあったのが、20世紀の歴史です。人は意味を浴びますが、それはある時には呪いとなり、浄化する必要があるのです。
    ▲図 8-6 分節化の網を外してあるがままを観る
    人工知能は物の見方を人間から指定されます。これをフレームと言います。人工知能はフレームを与えられて初めて駆動します。人工知能はフレーム内で知識を整理する能力がありますが、それを拡張する力はありません。フレームは固定されたままです。人工知能が自らフレームを作り出す能力、フレームを拡張する能力がない問題を「フレーム問題」と言います。そこで意味は固定され、世界はフレームの中でのみ意味を持つことになります。人工知能はフレームから逃れることはできません。人工知能は人間の与えたフレームの中で生きるのです。たとえ間違ったフレームの中でも人工知能はその中で生きます。たとえば、「リンゴを取る」というフレームで、人間が頑張って、腕の伸ばし方や、リンゴの位置の特定など、問題設定を探求したとします。しかし実際にロボットを動かすと、足がリンゴの机に引っ掛かって手がそもそも届かないかもしれません。そのとき、もし人間であれば足の痛みから問題設定が足りなかったことがわかります。つまり、人間にとって身体は、間違ったフレームに本来あるべき足りなかった変数を教えてくれる、クリエイティブな源泉であるのです。
    「クリエイティブな行為の基盤にあるのは、認識枠を臨機応変に広げたり狭めたりする賢さであることを、様々な事例で論じてきた。身体で世界に触れること(現象学の言葉で言えば、「現出」を意識に上らせること)を通じて、身体がそれまで想定外だった変数(着眼点)にふと意識を向けることで、それは可能になると論じた。」 「街でからだメタ認知を実践する習慣がつくと、最初は定番の変数群しか意識が及ばないかもしれない。しかし次第に、些細な、自分だけしか気づかないような変数にも意識が及ぶようになる。…自分の街の些細な変化に、そして身体に生じる体感の微妙な差異に、気付くようになる。」(諏訪 正樹 「身体が生み出すクリエイティブ」ちくま新書、2018年 (P.190-191))
    このように人間は身体を伴った行動が、間違ったフレームの夢を覚まし、狭い了見を広めてくれるのです。「行動せよ、そうすれば、見えてくる」という格言が言っていたことは、思考だけでは逃れることができないフレームの制約から、身体が開放してくれる、ということでもあるのです。 しかし、世界に根差した身体、また認識と分離してしまった身体しか持たない人工知能では、身体のエラーからフレームを拡張することはできません。そもそも、人工知能はフレームを生成しないので、そのフレームが足りなくても、「あらかじめ含まれていないこと」を含ませることができないのです。 「禅」はいわば、フレームを外すことです。知識を規定している枠そのものを乗り越えることです。東洋的思想の極と言えるでしょう。意味ある世界と、意味のない世界を自由に行き来するのが「禅」の行為です。それは意味を超越し、意味を相対化することです。世界に対する意味の網を自由にはめたり、はずしたりすることは、とても危険なことですが、禅はそれを可能にする行為です。
    (3)社会的な言葉、個人的な言葉
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第八章 人工知能にとっての言葉(前編)

    2018-11-13 07:00  
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    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。人間の世界認識の根幹となる「言語」を、人工知能はいかにして実装しうるか。前編では、西洋哲学における言語論の蓄積を踏まえながら、言語的な認識の構造のモデル化を試みます。
    序論
     シモーヌ・ヴェイユはこのことを次のようにみごとに表現している。
    「同じ言葉(たとえば夫が妻に言う「愛しているよ」)でも、言い方によって、陳腐なセリフにも、特別な意味をもった言葉になりうる。その言い方は、何気なく発した言葉が人間存在のどれぐらい深い領域から出てきたかによって決める。そして驚くべき合致によって、その言葉はそれを聞く者の同じ領域に届く。それで、聞き手に多少とも洞察力があれば、その言葉がどれほどの重みをもっているかを見極めることができるのである。」(『重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄』)
    ▲『重力と恩寵―シモーヌ・ヴェイユ『カイエ』抄』
     人が人と話すとき、ある言葉は相手の心の浅瀬まで、ある言葉は深い心の海まで届きますが、それが一体、どのような機構によるものなのか、まだわかっていません。会話する人工知能の最も遠い目標はそこにあります。言葉によって人と心を通わすこと。しかし、言葉によってだけでは不可能なのです。そこに存在がなければならない。そこに身体、あるいは実際の身体でなくても、同じ世界につながっている、という了解があってはじめて、人工知能は人の心に働きかけることができます。それは言葉だけを見ていていては、見えないビジョンですが、我々は言葉を主軸に置きながらも、その周りに表情を、振る舞いを、身体を、そして社会を持っています。人が人に接するということは、大袈裟に言えば、その背景にある、或いは、その前面にある世界を前提にしています。言葉というエレガントな記号だけで情報システムは回っているために、どうしても人間のネットワークもそのように捉えたくなります。しかし、それは世界の根底ある混沌の表層であるとも言えます。発話者の存在が、また一つ一つの言葉が世界にどのように根を張っているか、また根を張っていない流動的な自由さを持っているか、が、何かを伝える力を言葉に宿すことになります。言葉だけ見ていてはいけない、しかし、言葉を見ないといけない。言葉は人間関係と社会の潤滑油であり、ときに、言葉が伝えられる、という事実そのものが、その内容よりも重要なことがあります。暑中見舞いの葉書が来るだけでも、その人が自分を気にかけてくれるとわかります。LINEのスタンプだけでも暖かさを感じます。言葉という超流動性を獲得することで、人は、世界の存在の深い根から解放されお互いに干渉することができます。しかし、同時に言葉はいつもそんな人間の根の深い部分へと降りて行くのです(図8-1)。
    ▲図8-1 言語の持つ二つの方向
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第七章 街、都市、スマートシティ【不定期配信】

    2018-08-29 07:00  
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    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。今回は、人工知能による総合的な都市管理を実現するスマートシティ構想をテーマに、ビデオゲームやSF作品を手がかりにしながら、人間と都市が結ぶ新しい関係について掘り下げます。
     今、人工知能を応用する最も大きな射程として、街全体を人工知能で覆うとする試みがあります。試みというよりビジネスとしてそれが最も大きなターゲットになります。日本は比較的安全な国なので気が付きませんが、世界には治安の悪い国が多いですから、人工知能によって街そのものを人工知能化し、治安を良くしサービスを徹底しようという方向です。 人工知能があらゆる場所に監視カメラ、センサーを設置することで、リアルタイムに街全体が監視され街の治安が良くなります。治安が良くなれば企業が集まり、人も集まり、経済圏が良くなっていきます。  現在の、特にディープラーニングなどを基本とする監視カメラに顔認証を入れれば、どの人がどの場所でどのような行動をしているかまで追跡することができます。2015年以降は、ベンチャーを含め監視カメラ業界の発展は大きな勢いになっています。監視カメラは街全体の人工知能の眼となり得るものです。それは可視光のみならず赤外線、超音波、レーザーなど人間の視覚を超えた波長の光さえ持ち得ます。質的にも量的にも人間の認識を超えた把握が可能となります。まず家がスマートハウスになり、次にマンションが、ビルが、そしてデパートが、そして街全体が、人工知能を搭載した知的存在となるのです。  もちろんプライバシーの問題もあります。その強化は平行して発展する課題となります。しかし、最終的にはやはり人が求めるもので「安全」と「健康」に勝るものはありません。監視カメラが発展し世の中に設定されて行く方向に進むのではないかと考えています。  進化した監視カメラのように、すべてのIoT(Internet of Things)デバイスは街の状況を収集するデバイスとして活躍し、その情報を解析し認識へと変換することで、人工知能は街の状態をリアルタイムに認識することができます。さらに、そこから行動を起こすことで、街全体を統御する人工知能は、インフラ技術として入って来るわけです。行動を指令するのは街全体を制御する人工知能ですが、物理的な実行部隊はロボットやドローン、スクリーン上ではアバターとなるでしょう。  また街の人の流れ、事故なども即座に認識して、ドローンやロボット、人に通知し、事件が拡大する前に抑えることもできます。しかし、このような人工知能システムはかなり大規模な開発が可能な会社しかできません。そこで、このような「インフラとしての人工知能」システムを一旦開発して発展させれば、世界中の街や都市に導入することができるようになり、これまでにない巨大な市場が立ち上がります。ガスや電気を融通するといった機能に加えて、このような情報の網の上に人工知能を組み上げるビジョンを「スマートシティ」と言います。 本章では、「人工知能化する都市」を主題として、都市と人工知能の関係について探求して行きます。
    (1)西洋と都市、東洋の街
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第六章 キャラクター認識論・感情論【不定期配信】

    2018-07-18 07:00  
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    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。自己像を外界から切断する西洋型認識論と、主体と外界が溶け合う東洋型認識論を比較しながら、感情の働きや自己投影を通じて、知性が世界へと干渉するプロセスを読み解きます。
     この世界で人工知能はどれほどのものを背負うことができるでしょうか。たいていの場合、人工知能は、決められた仕事を与えられ、それを遂行します。それが現代の人工知能です。人工知能はフレーム(問題設定)を超えられませんが(フレーム問題)、決められたフレームの中では効率よく学習し人間よりずっと賢くなります。 しかし、人工知能が発展し、人間が持つような責任感、倫理感、判断、生きる意味、他者への尊敬のようなものを捉えることができるなら、人間はさらに人工知能にいろいろなものを託すことができるでしょう。世界の意味を背負うものであるならば、さまざまなものを託すことができるでしょう。時に、我々は人工知能に人類の持つ重荷まで背負って欲しいと願うこともあります。人類の歴史は、人工知能にその一旦を担って貰うことで、人類に課せられた、課せられたと思っている世界の歴史を部分的に人工知能に託すことができます。  ゲームの中でキャラクターたちはさまざまなものを背負うことができます。しかし、それは決められた物語の中だからです。では、この実世界で人工知能が高い意識を持って自分の役割をきちんと理解する、ということはあり得るのでしょうか? ここでは認識論・感情論を軸に、人工知能が引き受ける役割について考察して行きましょう。
    (1)西洋型の認識論
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第五章 人工知能とオートメーション(自動化)【不定期配信】

    2018-06-07 10:00  
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    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。急速に人間を理解し始めた人工知能ですが、その思考様式は人間とは大きく異なります。これからの人工知能の分岐点にもなりうる現代の「第三次AIブーム」までの流れを三宅さんが分析します。
     本章では、人工知能によってもたらされる「自動化」(オートメーション)について扱います。コンピュータ上では、それまで人間がしていたことが次第に自動化されてきました。まず計算や複雑な数値計算が自動化され、かつては人工知能の重要な技術課題だった漢字変換もいまや誰も気に留めないほど自然な技術として実現しています。メールの自動分類も人工知能と言えます。また、インターネット上のeコマースの推薦システムや、大量の画像を自動分類するという技術もディープラーニングで実現しつつあります。エクセルの自動計算や定義も広義では人工知能と言えるでしょう。狭義では自律的な人工知能の思考による自動化と考えられます。このように、人工知能は長い時間をかけて人間の知的作業をオートメーション化してきたわけです。
     かつてはデジタルゲームのソフトを買うと、マップ作成機能が付いたものがありました。古くは『ピンボール』のコンストラクション・キット、さらに『ロードランナー』(ブローダーバンド)や『レッキングクルー』(任天堂)、さらに『エキサイトバイク』(任天堂)などです。これらは一つ一つの要素をユーザーが置いて行く必要がありました。デジタルゲームの人工知能には「キャラクター人工知能」と「プロシージャル技術」と呼ばれる二つの領域があります。ゲームAIは、ゲーム内で使う人工知能技術と、ゲーム作成に使う人工知能技術の二つに分けられますが、プロシージャル技術は双方で使われる技術です。
    プロシージャル技術は元々『Rogue』(1980年)のダンジョン自動生成に、そのあと『Elite』(Acornsoft、1984年)の星系・宇宙船生成、『不思議のダンジョン』(チュンソフト)シリーズ、『FarCry 2』(Ubisoft Montreal、2008年)の森自動生成へと応用されてきました。プロシージャル技術は、本来人間が作るべきであったものを人工知能が作っているという意味で人工知能技術なのです。また80年代の人工知能画家「アーロン」のように、人工知能が芸術を作る、という方向があります、それ以外にも、人工知能がヒット曲の作詞をする、人工知能が小説を書くなど、人工知能はより広い創造的分野に入りつつあります。
    ゲーム内でも、人工知能が使われることがあります。『Age of Empire』(Ensemble Studios)シリーズ、『The Witcher 3』(CD Projekt RED、2015年)では地形が自動生成され、『バトルフィールド」(DICE)シリーズはテクスチャリングが自動的に地表表面を彩ります。「Spore」(MAXIS、2008年) はフル・プロシージャルのゲームで、クリーチャーの形状自体と動作が自動生成されます。現代では、RPGの物語生成を自動的に行う開発が盛んになりつつあります。
    では、より包括的に人工知能とオートメーションの歴史を紐解いていきましょう。
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第四章 人工知能が人間を理解する(1)【不定期配信】

    2018-01-09 07:00  
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    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。人間と人工知能は理解し合えるのか。西洋と東洋のAI観を比較しながら、人間と人工知能がそれぞれに抱える虚無の深淵と、その差異について考察します。
    (1)人工知能が人間を理解する
    長年、と言っても、十五年程ですが、人工知能を研究していると、最もよく聞かれる質問があります。「人間にとって人工知能とは何か?」「人工知能は人間に比べてどこまでできるか?」という質問です。そういう質問はとても嬉しく、人工知能の冬の時代を経験した人間にとっては、もう興味を持って頂けるだけで充分な気がします。しかし、この質問と同じぐらい大切なもう一つの問があります。それは「人工知能にとって人間とは何か?」「人間は人工知能と比べてどこまでできるか?」という問です。人工知能という分野では、人間側にも人工知能側にも偏って見てもいいですが、常に二つの視点から見ないと本質を見失うことになります。人間と人工知能を双対(duality)に見ることが必要です。双方の視点を持ってこそ、人間と人工知能の関係が見えて来ます。
    深淵を見るものは、また深淵に見入られる、とニーチェは言いました。この場合、深淵とは人間の知能のことです。人間の知能はとても奥深い深淵です。人工知能の研究は人間を規範にしながら作ることが多くあります。「人工知能」という言葉の発祥と位置付けられる「ダートマス会議」(1956年)の開催においても、「人間が使う言葉や概念、思考が機械にできるようにすること」が主旨として挙げられています。人工知能の研究は、一方で人間という知能の深淵を見ながら、そのわずかな一部を機械の方に移す、という地道な作業を行って来たわけです。ですから、人工知能にとって人間というのは、深く、未知の、ミステリアスな存在なのです。人間ができることの多くを、人工知能は行うことができません。この世界で自然に生まれた自然知能たる人間は、この世界の中でさまざまなことができるように生成・適応・進化してきました。ところが、人工知能は、組み上げられた存在です。極論を言うと、たとえば、他の惑星や人工衛星の中でも組み上げられることができます。つまり地上と最初から馴染んでいる存在ではないのです。我々のように地球産の知能ではない。むしろ、それは自然とは対極から出発します。そこからこの世界になじむように学習が始まるのです。
    人工知能の目標は二つあります。
    「高度な人工知能を作ること」
    そして
    「人工知能に人間を理解させること」
    です。人工知能が人間を理解するとは、どういうことか、それは哲学的な問であると同時に、サイエンスの問題でもあります。
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき 第三章 オープンワールドと汎用人工知能(2)【不定期配信】

    2017-11-28 07:00  
    540pt

    ゲームAIの開発者である三宅陽一郎さんが、日本的想像力に基づいた新しい人工知能のあり方を論じる『オートマトン・フィロソフィア――人工知能が「生命」になるとき』。一般的な人工知能は「問題に立脚して」作られていますが、三宅さんは問題に立脚しない、汎用人工知能に人類の「他者」となる可能性を見出します。
    (2)人工知能の持つ虚無
    問題特化型人工知能
     「人工知能は稠密に作られる」というのは、人工知能は人間が設定した目標に達成するように、最適に作られていくことを意味しています。問題特化型の人工知能はその問題に向かって、というよりも、その問題を土台として築かれる人工知能です。つまり、問題特化型の人工知能は、問題を対象として構築されるというよりは、問題を立脚点として構築される、といった方が正しいでしょう(図3.2.1)。▲図3.2.1 問題の上に構築される人工知能 たとえば、工場のベルトコンベアでネジを締めるロボットを考えてみましょう。ロボットは目の前に来る部品のネジを締めるために、画像でネジを入れる位置を確認してアームでネジを締めるとします。このロボットアームはベルトコンベアで部品が流れて来る、という前提の上に固定されて設置されているわけですので、なぜ部品がそこに来るか、なぜネジを締めなければならないか、という問題は、人工知能が考える問題の外にあります。このロボットアームは問題の上で初めて成立する人工知能になっているのです。ベルトコンベアから外されればこのロボットは何者でもなくなってしまうのです。
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