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なぜ「甲子園の土」はメルカリに出品されたのか? “野球留学”とあきらめの構造|中野慧
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なぜ「甲子園の土」はメルカリに出品されたのか? “野球留学”とあきらめの構造|中野慧

2021-05-10 07:00
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    本日お届けするのは、ライター・編集者の中野慧さんによる連載『文化系のための野球入門』の第‌7回‌「‌なぜ『甲子園の土』はメルカリに出品されたのか? “野球留学”とあきらめの構造」です。‌
    コロナ禍に「甲子園の土」がメルカリに出品されていることが非難されましたが、それは「高校球児は甲子園に向かって一心不乱に努力するもの」というイメージあってのことでした。しかし、実際に甲子園を視野に入れたうえで高校野球に取り組めるのは、幼少期から硬式球に触れるなどして本格的なトレーニングを積んできた一部の選手であることがほとんどです。
    あくまでも「部活動」の一環として野球をプレイする大多数の高校球児と、甲子園を視野に入れ、時には私立高校の宣伝戦略にも利用される「野球エリート」との違い、その問題点を浮き彫りにしていきます。

    中野慧 文化系のための野球入門
    第7回 なぜ『甲子園の土』はメルカリに出品されたのか? “野球留学”とあきらめの構造

    全国の高校球児に配られた「甲子園の土」が、次々にメルカリに出品

     2020年夏の甲子園がコロナ禍のため中止となったことは、多くの人の記憶に新しいかと思いますが、そんななかで世間を(少しだけ)賑わせたとある事件が起こっていました。
     甲子園球場とそこを本拠とする阪神タイガースが、「コロナ禍で甲子園の夢を絶たれた球児たちを励ましたい!」ということで、全国の高校野球部の3年生に「甲子園の土」が入ったキーホルダーを贈ったところ、それがフリーマーケットアプリ「メルカリ」に次々に出品されていたのです。
     甲子園の土といえば、甲子園で負けた球児たちが泣きながら土を集めて郷里に持ち帰るという、甲子園の「儀礼アイテム」のひとつです。それだけ「ありがたい」はずの甲子園の土を贈ってあげたのに、次々にメルカリに出品されていた……メディア上では「高校球児のモラルが低下している」といったふうに論じられました。
     しかしこの事件は、「モラル低下」などと単純に片付けられる問題ではないと私は考えています。
     少し遠回りになりますが、前回私は、「多くの高校球児は甲子園出場は全く目標としていなかった」と述べました。「いや、努力すればなんとかなるだろう! というか、そういう気持ちで臨むのが高校野球じゃないのか!」と思われる方もいるかもしれません。
     しかし現実的には、高校段階で突然、甲子園を目指しても遅いのです。これは高校野球経験者なら誰でも知っていることです。たとえば『ROOKIES』は、漫画版ではほとんど素人ばかりのチームが甲子園に出場する姿を感動的に描いていましたが、2008年のドラマ版では登場人物たちに多少なりとも野球経験があることが描かれています。これは、「まったくの素人の状態から甲子園出場を勝ち取るのは不可能」という現実を踏まえての設定変更だと考えられます。
     現在の甲子園という場所は、幼少期からエリート教育を受けていなければ、ほとんど出場などできないものになっています。私のような中学から、しかも中学校の部活動で軟式野球から始めた人間と、すでに幼少期からエリート教育を受けている選手たちとのあいだでは、高校入学時点で絶望的なまでの差が開いています。
     その構造を私が知ったのは、やはり中学頃でしょうか。1998年夏の甲子園を制した横浜高校の選手たちは、ほとんどが中学時代には中学での部活動をやっておらず、「ボーイズリーグ」「リトルシニア」という、硬式球を使うクラブチームに所属していました。このような構造は2021年現在も続いています。
     そもそも中学校の野球部は、野球という競技における正式なボールである硬式球ではなく、軟式球を用いています。硬式球は牛革とコルクでできていて、石のように硬く重く危険で、しかも高価でかつ壊れやすいため、ボール代もかさみます。また、使用できるグラウンドも限られており、たとえば日本の小学校や中学校の一般的なグラウンドでは使用できません。
     一方で、軟式球は実は日本独自の規格で、野球の盛んな北米・中南米では使われておらず、日本以外ではアジアのごく一部で使われているのみです。日本の中学校で軟式野球が採用されている理由は、硬式球に比べて安全性が高い(たとえ頭部にデッドボールを受けても重篤な怪我には至らない)というのと、耐久性が高いためボール代が硬式ほどかさまず、比較的安価に活動を行える、硬式と違って使用できる場所にもあまり制限がない、ということが挙げられます。
     しかし、日本でも小学生年代では「ボーイズリーグ」「リトルリーグ」などの硬式球でプレーする組織があります。野球に熱心な保護者たちは「野球で身を立てるのであれば早いうちから硬式球に慣れておいたほうがいい」という理由から、子供たちをこういったクラブチームに入れます。そしてボーイズやリトルで育った子どもたちは、中学入学後には中学校の野球部には入らず硬式球のクラブチーム(ボーイズ、リトルシニア、ヤングなどさまざまな名称があります)で、野球を続けます。そこで活躍することで、強豪私立高校の野球部への推薦を勝ち取っていく、という構造が主流になっているわけです。
     実際に、現在のプロ野球選手の2/3が中学時代にすでに硬式野球を経験しており、特に野球に熱心な保護者たちのあいだでは「野球で活躍するためには早い段階で硬式野球を経験しておいたほうがいい」ということが定説になっています。

    甲子園出場のためには幼少期からの早期教育が必要

     「甲子園に出たい」人たちは、あらかじめ小学生、中学生の段階で、甲子園に出るための適切な環境を選び、そして強豪の高校へと入学していきます。強豪校は専用球場を持っていたり、室内練習場やトレーニングジム、寮などを備えており、授業も午前で終わって午後からは体育の授業なども兼ねて練習できるなど、時間的なメリットもあります。
     一方、非強豪校は他の部活とグラウンドを共有したり、練習時間は授業が終わった後の下校時刻までの2~3時間程度だったりします。
     つまり、もともと持って生まれた身体能力の差や、それまでの野球経験の差などもあるなかで、環境面、時間面でも、普通の高校と野球強豪校との差は非常に大きいため、「工夫次第でなんとかなる」と考えるのは大変難しいわけです。
     逆に言えば「甲子園出場」を勝ち取るためには、保護者の側に、子どもを早期に野球に専念させる環境づくりが求められるようになっているのです。そのため、保護者たちのあいだでは「どこどこのチームの指導者が良い」といった情報が飛び交い、さながら「情報戦」の様相を呈していたりします。
     ライターの軍司貞則氏は、著書『高校野球「裏」ビジネス』(ちくま新書、2008年)の中で、こうした構造を指して「今の高校野球は中学受験のようなシステムになっている」と指摘しています。
     教育評論家のおおたとしまさ氏は、著書『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)のなかで、東大というのは簡単に目指せるものではなく、首都圏中高一貫校に入り、そこから東大進学専門塾である「鉄緑会」という塾に子供を通わせて早期教育するなど、幼少期から子供にエクストラな教育投資を繰り返し行うことによってようやく実現される、ということを指摘しています。
     野球エリートの育成というのは「多大な教育投資が必要である」という意味で、都市部の「お受験」と似た構図でもあるわけです。こうした「お受験」の世界で「開成・麻布や灘などの名門校を経て東大に」ということがエリートコースとされるのと同様に、高校野球では「大阪桐蔭、帝京、横浜を経てプロ入り」というような高校野球独特のエリートコースがあります。
     だからこそ、特に何の特殊な環境も、教育投資もされていない普通の高校野球部員が「甲子園を目指す」というのは、もはや非現実的なものになりつつあります。

    硬式野球か、軟式野球か

     すでに述べたように、日本の野球文化には、大まかに言って「硬式球」「軟式球」の二種類があります。「本場」であるアメリカでは野球といえば硬式球を使うことを指していますし、我々がイメージする「高校野球」は硬式、大学・社会人のトップレベルも硬式です[1]。
     だからこそ「野球の早期教育」に熱心な親たちの間では「甲子園に出たり、プロ野球選手になるためには、早い段階で硬式野球を経験していたほうがよい」ということが通説のようになっているわけです。


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