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『冒険少年』と大人を再生する装置としてのノスタルジー|碇本学
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『冒険少年』と大人を再生する装置としてのノスタルジー|碇本学

2021-05-25 07:00
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    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本の青春」。
    今回は、「ビッグコミックオリジナル」で1998〜2005年の7年間にわたって掲載されたシリーズ連載をまとめたオムニバス短編集『冒険少年』を取り上げます。心のどこかに「少年」を引きずる男たちが、様々なシチュエーションで時を超えて過去の自分の思いと向き合う7篇の物語に描かれた「大人」像を辿ります。

    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春
    第17回 『冒険少年』と大人を再生する装置としてのノスタルジー

    『じんべえ』から始まった年1回連載という珍しい連載の形

    今回取り上げるオムニバス短編集『冒険少年』は「ビッグコミックオリジナル」で連載されたものであるが、連載期間は1998年から2005年と連載期間としては長尺のものとなっている。実はあだち充はこの『冒険少年』の前にも「ビッグコミックオリジナル」で、1992年から1997年の間に不定期掲載という形で『じんべえ』を連載していた。

    『じんべえ』については『みゆき』について書いた際に少しだけ紹介しているが、改めて連載の経緯を説明しておこう。
    『みゆき』は「少年ビッグコミック」で1980年から1984年まで連載されたあだち充の初期大ヒットラブコメ作品であり、「血の繋がらない」兄と妹というシチュエーションはのちに多くのフォロワー作品や漫画だけではなく後世へも影響を与えることになった。その際の担当編集者は亀井修であり、彼は1995年には「週刊少年サンデー」編集部部長、2002年には小学館取締役、2006年からは小学館常務取締役となっている。
    ちなみに2009年から発行された「ゲッサン」を創刊する際の企画者であり、創刊時より編集長代理を務めていた編集者の市原武法(二代目「ゲッサン」編集長、あだち充『KATSU!』『クロスゲーム』『QあんどA』『MIX』の担当編集者)は亀井から「『ゲッサン』を創刊するなら、あだち充の連載を取れ」と言われて頭を抱えたという話がある。当時のあだちは「少年サンデー」で『クロスゲーム』を連載中だったからだ。
    亀井のその一言がなければ、現在「ゲッサン」で連載中の『MIX』も生まれていなかった可能性もあり、あだち充という漫画家の人生を大きく変えた編集者のひとりが亀井修と言える。

    『みゆき』の大ヒットによって、一度は「週刊少年サンデー」を放逐されたあだちは呼び戻されるかたちとなり、連載が始まったのが国民的な大ヒットとなった野球ラブコメ漫画『タッチ』だった。それ以降あだち充は高橋留美子と共に同誌の二枚看板となって「少年サンデー」を代表する漫画家となっていったのは周知の事実だろう。そういう背景があったため、あだち充は「週刊少年サンデー」に主軸をおいて活動していたのでほぼ年に1回という不定期掲載とはいえ、『じんべえ』は数少ない他誌掲載連載作品という珍しいものだった。

     読切を描くきっかけは、大抵義理で、恩返しです。ある程度売れて名前も出たので、だいたい元担当がいるところで描いてます。
     元担当が異動するたびに、異動祝いで読切を描かされるという。亀井さんがやたらと異動してくれるんで大変でしたよ。〔参考文献1〕

    あだち充が『タッチ』以降に「週刊少年サンデー」以外で漫画作品を掲載するときは基本的には上記引用にあるように元担当編集者が異動したか、その雑誌の何周年記念というお祝いの時だった。そして、『じんべえ』はあだちが名前を出している『みゆき』の元担当編集者である亀井が「ビッグコミックオリジナル」に異動したことが始まりだった。

    『じんべえ』は雑に言ってしまえば、『みゆき』のバージョン違いであり、少年誌ではなく青年誌用に主人公の年齢を上げた作品だった。
    『みゆき』は「血の繋がらない」兄と妹という設定だったが、『じんべえ』は「血の繋がらない」父と娘という設定になっていた。これに関してもあだちは「ビッグコミックオリジナル」の編集長として異動した亀井が言い出したのではないかと回顧している。『H2』連載中の5年間で7話が描かれており、1997年には全1巻のコミックスとして発売された。
    あだち充作品の中ではかなり地味な作品であり、連載時やコミックスが発売された当時もあだち充ファンは知っていても、一般的な知名度はない作品だった。

    『じんべえ』の知名度が上がるのは1998年の10月クールからフジテレビのドラマの王道枠である「月9」で田村正和と松たか子主演でドラマ化されたからだ。
    あだち充作品の実写化は『じんべえ』以前では、同じくフジテレビ系列の「月曜ドラマランド」で単発ドラマとして1987年に放送された『タッチ』が最後となっていた。その際に上杉達也/和也の双子を一人二役で演じたのはジャニーズ事務所所属の「男闘呼組」の岡本健一だった。

    『じんべえ』から7年後の2005年の1月クールから堤幸彦演出、山田孝之主演で『H2〜君といた日々』がTBS系で「木曜10時」枠で放送された。また、同年の2005年には東宝系で長澤まさみ主演の『タッチ』が映画公開され、翌年の2006年にも同様の枠組みで『ラフ ROUGH』が映画公開された。
    『じんべえ』では主人公となる父親・高梨陣平が漫画では大学時代はサッカーをしており、名の知れたゴールキーパーであった設定もあったことからガタイの良い人物として描かれていたが、ドラマでは真逆に思える線が細いダンディな雰囲気の田村正和が演じたこともあり、原作を知っているとかなりの違和感を覚えた記憶がある。
    また、今見返すと『H2〜君といた日々』は真面目なことをしようとするほどギャグやおふざけを入れたがる堤幸彦演出の名残が感じられることや、出演者に現在は大ブレイクして有名になっている役者も多数いるのでそこそこには楽しめる作品である。しかし、長澤まさみありきで作られた『タッチ』と『ラフ ROUGH』は原作をかなり改変してしまっているため、あだち充の世界観をほとんど表現できていないのでかなり残念な気持ちになる。そういう背景があり、あまりあだち充ファンからも一般からもウケがよくなかったからか、それ以降あだち充作品の実写化はされていない。

    ちなみに、今年大ヒットした映画『花束みたいな恋をした』のラスト近くのシーンでは、主人公の二人が互いに「あだち去(ざり)」をしている場面があり、あだち充ファンとしてはうれしいシーンがあった。
    「あだち去(ざり)」とはコマの中で登場人物が去り際で後ろ向きの状態で片手をあげている状態であり、もう片手を後ろポケットにいれていると完璧なあだち充的別れ方である。主人公格だけではなく、ヒロインから脇役までと幅広いキャラクターが「あだち去(ざり)」をしており、それだけを数えているブログもあったりするので、興味ある人は検索してみてほしい。
    映像化ではないが、『虹色とうがらし』が「SF時代活劇 『虹色とうがらし』」として舞台化することが最近発表された。もともとチャンバラや時代劇や落語が好きだったあだち充が描いたのが『虹色とうがらし』だったので、「活劇」として舞台化されるともしかすると相性はよく、映像化のような失敗作にはならないかもと期待はできそうである。

    さて、実写映像化の余談はこれくらいにして話を戻すと、『じんべえ』から始まった不定期連載という形だけがなぜか残ったまま、『H2』連載終盤(全34巻)にあたるコミックス27巻と28巻が出る間に「ビッグコミックオリジナル」に掲載された短編漫画が「扉のむこう」だった。この時期は『H2』の連載中で多忙を極めており、コミックスに関しては2ヶ月か3ヶ月に1冊は新刊が出ているハイペースな刊行状況だったが、あだち充は短編漫画を描いたのである。

    オムニバス漫画『冒険少年』の最初の1作となる「扉のむこう」に関しては、おそらくであるが『タッチ』の終盤編集者であった有藤智文が「ビッグコミックオリジナル」に異動した際にあだちが描いた作品ではないかと思われる。

     『少年サンデー』で担当した期間は短かったが、ふたりの関係は続く。最近、有藤はあだちに「短編はお前がいちばん取ってんじゃんねぇ!?」と言われている。『少年サンデー』の増刊で「チェンジ」、『スピリッツ』で「どこ吹く風」「ゆく春」、『ビッグコミックオリジナル』で「冒険少年」、『スペリオール』で「ゆく年くる年」など、有藤が担当した短編は数知れない。〔参考文献1〕

    と『あだち充本』に書かれている。
    だが、有藤は『タッチ』のほとんどラストである柏葉監督が手術を受けるエピソードが描かれた頃に「ビッグコミックオリジナル」へ異動となっている。そうすると『H2』の終盤時に「ビッグコミックオリジナル」への異動をきっかけに「扉のむこう」の原稿をあだちに描いてもらったというのは矛盾が生じてしまう。
    有藤のツイッターアカウントを見てみると「from1983 少年サンデー→オリジナル→スピリッツ→オリジナル→ヤンサン→ビッグ→ヤンサン→スペリオール→そして今」とあるので、『タッチ』のあとに「ビッグコミックオリジナル」に異動し、その後には「ビッグコミックスピリッツ」へ、再び「ビッグコミックオリジナル」に戻ってきたのが1998年だったのではないだろうか。そして、そのときにあだちが異動祝いとして描いたのが『冒険少年』の1作目となる「扉のむこう」だったのだろう。

    掲載誌となった「ビッグコミックオリジナル」が青年誌であったこともあり、「週刊少年サンデー」掲載のあだち充作品よりも大人に向けたものとなっており、内容もどちらかというと設定にビターさも感じるものとなっている。
    「週刊少年サンデー」でのあだち充作品は『タッチ』『ラフ』『H2』を筆頭に高校三年生までを描いており、青春の終わり前までの季節の辺りで物語は終わっていくものが多かった。
    「少年ビッグコミック」で連載された『みゆき』では、主人公の若松真人が一浪後に大学入学しキャンパスライフを過ごす時期までが描かれていた。「ビッグコミックオリジナル」で不定期連載された『じんべえ』では、じんべえの娘の美久が高校を卒業し、大学からは血の繋がった実父の家から通学するようになる時期までが描かれることになる。ただ、美久は娘としてではなく、ひとりの女性としてじんべえに会うために一緒に住んでいた家を出たことがわかるラストシーンになっていた。
    では、『冒険少年』に収録された作品はどんなものであったのだろうか?


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