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「だから、言わんこっちゃない!」1月17日号
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「だから、言わんこっちゃない!」1月17日号

2013-01-17 10:00
    「だから、言わんこっちゃない!」の初回が本日1月17日となったのは、偶然ではないかも知れません。

    1995年1月17日午前5時46分52秒に発生した「阪神・淡路大震災」から、18年が過ぎました。
    1月17日は、或る意味では「田中康夫」の転機となった日なのです。
    震災発生4日後に大阪で買い求めた50ccバイクに跨がり、ヴォランティアとして被災地へ入った僕が、1年後の「週刊ポスト」1996年2月5日号に寄稿した文書を再録します。



    思い起こせば一年前、倒壊した阪神高速の映像に息を飲みながらも、直ぐ北側に広がる何百もの倒壊家屋の下で多くの住民が生き埋めとなっている状況を僕は想像し得なかった。想像力が欠如していたのだ。

    而(しか)して一年後の今、僕は感じている。瓦礫が消え去り、槌音(つちおと)が鳴り響く表層の光景のみを以って、既に神戸は落ち着きを取り戻したと復興の手応えを語るのは、些(いささ)かならず浅薄過ぎはしまいかと。

     成る程、東灘区を始めとする旧来からの市街地の更地にはポツポツと、プレハブの商店や2☓4(ツーバイフォー)の住宅が点在しつつある。だが、その色合いは並べて灰味がかっていて、極北の開拓地に迷い込んだかの如き寂寥感(せきりょうかん)を抱いてしまう。

     他方、“金妻”的一戸建てが建ち並ぶ西区は西神ニュータウンの外れには、フェンスで囲まれた何千世帯もの仮設住宅が連なっている。シベリアの収容所を思い出して震えが止まらなかったと入居時の自分を語る老人を前にして、僕は10年前に訪れた南アの黒人居住区、ソウェトを思い出していた。

    “アーバン・リゾート”が復興のキーワードだと首長は広言する。だが、その惹句(じゃっく)は何年かに一度、神戸を訪れる観光客の為のものでこそあれ、生まれ育った愛する街に震災後も住み続けようと願う人々の為のものとは評しにくい。

     縦(よ)しんば神戸がアーバン・リゾートを目指すとして、そこで生活を営む一人一人の暮らし向きが魅力的に思える街でなくては、わざわざ他所(よそ)から訪れては来(くる)まい。手付かずの自然と素朴な人々の表情が売り物となる山海のルーラル・リゾートとは異なるのだ。

     ポートアイランド沖合いに海上空港を早期実現させてこそ神戸復興の証(あかし)たり得る、と「株式会社・神戸市」の宮崎辰雄特別顧問は語る。が、それは果たして透視力を持った御託宣(ごたくせん)であろうか?

     政令指定都市の中でも、取り分け低福祉だと伝えられる神戸は、高物価・高租税でもある。にも拘らず、起債を元手にベルトコンベアで六甲山の土砂を運んで人工島を造り出して博覧会を開催しては帳尻を合わせようとしたバブリーな時代の自転車操業的錬金術から、未だ市も県も脱け出ていないのだ。

     僕は寧ろ「このままでは地域に活気が蘇(よみがえ)らない」と訴える牧冬彦神戸製鋼所相談役の次の言葉を傾聴すべきだと考える。「財界は歯を食いしばって、自力で立ち上がるしかないし、その機運もある。だがこれだけ被害が大きいと、一般の人々の生活再建は難しい」

     往時、港町として舶来文化の窓口だった神戸の、公共物ばかりが着々と復興する薄ら寒い現実は、これから30年後、中国は疎(おろ)かインド、ヴェトナムの後塵(こうじん)をすら拝しているやも知れぬ日本の衰弱振りを逸早(いちはや)く映し出した手鏡ではあるまいか。



    「30年後の日本を映し出す手鏡」と題する震災翌年の一文は、50ccバイクの前に佇(たたず)む僕を大写しにした白黒グラビア頁に掲載されました。爾来、30年の折り返し地点を既に回り、17年が経過しました。(震災発生からは18年が経過)

     久方振りに自分の文章を再読しての感想は後で述べるとして、文中に登場する2人の人物に関して補足しておきます。

    宮崎某氏は1969年から神戸市長を5期務めた御仁。
    神戸市に関する「ウィキペディア」から引用すれば、「市街後背部の山地より削り取った土砂を用いてポートアイランドを代表とする人工島を臨海部に埋立造成し、商工業・住宅・港湾用地として整備すると共に、埋立用土砂採取後の丘陵地を住宅地・産業団地として開発した。この一連の施策は『山、海へ行く』と呼ばれ、都市インフラの拡充・整備が大きく進むことになった。1981年のポートアイランド第一期竣工時には、地方博ブームの先駆けとなる『神戸ポートアイランド博覧会(ポートピア'81)』を開催して成功させるなど、これらに代表される都市経営手法は、『株式会社神戸市』と称され全国の市町村から自治体経営の手本とされた」、って訳です。

    が、今や夢の彼方(かなた)。過去の成功体験は、現在の失敗体験です。

    文中では「前向き」な評価を加えている牧某氏も実は、神戸“市営”空港建設の旗頭だった御仁です。
    一旦、赤字決算に「転落」した企業は自動的に最大7年間、法人税も法人事業税もゼロ減免、即ち1円も納税する必要が無いからこそ、「財界は歯を食いしばって、自力で立ち上がるしかない」と美談の如き科白(せりふ)を宣(のたま)った訳です。

    株式会社の7割が(更には連結決算を導入する超大企業の66%が)法人税を支払っていない、「強きを助け・弱きを挫(くじ)く」日本の税制の理不尽さを、衆議院本会議の代表質問で質した今にして思えば、当時の僕は甘チャンだったのですね(苦笑)。

    その上で再読した感想に戻れば、17年前に記した寄稿でも、随分と漢字を多用している事実に驚愕(きょうがく)してしまいます。当時は手書き原稿だったにも拘らず。

    思い起こせば、1990年から「週刊SPA!」で連載していた「神なき国のガリバー」の執筆時、難解な四文字熟語を意図的に用い、その横に冠する振り仮名を、単なる訓読(くんどく)としての読み方を良い意味で逸脱して、“ダブルミーニング”のルビを振って楽しんでいたのが切っ掛けです。その為にも常に、角川書店の「類語辞典」を横に置いていたのですから。

     因(ちな)みに、手書きでないと「作風」が変わってしまう、と躊躇(ためら)っていた僕がパソコンで原稿を「書く」ようになったのは、1998年の春です。この辺りの知られざる経緯は、何れ稿を改めて記します。

    ともあれ、「1・17」後の「KOBE」に加えて、「3・11」後の「フクシマ」も、「日本を映し出す手鏡」だと僕には思えます。

    ――往時、港町として舶来文化の窓口だった神戸の、公共物ばかりが着々と復興する薄ら寒い現実は、これから30年後、中国は疎(おろ)かインド、ヴェトナムの後塵(こうじん)をすら拝しているやも知れぬ日本の衰弱振りを逸早(いちはや)く映し出した手鏡ではあるまいか。

     17年前の一文を、多少手直ししたなら今回も「立派に」再録可能な、強きを助け・弱きを挫く似非(えせ)復興が展開される、凡そ想像力も洞察力も著(いちじる)しく欠落した日本です。
    「だから、言わんこっちゃない!」と冷笑するのは簡単です。

    ですが、家族を・隣人を・集落を・地域を・日本を愛すればこそ今、この瞬間も全国津々浦々で真っ当に働き学び暮らす「あなたから尊敬される国にする」為にも、「私は 守るべき人を間違えない。」為にも、そして「だから、言わんこっちゃない!」と数年後に慨嘆(がいたん)する羽目に陥らない為にも、田中康夫公式ブロマガ「あとは自分で考えなさい。」の連載タイトルは敢(あ)えて、「だから、言わんこっちゃない!」と銘打っているのです。

    明日以降、「誤送船団・忌捨クラブ」の記事を具体的な素材として、「日本のかたち」ならぬ「日本のあり方」を問うていきます。乞う御期待ね。

    (2013/1/17)
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