めるまがアゴラちゃんねる
2012年10月第5週号
2012年10月第5週号
めるまがアゴラちゃんねる、第015号をお届けします。
今回から新たな連載を開始する予定でしたが、諸事情で次号からになります。
大変申し訳ございません。次号よりの新連載にご期待ください。
コンテンツ
・「ゲーム産業の興亡」(25)日本とアメリカとの商習慣の違いが生みだしたデジタル流通
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特別寄稿:
新 清士
ゲーム・ジャーナリスト
「ゲーム産業の興亡」(25)
日本とアメリカとの商習慣の違いが生みだしたデジタル流通
02年のGDC(ゲーム開発者会議)で発表になったデジタル流通の先駆け、Valve(バルブ)のデジタルプラットフォーム「Steam(スチーム)」の誕生の背景を考える。なぜ、日本に比べて、早期にゲームのネット流通が日本ではなく、アメリカで誕生したのだろうか。
Valveはパッケージのビジネスモデルに対して、ネット流通によるオンライン配信モデルの方が、ゲーム会社の収益性がはるかに高まることに触れている。当時のゲームの販売価格は、PCゲームは40ドルだが、それがネット流通の場合、様々はサーバホストや帯域コスト等の配信手数料を惹くと、粗利益は30.23ドルになるとしている。Valveは、一般的な小売店でのパッケージ販売によるゲーム会社の粗利益を7.5ドルと想定しており4倍近い金額だ。
■小売店がリスクを被る習慣を持つ日本のパッケージ販売
日本のゲーム市場の商習慣はアメリカと大きく違っており、相対的に日本のゲームの販売価格の方が高い。日本では、新品は小売店が全面的に買い取らなければならず、返品が不可である形式なのが当たり前だ。そのため、ゲームの注文を受けて、それを納品することができれば、それが売上になる。ゲーム会社にとっては、店頭に在庫が残っても小売店のリスクにできる。注文に応じて、ゲームの生産本数を決めればよいために、ゲーム会社のリスクは相対的に小さい。
ゲームは、一見ユーザーに対して販売しているようだが、実際のところは、小売店に販売するまでがゲーム会社の仕事になっているBtoBのビジネスになっている。
この慣習は、現在でも変わっていないが、小売店が得ることができるゲーム1本当たりの利益は、10%程度であるため、6800円程度のゲームであれば、10本仕入れて1本残ると、赤字に転落しかねないリスクを小売店は負うことになる。
そのため、日本の小売店では中古市場が発展した。日本での家庭用ゲーム機向けのパッケージゲームの市場での新製品の寿命は短い。せいぜい2週間程度で、その後は急激に販売本数が低下する。その大きな理由は、よほどヒットする製品でなければ、新品をさらに追加で発注するインセンティブが小売店に小さいからだ。ヒットしているからといって、追加注文をして、売れ残りが出てしまえば、それはすべて自分の損失として被ることになってしまう。
そのため、新品は予約注文を集めて、最初に損失が出ないように売り切ってしまい、すぐゲームをクリアしてしまったユーザーから中古として買い取り、それを再販売することで利益を上げるという慣習が一般化した。
■確実な収益が期待できる新品を期待する日本企業
価格がわかりやすいので、インターネットにより中古の買取りと販売を行っている最近の例として、ブックオフの中古市場を例として上げる9月に発売になった「バイオハザード6」(カプコン、プレイステーション3)は10月26日現在、新品は7191円の値段設定が行われている。
それに対して中古の買取り価格は4000円で、中古価格は6250円単純に2250円の粗利益が出る計算だ。仮に新品が1本当たり、10%の719円の粗利益が出ると考えると、中古販売を行った方が、3倍もの粗利益が出る計算になる。しかも、ユーザーニーズに対して販売価格は変化させていくことができるため、弾力性も持っている。中古ゲームは「鮮度」が低下するに従って、価格を段階的に下げていくことができる。
中古市場については、市場規模は推計数値がそれほど正確なデータが明らかにされていない、05年には870億円で、新品ゲーム市場に比較して3割もの比率になっていたと考えられている(※1) 当然、中古市場の取引金額は小さいが、流通しているゲームの本数は価格が新品よりも大きいと推計できるため、かなり本数が中古市場で取引されていると考えられるため、それが新品のゲーム市場の圧迫要因にもなっている。
ただ、その商慣習が新品の寿命を圧迫しているとしても、現在でも日本のゲーム会社にとっては変更を加えたくない一線だ。例え、商品寿命が短いとしても、確実に収益を得ることができるからだ。しかも、受注が完了する1ヶ月前には、いくらの現金収入が、いつまでに入ってくるのかがはっきりするのだ。
「プレイステーション」の90年代には、5800円のゲームのゲームパブリッシャーが獲得できる収益は2000円程度だった。販売価格の35%程度を手にすることができた。(当時の小売店のマージンは約30%の1800円だったが、PS3時代には1000〜1500円程度に圧縮されていった)ゲーム会社は内部の自己資金によってゲームを開発するのが一般的だ。そのため、この収益の予測の立てやすさは、企業経営にとっては重大な問題だ。
これは日本の書籍流通が、書店からの返品が100%可能な制度になっているために、各出版社が本を出版しても、どの程度の収益を生みだすことができるのかが、事前に予測が付かないために、社内のキャッシュフローを維持し続けるために、常に次の書籍を出し続ける必要があるため、企業としての資金的な脆弱性を持つ状態と大きな差を生みだしている。
■パッケージ以外のモデルを模索するインセンティブが強いアメリカ
一方で、この問題は、販売機会を懸命に模索するネット流通の発展の可能性を狭めた側面もあると考えている。もちろん、ネット流通が誕生する前提条件は、いくつかの条件がある。
(1)ハードディスクやメモリカードといったストレージが存在すること
(2)ブロードバンド回線等のネット回線に接続していることが前提
(3)決済手段がクレジットカードなど明確に存在する必要性
CD-ROMやDVDといった物理メディアが基本であり、ネット接続が前提となっていなかったPS2世代までは、登場するための環境が整っていなかった。Steamのようなプラットフォームがパソコン用に最初に登場してきたのは、驚くべきことではない。後で、紹介するが、カジュアルゲームと呼ばれるフリーミアムモデルを使ったネット流通も同じような条件から登場してきている。
アメリカの流通システムは日本とは大きく違う。ウォルマートといった巨大スーパーチェーンや、家電量販店のBestBuy、世界最大のゲームショップチェーンのGameStopといった小売店のセルパワーが強い。そのため、日本のような売り切りビジネスは成り立たない。売れないゲームは返品が行われたり、売れ残りのタイトルを返品を拒むのであれば、小売店側が一方的にディスカウントを行っていくという、まったく違った商習慣の中にある。
そのため、日本の書籍流通と同じく、発売を行ったとしても、どの程度の利益が出るのかを事前に予測することは極めて難しい。国土が広いために流通コストも高いため、ゲーム会社にとって利益率は日本に比べて低い。
そのため、大型タイトルが100万本のセールスに達しても、日本での100万本とまったく収益性が違う。何億円も掛けた大型タイトルになればなるほど100万本程度では、開発費を回収することができない。
それが、新しい販売モデルを生みだしていくためのインセンティブとして働いたと考えられる。これは現在でも続いている。ゲームを専用ハードなしで遊べる「クラウドストリーミングゲーミング」のビジネスモデルが、なぜ、ネット環境で考えるならばはるかに条件が上であるはずの日本から登場するのではなく、近年アメリカで立ち上がることが先行するのかという理解をすることができる。アメリカの企業にとっては、パッケージモデルに依存したくない明白なインセンティブがあるのだ。
逆に、日本のゲーム業界にはパッケージモデルを捨てた、新しい価格モデルを採用するインセンティブが低い。アメリカよりも1本当たりのパッケージゲームの高収益性を生みだすことができているのに、何本売れるのかが予測が行いにくい、デジタル流通に切り替える必要性はリスクでしかないためだ。
(※1)経済産業省「ゲーム産業戦略 〜ゲーム産業の発展と未来像〜」(06年)
新 清士(しん きよし)
ジャーナリスト(ゲーム・IT)。1970年生まれ。慶應義塾大学商学部、及び、環境情報学部卒。他に、立命館大学映像学部非常勤講師。国際ゲーム開発者協会日本(IGDA日本)副代表。日本デジタルゲーム学会(DiGRAJapan)理事。米国ゲーム開発の専門誌「Game Developers Magazine」(2009年11月号)でゲーム産業の発展に貢献した人物として「The Game Developer 50」に選出される。連載に、日本経済新聞電子版「ゲーム読解」、ビジネスファミ通「デジタルと人が夢見る力」など。
Twitter ID: kiyoshi_shin
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