
定期的に「バービッグ戦や北尾戦のときの高田延彦だったらヒクソンに勝てたんじゃないか?」と議論になるプロレス界隈。柔術ライターの橋本欽也さんがヒクソンの恐ろしさを語った記事を再録します(2016年12月に掲載したものです)
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・【「1984年のUWF」】船木誠勝「えっ、そんなことが書かれてるんですか? それは全然違いますよ」
――クロン・グレイシーが所英男を破り、大晦日に川尻達也と対戦しますが、以前大好評だったグレイシー一族語りをあらためてお願いします!
欽也 俺ね、MMAって見ないんですよ。何一つ見ない。
――ブラジリアン柔術黒帯なのに?
欽也 そういう柔術家は多いと思う。でも、クロン・グレイシーのMMAだけは見るんですよ。これがビビアーノ・フェルナンデスのMMAだったら見ないですよ。
――ビビアーノもブラジリアン柔術の実績がありますよね?
欽也 ビビアーノは柔術のワールドチャンピオンだけど、地上波で試合が流れていても見ないなあ。
――でも、クロンのMMAだったら見ると。
欽也 それくらい柔術家にとってグレイシーは特別なんだよ。
――以前も説明してもらいましたけど、グレイシー柔術とブラジリアン柔術は別物なんですよね?
欽也 ブラジリアン柔術のルーツはグレイシー柔術なんだけど、UFCを始めたホリオン・グレイシーが「グレイシー柔術」の商標登録をしちゃって、たとえグレイシーいえども「グレイシー柔術」を名乗れなくなってしまった。そこで困ったカーロス・グレイシー・ジュニアが「ブラジリアン柔術」という名前を商標登録して、コンペティション(競技)として柔術をやりだした。いまグレイシー柔術を名乗れるのはカルフォルニアのトーランスにあるグレイシー柔術アカデミーだけ。そこではホリオンと、その息子のヒーロン、ヘナーが指導しているんだけどね。
――商標権の違いだけではなく、技術も違うんですよね。
欽也 グレイシー柔術はセルフディフェンスがベーシックなんだけど、ブラジリアン柔術黒帯の俺でも知らない技術が、あの道場にはあるんだよ。
――そこでしか学べない技術!
欽也 そのヒーロンやヘナーが「ヒクソンからはまだまだ学ぶところがある」と崇めちゃうんだから。
――幻想あるなあ。
欽也 最近の格闘技ファンはグレイシーに幻想は抱いてないけど、90年代は凄かったじゃない?
――あの頃ってマスコミ同士のイデオロギー戦争が激しかったじゃないですか。格闘技マスコミは過剰にグレイシーを持ち上げるし、プロレスマスコミは過剰にバッシングするしで。ちょうどいいグレイシー評がなかったと思うんですね。
欽也 昔は佐藤ルミナや中井(祐樹)先生も「プロレスがなんだ!」ってボロクソ言っていたところにグレイシーが現れて、プロレスラーに勝ってグレイシーの名前を上げていったでしょ。UFCでホイスの活躍を見て柔術を始めた人たちからすれば痛快な出来事なんだけど。逆にプロレスファンからすれば、グレイシーハンターとしてPRIDEで活躍する桜庭和志が面白かったはずだよね。
――プロレス側からすると、グレイシーはワガママやりたい放題の大ヒールの扱いで。
欽也 俺はね、つい最近まで桜庭和志大嫌いだったんだよ!
――えっ、いつまで引きずってるんですか!(笑)。
欽也 こないだある仕事の件で初めて桜庭さんに会ったんですけど。「会うのがイヤだなあ」って思うくらい大嫌いで。桜庭さんは柔術をリスペクトしてる感じがしなかったし……。
――でも、会ったんですね。
欽也 思いのたけをぶちまけましたよ!
――熱い!(笑)。
欽也 だってあの当時のプロレスに対するドロドロした思いってあるじゃん。たとえば新日本プロレスのリングで、武藤敬司がルタリブレのペドロ・オタービオをポコポコパンチで殴って勝っちゃったことがあったでしょ?
――ボクはまだマスコミになる前でしたけど、現場で見て大爆笑しました(笑)。
欽也 ルタリブレ最強のひとりだったオタービオにそんなことをやらせるなよ……って残念で残念で。
――暗黒・新日本時代のトラウマから「格闘技はプロレスを食い物にするな!」とか言われるんですけど、じつはプロレスが格闘技を食い物にしてきた歴史のほうが長いんですよね。
欽也 そんな試合をちょっと前の新日本でやりかねなかったでしょ? ダニエル・グレイシーvs中邑真輔。「グレイシーを名乗る人間にオタービオみたいな目に遭わせないでくれ……」って祈る思いでしたよ!
――ククククク。
欽也 笑い事じゃないよ!(ドン)。そのことを桜庭さんに30分近く話したんだよ。
――桜庭さん、とばっちりですよ!(笑)。
欽也 桜庭さんは笑ってましたけど、こっちは真剣も真剣だから。最後は握手してツーショット写真を撮らせていただきました。
――ああ、無事に和解(笑)。
欽也 一方的にこっちがプンスカしてただけで、和解ではないけどさ(笑)。それくらい俺たちにとってグレイシーは特別な存在なんですよ。柔術をやってる人からすればグレイシーはスーパースター。プロレスファンからすればリスペクトじゃなくて蔑む対象かもしれないけど。
――そこはクッキリと分かれますよね。
欽也 でも、グレイシー一族がいなかったらブラジリアン柔術が世界中に広まっていないし、それこそMMA自体もなかったでしょ。「ない」とは言わないけど、かなり違ったものになってましたよね。
――お言葉ですが、「前田日明のおかげで総合格闘技がある説」をブンブン振り回す狂信的なプロレスファンも存在します。
欽也 それもおかしいよねっ!(怒)。
――ハハハハハハ!
欽也 プロレスファンはちょっとおかしいよ! 俺もプロレスファンでもあるんだけどさ(笑)。UFC以前の話を言えば、ブラジルにはバーリトゥードがあって、日本には佐山サトルのシューティング(修斗)があった。何もなかったアメリカでUFCが始まって、日本やブラジルの格闘家たちが集まってきてドンパチやり始めたわけでしょ。そういう意味では日本の総合格闘技は佐山サトルが始まりだと思うけど。
――グレイシーがいなかったらMMAは競技として確立しなかったでしょうね。ただ、UWFがなかったらここまで総合格闘技の人気は日本で出なかったとも思うんですよ。UWFは総合に重厚な物語性を持ち込みましたし、そこでグレイシーはプロレスの敵役として扱われて。
欽也 凄く誤解されてると思う。
――ヒクソンの親友・桜井章一の弟子であるボクでさえ、ヒクソンは胡散臭いと思ってましたし(笑)。
欽也 ヒクソンの全盛期って“神話の世界”なんですよ。どういうことかというと、1回目のヒクソンvs高田は98年だったけど、あのときのヒクソンって40歳手前でしょ。ヒクソンの全盛期って80年代なんだよ。
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