「そして舟は行く」は1983年、フェデリコ・フェリーニが死の10年前に発表した作品である。これはフェリーニで唯一のオペラ作品、つまり台詞の殆どが歌で表現される異形の作品で、ピナ・バウシュの好演を始め、語り始めると尽きぬ事は無いが、私のフェリーニベスト5は「8 2/1」「甘い生活」「アマルコルド」「ローマ」「そして舟は行く」である。原題は「E la nave va」。豪華客船で航海する、その航海中に第一次世界大戦が勃発する。という夢の様なストーリーで、現在でもレンタルは比較的簡易なので、是非ご覧頂きたい。
因に私がティポグラフィカの楽曲名に冠した「そして最後の舟は行く/And them last ship going」が、この映画からインスパイアを受けている事は言うまでもない。あまり指摘されない事だが、ティポグラフィカには乗り物を曲名に織り込んでいる物が多く「無限電車」「スクールバス」「時代劇としての高速道路」等々、「そして最後の舟は行く」が収録されているアルバム名「フローティング・オペラ」も、リヴァーボートの上で上演されるミンストレスショーの事で、ジョン・バース(小説家)の代表作のタイトルである。
フランスの作曲家、オネゲルが指揮者のアンセルメに捧げた、交響的断章「パシフィック231」も乗り物を題材としている。この語は蒸気機関車の車軸配列の事らしい。オネゲルは機関車フェチである。「マニア」と書かなかったのは、私が知る限り、マニアックの中でも、機関車に対するそれは、かなり性的なフェティッシュに近い。ティポグラフィカのドラマーだった外山明は私に「電車の車両と車両を繋ぐ蛇腹が、直進の時でさえ、ゆっくりゆっくり動くのがヤバくて、子供の時にずっと見ていた」と発言している。機関車は、特にトンネルへの挿入と抜去がペニスとヴァギナに比喩され易く、律動が微妙に形を変えながら継続する事等、セックスそのものととても近い。セックスをしていると、女性の中に乗車している様な気になる。これは胎内回帰への願望だとされる。
しかし、蓮實重臣は、「パシフィック231」を豪華客船としてイメージしていた。彼は生前、クロード・ソーンヒル楽団の代表作についてこう語っている「音楽が与えるイメージの広がりは素晴らしい。降雪を描写したとされるクロード・ソーンヒルの<スノー・フォール>を聴いて、自分は豪華客船の就航をイメージする。その速度感は洋上を、係留するホーンの持続音は汽笛に聴こえる(大意)」
更に彼は、自らのユニット「パシフィック231」の立ち上げの際、こう語っている。「このユニットでやりたいのは、海っぽい感覚のもの。太平洋の上を漂ってみたり、深く潜ってみたりするような音楽。僕ら(*「パシフィック231」は蓮實重臣と三宅剛正によるユニット)の音楽で、海を渡って知らないどこかを旅行する様な気分になってもらえれば。豪華客船での世界一周を楽しんで欲しいです(書き取り)」
豪華客船の旅、と言われて、皆さんは何を思い出すだろうか?タイタニック号に乗船していた唯一の日本人が、細野晴臣の祖父だった事は有名であろう。「パシフィック231」は、その細野の個人レーベル、「デイジーワールド」からリリースされていた。
まったくお気づきになられていないと思うが(それは仕方がない)、私は今、感極まって落涙しながらこれを書いている。蓮實重臣の「お別れの会」は、豪華客船によるクルージングとして行われた。私は喪服を着てその、恐らくこんな豪華な客達と、こんな豪華な客船でクルージングする事等、一生無いだろうと確信しながら、東京湾沖に、鷲掴みにした花びらを投げた。それから私は陸に上がり、WWWXに向かったのだ。