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<菊地成孔の日記 2022年8月19日 午後11時記す>
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<菊地成孔の日記 2022年8月19日 午後11時記す>

2022-08-20 09:00
  • 16

 三宅一生と森英恵が亡くなった。誰でも顔や名前は知っているがゆえに、却って業績が伝わりずらいタイプのデザイナーだと思う。勢い「菊地さんはどう思ってるんですか?」という問いが、モード中枢からモード周縁、モード度外れの外宇宙からまで発せられそうな、特に発せられなそうな。

 

 第一に僕は今、バージルアブローまでのモード改革以降に関しては、ものすごい距離感ができてしまったままで、全くモード界を俯瞰できていない。ショー映像をたまにチェックするぐらいだ。

 

 あと、当チャンネル会員の皆様であればとっくにお気づきだと思うけれども、僕は、2019年あたりから、ユニクロ以外、1着も服を買っていない。パタッとやめたのである。

 

 更に言うと、過去のアイテムをワードローブから選んで着回しする(別にこれは普通のおしゃれである)、ということも一切やめた。ここ数年僕はユニクロかグッズ(主にドスモノス のパーカー笑)しか着ていない。

 
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他6件のコメントを表示

49日を終えたら極楽浄土では蝶が舞いプリーツプリーツがふわふわと風にたなびいているのでしょうか。そんなことをぼんやり考えていたらコロナ陽性になってしまいました。菊地さんの日記を読んでいたから構えていたのですが、全然そんなことなくて軽症で熱もなく助かっています。頭痛が酷かったり体が痒かったりしますが。ただ、同居の90代の父親がいるから検査したけれど、父がいなかったらあ~更年期かなぁ。あ~お盆でくたびれたのかなぁ。あ~夏風邪っぽいなって感じで病院にすら行かなかったと思います。そんな人たちが世の中随分といて、自粛もせず普通に無理して働いているのではと思うと毎日毎日感染者数をニュースで発表するのってあんまり意味ないなぁと感じています。ご飯を作り家事をしつつ、一人隔離で食事するのもなんだか楽しいと思えるからいいけれどそうじゃないと想像を絶するストレスなんだろうなぁと。自粛中にラジオデイズ追い付きます!

No.7 3ヶ月前

>>5
そんな、上級国民じゃないし、30万でそういう子に服着ててくれなんて、プレイだか、取材だか、ドキュメンタリックなムービーメーカーでもないし、、、

No.8 3ヶ月前

エレガントでラグジュアリーであればあるほど柔らかい、ジョルジオ・アルマーニもそこに連なる気がします。
(特にメンズは。ウィメンズは、適度にカッチリさを残す加減が絶妙だと思う。)

柔らかい、というのは、フニャフニャとか骨が無いって事では無いはずだけど、その違いを単純化して伝えることって出来ないだろうなぁ。

No.9 3ヶ月前

まさに今、イッセイミヤケのパンツを履いて、四国旅の夜に読んでいます。
当たり前ゆえあえて表現されない、完全無欠の「柔らかさ」という言葉の捻りのなさが、本当に素敵だと思います。ありがとうございます。

No.10 3ヶ月前
userPhoto 菊地成孔(著者)

>>7

 ま、とにかく、「一般的には」軽症で済むようで、僕も知り合いから生徒まで、今までの波ではなかった数の知人の罹患があり、全員が「風邪の重いぐらいの感じ」と言っているのでホッとしています。一方で、僕ぐらいになった方が、全国からメールをくださったりして、ああ、発信するとか、旬の話題ってこういう事なんだなと思いました。

 これは国民的な大抑圧、大解離ですが、罹患者人数によって(のみ)、食い物屋の主人が自殺するぐらい行動制限がかけられ、オリンピックが延期させられた過去を、罹患者人数が、過去最高なのに、人流がある。ということは、国民的な合理化が必要です。ちまちまTwitterに自分の考えなんか書いてないで、こんな国さっさとぶっ壊せよ笑。で良いと思います。感染人数が最大なのに、いいの?なんで?と詰め寄らない、世界一ガバメントに優しい国ですよ笑。

No.11 3ヶ月前
userPhoto 菊地成孔(著者)

>>9

 アルマーニのドンナ(女性用)は多くフラットシューズなんですよね。ここが大切ですね。でも、アルマーニの、というか、イタリアの服はみんな硬さがあると思います(全く悪いことではないですが)。

 今、「モフモフ」とかさ、ぬいぐるみみたいなウエアも部屋着で普通だったりしますね。森英恵と(実質上の弟子である)イッセイミヤケが服を柔らかくした鋼鉄の意志が腰砕けな、なんか仕方がない時代ですよね笑。

No.12 3ヶ月前
userPhoto 菊地成孔(著者)

>>8

 こうちゃんそこ気になるんだ笑

No.13 3ヶ月前
userPhoto 菊地成孔(著者)

>>10

 いいですねえ実に。

 僕は森英恵が、モード界では当たり前のLGBTQに属さず、ご主人と夫唱婦随で仕事に集中できた「働く女」のオールドスクーラーだったこと、あと、モード的なショックをパリでもイタリアでもロンドンでもなく、ニューヨークのティファニーで受けたこと、美智子さま御成婚パレードのウエディングドレスをディオール(実際はサンローラン)にやられたことで、300本と言われている、日活系の邦画の衣装デザイン、オリンピック選手団や、最初のJALのスチュワーデスの制服、雅子さま御成婚パレードのウエディングドレス、と、やるべき仕事がちゃんと常に用意されていた事が大きかったと思います。

ブライダルドレスの第一人者である桂由美が、初めてパリコレでショーを開いた時に、森英恵は、大きな花束を持って楽屋に入ってきたそうです。あの桂由美が「嬉しいとか後衛とか全く感じる暇がなかった。恐れ多すぎて、顔が見れず、頭を下げたまま脇がびしょびしょになった」と、本当に嬉しそうに語っていて、なんかよかったなあ。と思いました。

No.14 3ヶ月前
userPhoto 菊地成孔(著者)

>>15

 悪い、こうちゃん、削除するわ笑、一方的な連投が止まらなくなってるんで笑

No.16 3ヶ月前
userPhoto 菊地成孔(著者)

>>16

 あれ?たたたたたくん、コメント書いてなかったっけ?俺の夢?笑

No.20 3ヶ月前
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