十 ~忍法魔界転生~(1) (ヤンマガKCスペシャル)

 『歴史教育とジェンダー 教科書からサブカルチャーまで』という本がある。この本のなかで、藤本由香里が「サブカルチャー」を担当する形で、少女漫画における歴史ものについて語っている。

 藤本はこの論考のなかで「女性マンガには平安時代を舞台にした作品も数多くあるが、男性マンガで平安時代が舞台の歴史ものなど見たことがない」といい、「女性たちが興味があるのは、時代の覇者によって書き残された「史実」、どういう戦いを経て誰が時代の覇者になったか、ではなく、「その時代の生活を知ること」、「その時代を生きた人々の気持ちを想像すること」なのだ」と結論づけている。

 これは慧眼だと思う。たしかに男性向けの娯楽漫画で平安時代ものを読んだ記憶なんてない。こうやって見てみると、男性向けのエンターテインメントがいかに内容的に偏っているのかわかる。

 男性向けの歴史漫画とは基本的に「バトル漫画の一種」であって、「だれがいちばん強いか」という競争原理の物語なのだ。『バガボンド』は露骨にそうだし、たとえば『蒼天航路』や『センゴク』などにしても「最高の王や武将はだれか」というテーマがあって初めて成り立つ作品だと思う。

 『バガボンド』はこのテーマを突き詰めて考えた結果、ついに農業を始めることになってしまうわけだが、少し違う形からこの原理を批判的に換骨奪胎しているのが山田風太郎原作の漫画『十 忍法魔界転生』である。

 原作は戦後娯楽小説の金字塔、歴史に燦然と屹立するエンターテインメントであるわけだが、その内容はシンプルで、孤高の剣士柳生十兵衛と「忍法魔界転生」によってよみがえった宮本武蔵、天草四郎らの剣客らが壮絶な激闘を繰り広げる、というそれだけの話。

 そこだけを見るといかにもストレートなバトル漫画的構造に見えるが、作者はそれを巧みにずらしている。まず、最強の力を得るためには一度死に、女体を通して「魔界転生」しなければならないという設定が凄まじい。